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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
七章

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31.友人不在の学園5. 危機、激突、王立魔術師団2.




 ラウレンツは目の前で憤る女性を知っていた。

 王立魔術師団副団長ミヒャエラ・ギーレン。団長レナードの直属の部下と名高い若き魔術師だ。その実力は折り紙つきであり、数々の魔獣討伐を行っている。

 年齢は二十代後半であり、ウェザード王立魔術学園の卒業生でもある。

 彼女の傍らに控える男性は覚えがないが、おそらくミヒャエラの側近だろう。明確な敵意を向けていることから間違いはなく、敵だ。


 揃って白い制服を身につけているが、その制服が戦闘衣であることは承知だ。副隊長のミヒャエラのものは改造がされており、丈の短いスカートに生地の薄い上着を羽織っている。正式な制服の固さをすべて取り払ったような制服だった。

 すらりとした足は健康的に日に焼け、足元は赤いヒールを履いている。とても国に仕える士官の出で立ちではない。街の商店街で友人と遊びにいくのなら適しているだろう。


 腰のベルトに吊るした鞭が彼女を戦闘者だと教えてくれる。

 短く切りそろえた茶色い髪と釣り目が印象に残るが整っている容姿を怒りに歪め、射殺さんとこちらを睨んでいた。


 男は標準的な制服を身につけ、足元は武骨なブーツで固めている。鍛えられた体躯が制服を内から圧迫しており、窮屈そうだ。赤みのかかった髪を短く刈り、鋭い眼光を放つ瞳はミヒャエラ同様ラウレンツに怒りとともに向けられていた。

