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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
七章

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32.友人不在の学園6. 危機、激突、王立魔術師団3.




 短絡的と思われるラウレンツの答えは正解であった。

 力任せに解き放った魔力を自らの頭上に向けると、体が軽くなる。


「なんと出鱈目な――だが、称賛しよう。よく私の不可視の風を見抜いた」


 仮に、不可視の重圧の正体が風でなくとも上から圧がかかっている以上、力を上に放てば相殺、もしくは押しとどめることができると考えていた。

 ゆっくりと立ち上がり、魔力を止める。すでに不可視の重圧はない。魔術を暴かれたことで解いたのだろう。


 常に負荷がかかっていたことから、男も同じように魔術を使っていたはずだ。言うまでもなく負担は相応のものだったと考えられる。

 目だけで振り返れば、すでにミヒャエラの姿がない。


「ミヒャエラさまを追いたければ――この私を倒してからにしてもらおう」

「あなたに一度だけ問いたい」

「聞こう」

「あなたは――いや、あなたたちは理解しているのか気になる。ラーズを狙うことがどういうことなのか?」


 この問いかけの返答次第でラウレンツの覚悟が定まることになる。


「無論、承知している。私たちは、すべてを理解した上で、今日学園に現れたのだ。今さら問うべきことではない」

「そうか――ならば、もう遠慮はしない。僕はウェザード王国ヘリング伯爵家の人間としてではなく、ひとりの友人として彼らを守る」

「勇ましい。友を想う気持ちには感服するが、温室育ちの貴族に負けるほど私は弱くない」


 睨みあう二人。


「あなたを倒して、僕は友を守ろう」

「いいだろう。王立魔術師団副団長補佐トロワ・ヘーレン。君を殺す者の名だ。覚えておくといい」

「僕の名前はラウレンツ・ヘリング。――ただの魔術師だ」


 二人が名乗りをあげた刹那――解き放たれた魔術と魔術が激突した。


「ぬうぅっ」

「――っ」

「素晴らしい、さすがは宮廷魔術師候補だ!」


 トロワの称賛を受けながら、ラウレンツは無詠唱魔術を次々に展開していく。

 数多の石槍が生まれ敵対する団長補佐官に射殺さんと殺到する。――が、彼が短い詠唱とともに解き放つ風の刃が石槍を破砕する。


 砕けた石槍は廊下を破壊し轟音を立てるも、倒すべき相手に傷ひとつない。

 詠唱の代わりに腕を頭上に上げ、小さく円を描く。続いて、現代にも伝わっている古代魔法言語を使った略式魔術式を円の内側に回転するように書き始めた。

 たった数秒――、の時間をかけて完成させた魔方陣に魔力を流し込む。


「これは、まさか――」

「アデリナ・ビショフさまの得意とする略式魔方陣を使った――戦闘用簡易術式だっ」


 無詠唱よりも強力な魔術を戦場でいかに多用するかを目的として作られた、宮廷魔術師アデリナ・ビショフのオリジナル魔術。

 正式な弟子ではないものの、技術面に優れているラウレンツの才覚を見抜き伝えられたものだ。数秒を消費することから無詠唱ほど即座に魔術を放てるわけではないが、事前に無詠唱魔術を放つことで牽制さえすれば時間くらい稼げることは実戦で学んでいる。


 宮廷魔術師の中でも攻撃を苦手とするアデリナが、ならば手数で勝負するために編み出した戦闘用簡易術式はラウレンツと相性がよかった。なによりも少ない魔力消費にも関わらず魔術を幾重にも放つことができることは好ましく、ありがたい。

 魔方陣から次々と石の刃が放たれ、敵対するトロワに殺到する。


「ぐぅ――ぬぁあああああああっ!」


 風が彼を守ろうと攻撃を阻むも、魔方陣から濁流のように流れでる石の刃が風を殺し、トロワを傷つけていく。

 地属性魔術師の攻撃は単純だ。自分が想像することができる相手を傷つける武器を創造すること。単純ゆえに、属性魔術の中で攻撃力は――最大を誇る。


 火属性魔術のように広範囲を焼き払うことはできずとも、水属性魔術のように縦横無尽に攻撃ができずとも――どのような相手が敵対しようとも確実にダメージを与えることができるのだ。

 魔術師らしからぬ考えではあるが、ラウレンツは宮廷魔術師二人と訓練したことで実戦において魔術がすべてではないと学んだ。友人がナイフを携帯している理由も嫌なほど学んだ。


 敵の命を奪うのは、いつだって人間の手だ。そこに魔術だから、武器だからと理由は必要ない。そして、括る必要もないのだ。

 魔術師としての誇りを失ったのではない。逆だ――。その気になれば騎士よりも数多の攻撃が一瞬で行うことができ、弓兵よりも遠距離から敵を射抜き、槍兵よりも戦場を駆けることができるのだと知り、学んだ。


「さて、あなたには聞きたいことがある」


 魔方陣を消し、攻撃の手を止めたラウレンツが静かに声をかける。

 余裕を抱き戦おうとしていた王立魔術師団副団長補佐は、先ほどまでの姿を見る影もなくし倒れていた。大量の刃に身体中を斬り裂かれ、血を流し倒れたどころか、体を覆う石の重みに動くこともままならず呻いている。


