5.残された者たち4. 合流2.
「妻たちを屋敷まで無事に連れてきてくれたこと心から礼を言うよ。ハンネから君たちに窮地を救われたと聞いている。君たち三人にはどれだけ礼を重ねても足りない」
無事にアルウェイ公爵家に、ハンネローネたちを送り届けたラウレンツたちはアルウェイ公爵家当主ハーラルト・アルウェイの執務室に通されていた。
幸いアルウェイ公爵家別邸からの道中に襲撃などはなく、また本宅も無事であった。
公爵も妻の身を案じていたのだろう、屋敷に馬車が着くと一目散に駆け寄ってきたのは少年たちの記憶に新しい。
「僕たちに公爵から礼を言われる資格はありません。オリヴィエさまとジャレッドを攫われてしまいました。申し訳ございません」
代表してラウレンツが謝罪の言葉を口にし、ルザーとともに頭を下げる。プファイルは腕を組み、壁に寄り掛かっているだけだが、彼の表情はどこか苦いように見えるのは気のせいではないはずだ。
「気にすることはないと私が言っても君たちは気にしてしまうんだろうね。だが、二人が攫われてしまったのは君たちのせいではないんだ。あまり自分を責めないでほしい」
嘘偽りないハーラルトの本心であった。
なにも前触れがなく始まった王立魔術師団の反逆行為。しかも王立魔術師団団長自らが指揮をしているという。すでに賛同者が集結しており、王立学園の生徒まで連れていかれてしまった。後手に回り過ぎている。
そんな状況下で娘と婚約者が攫われてしまったことは確かに痛手ではあるが、多くの敵を倒し、妻たちを守ってくれた少年たちを責める気など微塵もない。
そもそも責められるのであれば自分のほうだとハーラルトは思う。
妻ハンネローネが正室でありながら長女とともに別宅で暮らしているのは、ひとえに命の危険があったからだ。しかし、今はもう違う。娘の婚約者であるジャレッドのおかげで、家の中にいた黒幕と、悪事をすべて暴いたのだ。
本来なら本宅へ戻ってくることができただろうし、呼び戻すことも可能だった。それをしなかったのは、公爵家から離れたおかげで幸せそうにしている妻と娘を想ったからだ。
よかれと思っていたことだが、今回は離れて暮らしているせいで危険だったのは言うまでもない。
無論、問題を起こした側室の娘を引き取ってともに生活するには別宅であるほうが都合がよかっただろう。ハーラルトとしてもオリヴィエがジャレッドと結婚したあかつきには別宅をくれてやろうと思っていた。そのことから離れて暮らしていたことにも理由はあったのだ。
それでも愛娘を婚約者ごと攫われてしまったという事実にハーラルトが悔いるのはしかたがないことであった。
「不幸中の幸いと言うべきか、ダウム男爵家を訪れていたエミーリアとイェニーも無事であることがわかっている。ダウム男爵家も王立魔術師団によって襲われたようだが、全員返り討ちにしたそうだ」
ジャレッドの生家であるダウム男爵家は防衛に優れた屋敷ではない。どこにでもあるごく普通の男爵家だ。
ただし住人が規格外であることが襲撃者たちにとって不幸だったに違いない。
ダウム男爵家の当主ニクラス・ダウムは剣の鬼と恐れられた人物である。ハーラルトにとって騎士団でも私生活でも世話になった人物であり、歳の離れた姉を託した相手でもある。
彼の息子であるヨハン・ダウムは少々人物的に難があったとされていたが、誤解であることがわかったのは最近の話だ。剣の鬼の息子であるだけあり、若き頃から天才剣士と呼ばれ、功績を積むことで爵位を得るほどの実力者であった。
ヨハンの弟はよくも悪くも平凡な人物であるが、その娘イェニー・ダウムは剣の鬼と天才剣士に匹敵する才能を持っている。才能がありすぎたゆえに訓練を禁じているにもかかわらずひとたび剣を握れば人が変わったように戦うのだから、才能というものは封じることができないのだとよくわかる。
そんな三人とダウム男爵家の私兵がいれば、いくら相手が魔術師だからといえど敵うわけがない。事実、襲撃者の大半が捕縛される形で事なきを得たのだ。
イェニーをはじめダウム男爵家によくしてもらい行動を共にしていたエミーリアにとってかの屋敷にいたことは、堅牢な防壁に守られていたのと同じことだった。現在も、ダウム一族に守られながらこの一件が解決するまで世話になることが決まっている。
「エミーリアさまがご無事でなによりでした」
「ありがとう。私の知る限りではあるが、ヘリング伯爵家もフィリップ子爵家も無事のようだ。攻め込まれたのは公爵家や戦力的に潰しておきたい一族が標的であったようだね」
実家が無事であると知ることができたラウレンツは胸をなで下ろす。
学園で王立魔術師団と戦い、その足で友人の身を案じてアルウェイ公爵家別邸に向かったのだ。そのまま現在に至るが、口にしなかっただけで実家を気にしていたのだろう。
ルザーは母とともに父フィリップ子爵と暮らしているため、屋敷を出たときに問題がなかったことは確認済みだ。彼が行った戦闘はアルウェイ公爵家別邸に入ろうと強行したからである。とはいえ改めて実家の無事を知ることができたことで彼が安心したのは言うまでもない。
「他の公爵家はご無事でしょうか?」
「リュディガー公爵家とは連絡が取れているよ。先ほどもリリー殿の安否を知らせたばかりだ」
ただし、と公爵は続ける。
「他の公爵家と連絡が取れていない。我が一族が襲われたことから、他家も襲撃を受けたと考えるべきだろう。公爵家というだけあり家人と私兵はそろっているので万が一はないと思うが、楽観視はできない。だが、今は王宮と魔術師協会と連携を取り、反逆者たちを片づけることが先決だ。これ以上、後手に回るわけにはならない」
「お手伝いできることがあればおっしゃってください。ジャレッドは友人ですし、オリヴィエさまともご挨拶させていただいています。二人のためなら、なんだってします」
「俺も同感です。アルウェイ公爵家には母と父のことで色々と骨を折っていただきました。そのご恩を返すことができるのなら、喜んで」
「ラウレンツくん、ルザーくん、感謝する」
公爵であるハーラルトの耳にはラウレンツが宮廷魔術師候補として魔術師協会から期待されていることが届いている。ルザーにいたっては信頼するジャレッドと同等の力を持つという。二人が力になってくれるのならば心強い。
「私はヴァールトイフェルの人間だ。この国の揉め事には興味がない」
「プファイル、お前な……」
あくまでもヴァールトイフェルであることを主張するプファイルにルザーが呆れた声をだす。
プファイル自身だってジャレッドたちとともに暮らし、家族である自覚があるはずだ。だというのに頑なな態度を取る彼に文句を言おうとする。
「だが――」
しかし、ルザーが口を開くよりも早く、プファイルが続けた。
「ジャレッド・マーフィーを殺すのはこの私だ。他の人間にジャレッドは殺させない。駒として使おうとするなど、決して許せることではない。私はヴァールトイフェルの後継者の一人として――ジャレッドを奪い返そう。そのついでにオリヴィエも助けてやる」
「……素直じゃないんだね、プファイル。普通に、ジャレッドとオリヴィエさまと助けたいと言えばいいのに」
「黙れ、ラウレンツ・ヘリング。私は自分の意見を言ったまでだ」
助けるつもりがあるにも関わらず遠回しに物言いをする素直ではない暗殺者の少年に、誰もが苦笑いを覚えた。
「ラウレンツ・ヘリングくん、ルザー・フィッシャーくん、そしてプファイルくん――協力に感謝する」




