38.友人不在の学園11. 危機、激突、王立魔術師団8.
「生徒たちをどうした、レナード・ギャラガー?」
学園の中庭にはすでに生徒たちの姿はなかった。とてもじゃないが、解散したとは思えない。
唯一、この場に残っていた人物は、今回の一件を指揮した元凶と思われる王立魔術師団団長レナード・ギャラガー。
王立魔術師団の制服の上からローブを着こんだ彼は、上半身のみとなった副団長ミヒャエラ・ギーレンの傍らに膝を着いていた。
部下の死に悲しんでいるのかと思い、ラウレンツとキルシは返答を急かすことなく待つ。
だが、次の瞬間――ミヒャエラの遺体から音を立てて炎が立ち上がり燃えた。
「――な」
「貴様、なにをしている!」
絶句したラウレンツに対し、怒りを込めた声を放ったのはキルシだった。
そんな彼らにレナードは顔を上げ、氷色の瞳を向けた。
「ミヒャエラの遺体を辱められないための処置だよ。幼いころから非魔術師の家に生まれただけだというのに苦労を重ねていた彼女は理想に燃え、天命を全うしようとしていた」
「王子を、僕の大切な友人を殺そうとしたのが天命だとでもいうつもりか!」
「言うとも! この国は、いや、この世界は狂っている。私は世界を正すことを夢見ていた、だが、実際には私程度の人間にそのような大事は成せない。ならば――せめて国だけでも正そうとしたんだよ」
「戯言をっ、誰かを殺してまで正さなければならないほどこの国は、世界は狂ってなどいない!」
「ラウレンツくん、君の真っすぐなところは好ましく思っている。是非、そのまま大人になってほしいと願うばかりだ。――しかし、伯爵家の長男として恵まれて育った君にはまだわからないこともあるんだよ。黙っていなさい」
「――っ」
明らかに子供扱いされたラウレンツは怒りで顔を赤くするが、すぐに冷静さを取り戻した。自分の熱くなりやすい欠点くらいは覚えている。戦闘時に致命的だということも、だ。
明確な敵が眼前にいる中、冷静さを失うことだけはしたくない。
「ほう、精神面では存外大人なのかもしれないね」
「私の生徒をからかうのはそこまでにしてもらおうか」
「これはこれは、申し訳ありませんでした。未来ある少年を見ると、つい」
「よく言う。私はお前と問答するつもりはない。もう一度だけ問う、生徒をどうした」
キルシから冷たい殺気が放たれる。隣に立っているラウレンツの呼吸が止まる。
対し、レナードは彼女の殺気など感じていないとばかりに笑みを浮かべたままだ。
「賢人サンタラともあろう方が、ずいぶんと生徒を大事にしているようですね。隠すことではないのでお話しましょう。あなたの大切な生徒――いや、同志となってもらえた彼らには別の場所に移ってもらいました。この学園にいる以上、あなたがくることは想定済みでしたので」
「生徒の居場所を言う気はあるか?」
「無論、ありません。私は同志を守る義務がありますので」
「守る、だと?」
「ええ、守ります。彼らはこの国に不満を随分と抱えていたようです。特別視される生徒との差や、魔術師でありながら非魔術師の中で埋もれていく苦痛、上げたらきりがありませんが、大なり小なり国に思うことはあったみたいですよ」
笑みを崩さず淡々と話すレナードをキルシは鼻で笑った。
「――は。教師をしていないお前にはわからないだろうが、十代の子供など誰もがなにかに不満を抱いているものだ。お前は、ただ子供の不満の矛先を国に誘導し、引き込んだだけだ。生徒は決して同志になったわけではない」
「でしょうね」
「そもそも学園の特待生を選ぶにあたり、お前もすべて賛成していたはずだ」
「ええ、しました。ジャレッド・マーフィーをはじめ、若く才能ある人材は座学ではなく実践を積ませるべきだと思いましたので」
「だというのに不満を抱える生徒の気持ちがわかるようなことを言うな。お前も学生時代は特待生だったはずだが?」
「ご存知でしたか。ですが、不満を抱く生徒の気持ちもわからないわけじゃありませんよ。どの世代にも負け犬はいます。そんな負け犬たちの遠吠えを聞くことは、上に立つ人間の役目ですから」
「貴様――」
生徒たちを「負け犬」と称したレナードに、キルシの殺気が濃くなる。
王立魔術師団団長の立場である彼を殺すつもりはなかった。宮廷魔術師が王立魔術師団団長を殺した――などの外聞は気にしないが、ようやく見つけた正統魔術師のトップだ。生かして情報を得ることを優先させたかった。
――が、もうどうでもいい。そう思わせるには十分すぎた。
「最後通告だ、生徒に居場所を吐きさえすれば生かしておいてやろう」
「それはそれはありがたい――が、たかが宮廷魔術師風情が私に殺せるなどと思い上がるな!」
キルシの怒りに対し、レナードも怒りで応えた。
彼から溢れる魔力が熱気となり二人を襲う。だが、キルシは障壁を張るまでもないと腕を横に薙いだ。それだけで身を焼くほどの熱がはじめからなかったかのように消えた。
「それが貴様の答えでいいのだな。ならば喜んで貴様を八つ裂きにしてやろう。未来ある子供たちを拐かした罪、その身で償え」
「学園の教師などという立場で遊んでいた宮廷魔術師が偉そうに。まさか、立場が上だというだけの理由で私に勝てるとでも本気で思っているのか?」
「なんだと?」
「規格外の魔力と、魔道具開発にすぐれているからと宮廷魔術師になれた程度の貴方が――戦闘によって鍛えられたこの私に勝てると思うのならば――それは傲慢というものだ」
再び放たれた熱がキルシを襲う。だが、彼女に殺到した刹那、冷気に変わった。
「――な、に……二つの属性を持っている、だと?」
「私がどうして王立魔術師団団長などという地位に甘んじていたのか、それは――すべて今日という日のためだ」
冷気が氷を産み、短い言葉を終えるまでに百を超える氷の刃が生まれた。
キルシはもちろん、事の成り行きを見守っていたラウレンツさえも標的として囲まれている。
障壁を張って防御するよりも早く、氷の刃は二人を貫き殺すだろう。
しかし――、
「相反する二つの属性を持っていることに驚きはしたが、それだけで私も負けるつもりなどない」
キルシが白衣を揺らして指を鳴らすと、囲んでいた氷の刃がすべて砕けた。
「ほう、魔道具を使ったな?」
「ご名答。音と魔力で身を守る魔道具だよ。試作品だが、成功のようだね」
キルシは鳴らした指にはめられている銀色の指輪を掲げるように見せる。一見すると変哲もない指輪だが、彼女の言葉が正しければ魔道具なのだろう。それも、身を守ることに特化したものだ。
「王立魔術師団団長が実験相手になってくれるなんて――心が躍るよ」




