12.囚われの身3. オリヴィエ1.
オリヴィエ・アルウェイは、簡素な部屋の中に軟禁されていた。
囚われの身になったものの、不自由はないがジャレッドの安否が気になってしかたがない。
家族であり竜の少女である璃桜が同じく連れてこられていることも知っているが、彼女がどこにいるのかさえわからなかった。
「わたくしにできることは――」
自問自答する必要もない。
自分が人質になったせいでジャレッドが戦えないのならば――他ならぬ自分が婚約者を助けなければならない。
いつか婚約者の足を引っ張ることがくることを予想していた。訪れなければいいと願っていたが現実がオリヴィエにとって優しくないことは母の一件で十分すぎるほど承知している。
自分のせいでジャレッドが窮地に陥ることを聡明なオリヴィエが想定していないはずがなかった。
彼の弱点はオリヴィエ・アルウェイという婚約者とその家族であることを、オリヴィエ自身がよく知っているのだから。
「まずは外に出なければならないわね」
今までおとなしくしていたが、心が折れたわけでも、怯えていたわけでもない。
慎重に相手を見極めていたのだ。
現在、オリヴィエが囚われている屋敷で見かけた人間は五人。もちろん、たったそれだけの人数しかいないと思うほど楽観的ではない。
身なりこそ貴族であったが、正統魔術師軍である以上全員が魔術師のはずだ。姿は見えなかったが、他にも王立魔術師団の団員もいると思われる。
「……こういうときに戦えないことが嫌になるわ」
扉を開けてみようとするが鍵がかかっていて開くはずがない。無理に音を立てれば誰かが現れ、下手をすれば拘束される可能性だってある。
ジャレッドの人質である以上、酷い扱いを受けることはないだろうが、万が一ということもある。
常に最悪のことを想定して動かなければならない。
今ごろ家族が自分たちのことを捜しているはずだと希望を失っていない。
公爵の父はもちろん、ヴァールトイフェルのプファイルも屋敷にはいるのだ。かつては命を脅かされた敵ではあったが、彼の実力を知っているからこそ、今は自分を見つけてくれる可能性を最も持つ人間だと信じている。
「必ず家族が見つけてくれるわ。でも、ジャレッドがなにかされてしまう前に、わたくしが逃げることさえできればそれでいいのよ」
残念なことではあるが、このような事態は想定済みであり、そして――対策も用意している。
本来なら、近くに璃桜がいることを確認してから行動に移りたかったが、今は時間が惜しい。
オリヴィエがいざ行動に移そうとしたそのとき――不作法に部屋にひとりの男が入ってきた。
「――っ、あなたは」
驚き絶句する。
「ふひひっ、お久しぶりです――オリヴィエたん」
貴族らしい飾った衣服に身を包んでいるが、運動不足の太った体躯が隠せていない男は不気味に笑う。
日ごろ屋敷からあまり外に出ることがないのか、肌は白く、茶色い髪を伸ばしていることもあり、健康的には見えない。
「どうしてあなたがここに――ジドック・ロッコ」
彼は――かつてのオリヴィエの婚約者候補であり、白豚と罵られ散々な目に遭わされた青年だった。
「どうして? ふひっ、オリヴィエたんのことが邪魔になった正統魔術師軍の奴らが、上に許可を取らずに売り払ったのですよ。お金は凄くかかってしまいましたが――その甲斐はあったようですねぇ」
「――わ、わたくしをどうするつもり?」
嫌な予感が駆け巡る。
自分のしたことのツケを払う覚悟はしていた。だが、まさか、よりにもよってこのタイミングで払わされることになるなど思っていなかった。
悔しさに唇を噛みしめる。
己のせいで愛する少年を危機から救うどころか、足手まといのままであることが悔しくてならない。
「どうするつもり――などと聞かずとも。ひひひっ、きまっているではありませんか。それは――」
ジドックの歪んだ笑みから発せられた言葉に、オリヴィエは大きく瞳を見開くのだった。




