0-2.Prologue2. プファイル.
プファイルが目を覚ますと、視界には荒れ果てた部屋が飛び込んできた。
「……油断していた」
体中を襲う裂傷と鈍痛を無視して立ち上がる。血も流れているが、止血よりも先に彼はとある人物を捜した。
「エルネスタ、いないのか、エルネスタ?」
返事はない。
ここはカイフ家の屋敷であり、エルネスタ・カイフの部屋なのだが、人の気配がまるでない。
エルネスタの家族は所用で王都を離れていると聞いているので心配はしていない。だが、問題はエルネスタだ。
彼女の部屋から屋敷中をくまなく探すも、エルネスタの姿を見つけることはできなかった。
「彼女になにが起きた?」
台所で水を飲むと、タオルを借りて止血をする。
裂傷は深くはないが風の魔術によって斬り裂かれているため、血の流れが止まる気配がない。一度、傷口を焼くことを考えたが、止血剤を飲むことですませる。余計な体力を使いたくはなかった。
包帯を拝借して体に巻き付けながら、意識を失う直前のことを思い出す。
「エルネスタの様子が明らかに変貌した。まるで――操られた人形だった」
何度か繰り返したエルネスタとの他愛ない会話。顔を合せ、彼女が一方的に話すことが多いが、プファイルにとって理由は定かではないが好ましい時間だった。
ジャレッドたちと暮らす屋敷で感じることのできる、心の落ち着き、がそこにはあったのだ。
午前中からエルネスタと会っていたプファイルは、いつものように彼女の部屋で話を聞いていた。本当に些細なことからはじまる会話は、かつてのプファイルならば無視していたような内容ばかり。しかし、不思議と耳に心地よかったのを覚えている。
だが、エルネスタの様子が一変した。
笑顔を浮かべていたはずの彼女から表情が抜け、人形のようになった。それだけは終わらず、声をかけても応じることなく、ぼうっとしていたと思えば、突如部屋を出ていこうとしたのだ。
心配になり彼女の手を取った瞬間――風の刃がプファイルに襲いかかり部屋を蹂躙したのだ。
「おそらく呪術か何かで操られている。リュディガー公爵領でエルネスタが倒れていた一件となにか関係していると見るべきだな」
他に思い当たることはない。
情報収集をしたいが、今は時間が惜しい。
何者かがエルネスタを操っているのなら、彼女になにをさせるのかも気になる。
応急処置を終えたプファイルは、現在所持しているナイフの本数を確認する。矢を持っていないことが悔やまれるが、最悪魔術を使えば敵わない。
すでにヴァールトイフェルの禁を破っているのだ。二度、三度繰り返しても構うものか――と、やはり今までのプファイルなら思わないことを平然と思う。
そして――、
「待っていろ、エルネスタ」
当てはなくとも、彼女を捜しだそうとするプファイルが屋敷を出た刹那――。
「これは、ジャレッドの魔力か?」
アルウェイ公爵家別宅の方向から、すさまじい魔力が解き放たれたのを感じ取った。
怒りに身を任せた魔力が痛いほど伝わる。どこかの愚か者がジャレッドを怒らせたのだと理解する。
「エルネスタもおそらく、向こうにいるだろう」
――厄介事がジャレッドに集まる。
本人が聞けば否定するだろうことを考えながら、痛む体を無視してプファイルは跳躍した。