「こんな、馬鹿な、ことが……一介の学生などに」

「ここは戦場だ。ならばあなたはたとえ相手が僕のような未熟者であっても、慢心するべきではなかった」


 吐血を繰り返す男に近づき、問う。


「あなたたちはなにを企む? レナード・ギャラガーは僕の知る限り、国のために働く尊敬すべき方だったはずだ」

「ふっ――青いな、少年よ。レナードさまのお考えは、君のような子供にわかるはずがない」

「人員を集めようとしているのだけならわかっている。言葉巧みに王立魔術師団に生徒を集め、なにかしらの戦いの準備をしているだろう。なぜ生徒かと考えもしたが、学園ほど魔術師の卵が集まっている場所もそうそうない」


 それなりに使える魔術師を欲しているのならば、たとえ王立学園の生徒であっても役者不足だ。しかし、ただの戦力としての駒がほしければこれほど集めやすい場所はないだろう。

 不満を抱え、なにかしらの反発を抱く十代の少年少女たちを言いくるめることが容易いことであるとよくわかる。ラウレンツ自身でさえ、かつて確証のない噂に踊らされてしまった未熟さを今でも覚えているのだ。


 痛い思いをしたことのない生徒たちが、憧れの人物から、抱く不満をかき消すような甘言をされれば迷うことなく従うことは想像に容易い。

 だが――そうまでして生徒を集め、戦力を蓄え、なにをしたいのか?

 それだけは不明なままだ。


「このまま意地を張り続けてもあなたの状況がよくなるはずもない。今ならばまだ間に合うはずだ。情報を寄こし、罪を償え」

「愚かな――っ!」

「――っ、なんだと」


 ラウレンツは目を見開く。もう動けないと思っていたはずのトロワが、体の動きを封じている大量の石に風をぶつけたのだ。

 魔力の高まりを感じ取り距離を取ったからよかったものの、巻き込まれればラウレンツの身体がバラバラになっていた可能性だってある。


「なんのつもりだ――」


 冷や汗を流しながら男を睨みつけ、動きに警戒する。

 力ずくで拘束を逃れたことにより、流れていた血がさらに量を増していた。

 立ち上がっているのが不思議なほど、至るところに傷を負っているにも関わらずトロワの瞳はギラギラと輝き、闘志を失っていない。


「ラウレンツ・ヘリング……認めよう。宮廷魔術師候補に選ばれただけはある。まさか宮廷魔術師の魔術を使うなど夢にも思ってもいなかった。だが、私は負けられない。ミヒャエラさまとともに、レナードさまへの恩返しをすると誓ったのだ!」

「あなたは……」

「そして、この国をよりよくするのだと、魔術師が魔術師として誇り高く生きていくために、どんな犠牲を払おうと、たとえこの身を代償にしようと命尽きるまで戦うと誓ったのだ。ゆえに――いくら君が私よりも強かったとしても、引くことなどできん。まして情報を渡すなど、なおあり得ぬ!」


 不可視の風がラウレンツの左肩を抉る。鮮血が吹きだし、顔が赤く染まる。


「レナードさまが掲げる素晴らしい未来のためなら、子供である君も、貴族も、王族さえもすべて殺してみせよう」

「――ならば、僕もあなたを倒すほかない」


 血が流れる肩に右手を置き、血を掬う。

 魔力を高め次の攻撃に入ろうとするトロワの足下に、ラウレンツは自らの血を撒いた。


「なにを考えているのか知らぬが、風の一撃は君を切り刻むだろう。その命、頂戴する!」


 風属性魔術が他の属性魔術よりも秀でているものは――速度だ。こればかりは覆すことはできない。

 だが、


「残念だが、僕も負けることができないんだ。友を救うためにも、あなたを倒す」


 魔術さえ放たせなければ恐れることはない。

 赤く染まった右手を握りしめ、拳をつくると――ラウレンツはその場で殴るように薙いだ。

 刹那――、


「ぐあぁあっ、ああああっ!?」


 いざ魔術を放たんとしていたトロワが巨大な腕によって殴り飛ばされた。


「なに、を?」


 何度も地に叩きつけられたトロワが、なんとか顔だけを上げ、絶句した。

 ラウレンツの傍らには、巨大な拳が浮いていたのだ。


「現代では失われたゴーレムの秘術――さすがに復元はできないが、もともと土人形を使うことができた僕だからこその応用の結果だ。血を媒体にすることによって、ゴーレムよりも下位のものでしかないが、操ることで即席の武器となる」


 巨大な拳は魔術によってつくられた土と石の塊だった。

 今までの戦闘で放ち、廊下中に散乱した石のかけらをすべて集め圧縮したものでもある。

 自立したと言われるゴーレムとは違い、自らの血を与え、魔力を通じて操らなければならないが、相手の意表をつくにはもってこいである。


 なによりも、速さを誇る風属性魔術に勝つためには、相手の周囲を取り囲む石と土のかけらを使いトロワのすぐ横に巨大な拳を作り上げるしかなかった。イチかバチかの賭けではあったが、成功したことに大きく息を吐きだす。


「ま、まだ、だ……この、程度で」

「まだ立ち上がるのか。僕には持ちあわせないその執念、恐れ入る」


 魔力のわずかな高まりとともにふらつきながらも立ち上がった敵に、ラウレンツは畏敬の念を抱く。

 敵とは言え信念を持って戦った相手に最後まで応えようと魔力を高め、傍らに浮く魔術で作り上げた身の丈よりも巨大な拳を振るった。


「――巨腕の轟撃」


 轟音と共に廊下が揺れ、壁が崩れ落ちた。

 砂ぼこりが覆う視界の中で、立ち上がる者の気配はない。


「待っていろ、ラーズ、クリスタ」


 友を救うために肩の止血すらせず、ラウレンツは足を進めた。




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