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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
七章

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37.友人不在の学園10. 危機、激突、王立魔術師団7.




「ラーズ! クリスタ!」

「あっ――ヘリングくん!」


 ラウレンツ・ヘリングは魔力と轟音から校舎内で別の戦闘が起きたと感じ、急いで駆けつけた――が、すでに戦闘が終わっているようで、友人二人も無事であることを確認して安堵する。


「キルシ先生もいらしていたのですね。この二人は、先生が?」

「ああ、私だ。とはいえ、ひとりはこの二人が倒したそうだ。すまない、王立魔術師団員が教師を取り押さえようと企んでいたらしくてね。まあ、返り討ちにしてやったがね」

「先生たちにもですか……。それにしても、クリスタたちを追いかけていったのは、王立魔術師団の副団長だったはずだ、よく無事だったな」


 見渡す限り、副団長ミヒャエラの姿はない。正確にいえば、彼女のものと思われる下半身のみが残っているだけだ。

廊下の壁に大穴が開いており、喧騒が耳に届くので彼女の上半身が向こうにいるのだとわかる。

 ただし、倒したのは誰か、だ。


「うん、ラーズくんが私を守ろうと戦ってくれたの」

「――ほう、この馬鹿王子が腐っても王立魔術師団副団長を倒したのか、戦闘に関しては未熟だと思っていたんだが、見直したぞ」


 口では感心した物言いのキルシだが、彼女の瞳はクリスタに向けられていた。だが、ラウレンツはそのことに気づかなかった。


「あの、先生、仮にも王子なのですから馬鹿呼ばわりは――いえ、確かに普段の言動を見ていると紙一重ではありますけど……」


 しかし、ラウレンツにはどうしてもラーズが王立魔術師団の副団長を相手に勝利できることは思わなかった。戦って勝てるのであれば、あの場で逃げる選択肢はなかったはずなのだから。

 とはいえ、無事であるなら些細な疑問はどうでもよかった。


「ヘリングくんも酷いこと言っているからね」

「うっ……だけど、未だ王子の存在に気づかないジャレッドよりもマシだ。聞けば王女だけではなく、国王と王妃とも会っているみたいじゃないか。しかも、商家の人間だと勘違いしていると聞いたときには、頭が痛くなった」

「ははっ、まあ、私たちの愛する国王は庶民派だからね。王妃殿も貴族でありながら実家が商家でもある。王女に至っては、商売が本業になりつつあるそうだ。――もっとも、そんな方々だからこそ、王立魔術師団のように反旗を起こす馬鹿が現れたのかもしれないがな」

「キルシ先生までそんなこと。仮にも――」

「おっと、続きは言うなよ。こういうことは黙っていたほうがいいんだから」


 人差し指を唇に当てて、片目を閉じたキルシにハッとして言葉を止める。

 クリスタには宮廷魔術師であることを知られたが、今この場に現れたラウレンツは知らない。ゆえにキルシは口止めをした。


「さて、無事を喜んで楽しく会話をするのもいいが、さっさと蹴りをつけてしまおう」

「まさかと思いますが、先生――レナード・ギャラガーのことを言っているんですか?」

「もちろんだ、ラウレンツ。この学園に混乱を招いたのは間違いなくレナードだ。団員どもが耳障りなほど、団長のために、団長の掲げる理想を、と鬱陶しかった。あれは一種の洗脳じゃないかと疑うよ」


 ヒールを鳴らしてキルシは中庭に進む。


「ついてこいラウレンツ。仮にも宮廷魔術師候補に名が挙がったのなら、肩の傷くらいで戦えないと泣き言を言うつもりはないだろ?」

「もちろんです。まだ戦えます」

「よろしい。クリスタはそこで気を失っている王子を職員室に連れていけ。戦えない教師たちしかいないが、武装させているから守ってもらえ」

「はい。でも、本当にキルシ先生たちに任せてもいいんでしょうか?」


 ラーズを抱きかかえたクリスタが心配そうな表情を向けると、キルシは安心させるようにほほ笑む。


「なに、団員はすべて倒してある。教師の何人かが外へ助けを求めに向かってもいる。あとは――元凶さえ潰せばそれでいい。なに、戦いは苦手だが、私も学園から給料をもらっている身だ。生徒のために戦って見せるさ」


 宮廷魔術師第二席賢人サンタラの、詳細を知る人間は少ない。宮廷魔術師第一席と並び、隠された存在となっている。第一席に至っては、名前さえ公表されていない。国民が名と顔を知る宮廷魔術師は第三席までだ。


 そんな第二席に名を連ねるキルシならば、例え戦闘が苦手だと本人が言おうと、先ほどの強さを見ていれば心強い。なによりも、命を奪うことに躊躇がなかった。

 怒りに任せてミヒャエラを倒したクリスタとは違う。


「どうか気をつけてください」


 必要以上に言葉を発して、彼女の正体がバレてしまうことはクリスタも望んでいない。本人が隠したいのならば、無理に暴く必要もないのだ。

 友人がまた戦いに赴くことは不安だが、宮廷魔術師が一緒ならば不安を押えて送りだせる。


「ヘンリグくんも気をつけてね」

「もちろんだ。ラーズのことを頼む。なによりもクリスタ自身も早く、安全な場所に避難してくれ」


 そう言い残し、未だ王立魔術師団が残る中庭に向かっていく二人の背を見送り、クリスタはなにか言いようのない胸騒ぎを覚えた。

 予期せぬ、王立魔術師団の暴走の理由がわからない以上、元凶を叩くまで本当に意味で安心することはできないだろう。


 生徒を戦力として迎えようとしていることにも疑問に思う。ジャレッドやラウレンツくらいの力量ならまだしも、魔術を使える程度の生徒など果たして戦力になるのだろうか。

 戦闘経験もなく、技量も低い生徒を戦力として当てにするのなら、金で雇った傭兵や冒険者のほうがよほど使えるはずだ。

 あくまでも魔術師にこだわっているのか、それとも――なにか違う理由があるのか。


「もしかして――」


 胸騒ぎは嫌な予感に変わる。だが、クリスタにはできることはなにもなかった。

 彼女は中途半端な立ち位置にいることを悔しく思い唇を噛む。わずかな痛みで冷静さを取り戻すと、気を失う大切な友人のために職員室を目指した。




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