41.Epilogue2.
「あなたたち、なにを企んでいるの?」
王立魔術師団といえば、宮廷魔術師に次ぐ国の守護者たちである。いや、動きが制限されている宮廷魔術師よりも、国を、民を守るために日夜働いてくれている者たちこそ、王立魔術師団だ。
同じく騎士団も守護者であり、国の剣でもあるのだが、このような行動を取っているのは王立魔術師団だけだと思いたい。
「私たちは、魔術師のために、この国のために動きました」
見張りの役目を負っている女性団員が、オリヴィエの問いに短く答える。
「魔術師のため? 国のため?」
詳細を言うつもりはないのか、女性は続いて口を開く気配がない。
情報を引き出したかったオリヴィエだが、難しいと判断した。
刹那、屋敷の外から轟音と叫び声が聞こえる。怒り狂った獣のごとき咆哮に、オリヴィエたちは聞き覚えがあった。
「ジャレッド・マーフィー様が現れたようですね」
魔術を使った戦闘をしているのか、轟音に続いて屋敷が揺れる。だが、見張りをしている女性たちに慌てた様子が微塵もないことが、オリヴィエは気持ちが悪かった。
まるでジャレッドの行動が、予想の範疇にある――そんな予感さえしたのだ。
音が止まり、静かになる。
しばらくして、靴が床を鳴らす音が聞こえ、食堂の扉が開かれた。
「ジャレッド!」
「お待たせしました、オリヴィエさま」
屋敷を出たときとかわらない出で立ちのまま、傷ひとつ追うことない婚約者の姿に、オリヴィエは大きく安堵する。
家族たちも同じようで、大きく息を吐きだしている。
「素晴らしいですね、ジャレッド様。まさか二十人の精鋭を傷ひとつなく倒してくるとは思いもしませんでした」
「俺を倒したかったらあと百人は連れてこい。どうせ応援がくるんだろうけど、その前にオリヴィエさまたちを開放させてもらう」
「それは叶いません。なぜなら――」
――パチン、と女性団員が黒髪を揺らして指を鳴らすと、食堂に新たな人物が現れる。
「エルネ、スタ?」
ジャレッドが名を呼んだのは、自分の秘書官のひとりだった。しかし、様子がおかしい。
表情には感情がなく、瞳は虚ろだ。こちらの声が届いていないのか、視線を向けることすらない。
「彼女になにをした?」
「――ぷっ、ぷふふっ、ああ、もうだめぇ、限界かもぉ」
睨み問うジャレッドに、女性が笑い声をあげる。だが、その声音は今までと違い、甘ったるく人を馬鹿にするような声だった。
まるで別人のように変化した女性が、なにかをするよりも早く倒そうとしたジャレッド。――しかし、
「私に触れたらぁ、あなたの年増の婚約者が死んじゃうかもよぉ?」
エルネスタによって首にナイフを当てられ、声をあげることもできないオリヴィエを指さし、女性団員が笑う。
「――っ、そうきたか」
「当たり前じゃないのぉ。このためにわざわざリュディガー公爵領に出向いて、この女を襲ったんだからぁ。あんたたちがまるで気づいていないからぁ、すごく間抜けに見えて笑えたのよぉ」
「あの日の夜、エルネスタになにかしたのは貴様だったのか!」
彼女を友達として心配していたリリーが声を荒げるも、女性は取り合わない。そんな態度に怒りを宿すが、
「非魔術師がぁ、私と対等な口をきかないでほしいんですけどぉ。この女、殺すよぉ?」
「くっ……」
「すごく不愉快だわぁ、ねえ、謝ってぇ」
「……すまなかった」
「うふふっ、いいわぁ、許してあげるわぁ」
砂糖菓子のような声をあげて、楽しそうに女性団員は笑う。悔しそうに唇を噛みしめるリリーは、その様子に怒りをさらに覚えるが、オリヴィエの首にナイフの刃が当てられているせいでなにもできなかった。
「わかった。もう抵抗しない。だからナイフを降ろさせてくれ」
「どうしよっかなぁー。本当はもっといじめてあげたいんだけどぉ、しなきゃいけないことがまだまだあるからぁ、いいわぁ」
指を鳴らすと、エルネスタがオリヴィエの首からナイフを遠ざけ、一歩離れる。
誰もがほっとしたのは言うまでもないだろう。
「なにが目的だ。エルネスタになにをした?」
「質問ばっかりねぇ。でも、そのくらいしかできない哀れなあなたに免じてぇ、答えてあげるわねぇ」
クスクスと楽しそうに、女性が笑う。
「エルネスタにはねぇ、操り人形になってもらったのぉ。呪術ってしってるかしらぁ? この女の中に眠っていた負の感情をねぇ、増幅して増幅してぐちゃぐちゃぐちゃって混ぜてあげたのよぉ。普通は心が壊れちゃうんだけどぉ、私はそんなつまらないことしないからぁ、安心していいわよぉ」
なんてことをしてくれたのだ――と睨みつける。
呪術といえばアルメイダの専門だ。彼女がここにいない以上、解呪も難しいだろう。ジャレッドは攻撃ばかりに特化しており、なにかを解呪することなどはなにもできないのだ。
こればかりはその人間の持つ魔術の相性によるのでしかたがない。
「なぜ俺を狙った。わざわざ人質をとってまで、なにをしたいんだ?」
「私はあまりわからないんだけどぉ、国取りにあなたが邪魔なんだってぇ」
「――国、とり、だと?」
「あれ? 違ったかなぁ? 反逆ぅ? 国家転覆ぅ? 言葉はなんでもいいけどねぇ、つまりはぁ――魔術師による魔術師のための国をお父さまは作ろうとしているのぉ」
あまりにも話しの規模が大きすぎた。
仮にも王立魔術師団がそのようなテロ行為に加担するとは呆れるばかりだ。
「あんたのお父さまって誰だ? そいつが首謀者なんだろ?」
ジャレッドの問いかけに、女性団員は顔を歪めて笑うと――、
「私のお父さまはねぇ――レナード・ギャラガー。王立魔術師団団長であり、この国一番の魔術師よぉ」
信じられない名前を口にした。