 言葉こそ発していないが、彼の声を聞かずともレナードの誘いを断ったことに立腹しているのが手に取るようにわかった。


「子供相手に王立魔術師団の副隊長が部下を連れてくるとは――大人げない」

「――はっ。宮廷魔術師候補サマを舐めることなんてしない」

「光栄だと言うべきでしょうか?」

「いいや、小生意気なガキとこれ以上お喋りをするつもりはない」


 ミヒャエラは腰から鞭を外すと、手慣れた手つきで振るう。

 ――パンッ、と炸裂音とともに廊下の石畳が削られる。


「実践を潜り抜けるには魔術だけでは駄目だ。貴族のガキに本当の戦闘を教えてやろう。そして――魔術師の癖に非魔術師に媚を売る貴様を殺し、死体を親に送りつけてやる」

「実に品のない物言いだ――親の顔を見てみたいな」


 挑発を兼ねて鼻を鳴らすと、女性副隊長の顔がはっきりと歪んだ。


「言ってくれたな……」

「どうやら失言だったようですね。謝罪します」

「許すものか。貴様のように貴族に生まれたからと言うだけでなに不自由なく生きているような世間知らずのガキに――」


 彼女なりに今まで苦労があったのだと言葉から理解できた。だが、ラウレンツにも怒りが宿る。


「確かに僕は貴族の生まれだ。両親も健在で愛されている――だからといって貴方に世間知らずと言われる筋合いはない。僕にだって僕なりの悩みや苦労はあるんだ!」

「黙れ――っ」


 鞭がうなりをあげて襲いかかる。――が、即座に展開した障壁によって防いだ。

 武器として鞭は厄介ではあるが、防げないわけではない。魔術ならいざ知らず、単なる攻撃では障壁を抜かせることなどしない。


「ラーズ、今だ、逃げてほしい」

「だが――」

「頼む。このまま戦闘になれば相手が王立魔術師団の副団長たちだ、余裕がなくなってしまう」

「……すまない」

「ちょ、ちょっと、ラーズくん!」


 ラウレンツと短く言葉を交わしたラーズは、クリスタの腕を取り背を向けて走り出す。


「逃がすか!」

「通しはしない!」


 魔術を放とうとしたミヒャエラに向かって、拳大の岩を数個放った。

 魔力を帯びた岩が音を立てて襲いかかるも、避けられてしまう。行く手を失った岩塊は石畳に激突し廊下を揺らした。


「無詠唱でもそれなりに使えるようだな――いいだろう、お前を殺してから、あのガキたちも殺してやる」

「――お待ちください」


 獰猛な表情をラウレンツに向け、今にも飛びかかってきそうなミヒャエラを制止したのは、傍観に徹していた男だった。


「ミヒャエラさまの目的は彼ではないはず」

「――っち。そうだった」

「私がこの少年を引き受けますので、ミヒャエラさまはあの方を」

「待て!」


 魔術師団の主従の会話にラウレンツが割り込む。


「お前たちの目的は僕じゃないのか?」

「確かに君も目的ではあるが、それがすべてではない。さあ、あとは私にお任せを」


 武骨な低い声がラウレンツに応え、上官を促す。

 ミヒャエラはラウレンツを一瞥すると、


「私は貴族が嫌いだが、それ以上に――王族が嫌いなんだよっ」


 憎悪に染まった声と感情を解き放った。


「その言葉を聞いた以上、なにがあってもいかせはしない。追いたければ――僕を殺してからにしろ」


 もう友人たちの姿は廊下にない。校舎に入っていたことにわずかな安堵を覚えた。

 あとは追手をいかさず、彼らが職員室にたどり着く時間を稼げばいいのだが、不安もある。


 ――王立魔術師団が学園の言うことを聞くのか? 否、無視するはずだ。


 王族が嫌いだと言い放ったミヒャエラは、彼の立場を知っている。それでいながら、狙うつもりなのだ。

 仮にも王立魔術師団員の行動ではない。常軌を逸している。反逆だ。


「その心意気はよしとしよう。しかし――君では私たち二人を相手にすることは不可能だ」


 思考を回しながら反逆者たちを睨みつけていたラウレンツに、男の低い声が届く。

 刹那――不可視の重圧が降り注ぎ、なにひとつ抵抗できずに地に倒れた。


「……な、に、が」


 突然過ぎる攻撃に、なにが起きたのか理解することもできない。


「ミヒャエラさま、ここはお任せを。いくら宮廷魔術師候補とはいえまだ子供。脅威ではありません」

「だと思っていたさ。残念だが、この場はお前に任せる。ただし、ガキでも宮廷魔術師候補に選ばれたんだ――決して油断するな」

「もちろんです」


 おもむろに一礼する部下に鼻を鳴らすと、ミヒャエラが踵を鳴らしてラウレンツを跨ぐ。


「ま、て」


 いかせてなるものかと腕を伸ばすも、


「ミヒャエラさまを阻ませない」


 男に踏まれ届かない。

 射殺さんばかりに睨みつけるも、押しかかる重圧が消えるわけではない。

 奥歯を噛みしめ、四肢に力を込める。


「ぐっ――おおっ」

「馬鹿な……今もなお押しつけているにもかかわらず、立ち上がろうというのか」


 奥歯を砕かんばかりに体を動かそうとするラウレンツの脳裏では、必死に不可視の重圧の攻略法を探っていた。

 重力ではない。古の魔術でさえ、そんなものを操ることは不可能だ。

 ならばなんだ。考えろ、考えろ。――風だ。


 現代魔術で不可視のものと言えば風だ。ジャレッドのように大地属性魔術師はいるものの、基本的に魔術師は、火、水、風、地に属性が別れる。

 風こそ感じないが、不可視の圧をかけられている以上、答えはシンプルでいい。外れたらまた考えればいいのだから。


「うぉぉおおおおおおおおおおおおぉっ」


 魔術ではなく、魔力をそのまま体内から解き放つ。

 腕を踏みつけていた男が後退したのがわかった。

 風が上から圧をかけているのなら、魔力を放ち押し返せばいい。考えなしの力技ではあるが、宮廷魔術師と戦いわかったことがある。


――技術も大事だが、戦いにおいて単純かつ、強力なものが必要なのだ、と


詠唱する間も与えられず、圧倒的な力で地に倒され続けたラウレンツの結論だった。





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