30.友人不在の学園4. 危機、激突、王立魔術師団1.
「お断りします」
しん、――と静寂が波打った。
一瞬も迷うことなく誘いを一蹴したラウレンツに、生徒たちが驚愕とも唖然とも思える視線を向ける。
「理由を聞かせてくれるかな?」
「あなたは魔術師のためにと言いましたが、僕は――この国で暮らすすべての人々のために、魔術師としてできることをしたいのです」
視界の中で友人が笑顔で頷いてくれる。自分の答えが間違っていないのだと確信を得た。
「ああ、私の言い方が悪かったせいで誤解をさせてしまったのかな。別に非魔術師をないがしろにしようというわけではないんだ。たとえ魔術師でなくとも彼らもまた国民だ。差別などしないよ」
「そうではありません。魔術師とか非魔術師だとか区別する必要がそもそもあるのかと疑問に思います。なによりも僕は非魔術師という言葉が嫌いなのです。他に言葉がないので使うことこそありますが、わざわざ魔術を使える使えないだけで区別する必要を感じません」
そもそも非魔術師という言葉は、魔術師以外を区別するときに使われる。魔術師かそうではないかと言う以上、あくまでも基準は魔術師である。他に単語がないので区別が必要な際は日常でも使われることがあるが、魔術師がそうではない人間を差別するときにも使われるので好きな単語ではない。
「残念ですが、僕とレナードさまとでは考え方が違うようです」
「ふむ。考え方はそれぞれだからね。残念だが、君は君の道を歩むといい。宮廷魔術師候補の件、応援しているよ。頑張りなさい」
「ありがとうございます」
本心か不明だが誘いを断ったラウレンツを応援する形で話を終わらせたレナードに、頭を下げた。ここで余計なことを言って場をこじらせるのは得策ではない。今は早く教師たちにこの事態を伝えなければならないのだ。時間が惜しかった。
「いこう、ラーズ、クリスタ」
不気味なほど笑顔を崩さないレナードの視線を受けながらラウレンツは友人たちの腕を掴み、有無を言わさず引っ張っていく。
少しでも早く、この場から去りたかった。
背中に刺さるような視線を感じながら、三人は中庭をあとにするのだった。
「ねえ、ヘリングくん。スカウトをあんな断り方をしてよかったの?」
校舎へ続く廊下を歩いていると、クリスタが心配する声をあげたので足を止めてしまった。
「構わないさ。あの場でなあなあな返答をしてしまえば、生徒たちから反感を買ったはずだ。宮廷魔術師候補と王立魔術師団員を天秤にかけている、と」
宮廷魔術師候補に選ばれたことが必ず宮廷魔術師に繋がるわけではない。候補はあくまでも候補であり、宮廷魔術師になることができない場合も決して珍しいわけではないのだ。
候補者の中には宮廷魔術師になることができず王立魔術師団員となるものや、別の場所で才能を生かす場合も多々ある。中には、候補者という肩書を利用するため、あえて辞退して望む職種を希望することもあるのだ。
もしもラウレンツがあの場でレナードの誘いを一蹴しなければ、生徒の中には宮廷魔術師候補としての立場と王立魔術師団員を両天秤にかけ、美味しいほうを選択しようとしていた――と取られかねない。
もっとも、誘いを考えることなく断ったことで、レナードをはじめ魔術師団員にとっては面白くなかっただろう。
結局のところ、どのような選択肢をしてもラウレンツの心証は悪くなってしまうことは避けられなかった。
「そうだけど……あの断り方だと王立魔術師団がヘリングくんのことを」
「大丈夫だ。ありがとう、クリスタ」
案じてくれる友人に感謝する。
今後のことを考えるなら、クリスタが危惧するように王立魔術師団の心証を悪くしてしまうことは避けるべきだった。だが、ラウレンツにはなにかを企み行動している彼らにどうしてもいい印象を抱くことができなかったのだ。そのせいで短慮な行動をとったことも自覚がある。
「ラウレンツのことも心配だが、まず奴らのことを教師たちに報告するべきだ」
「ああ、そうだ。まずはそこから始めよう」
「うん」
自分のことならあとで考えればいい。再び足を進めようとしたとき――ラウレンツの全身が総毛だった。
「ラウレンツ、どうした?」
「ラーズ、クリスタ――僕のうしろに。誰かが敵意を持ってこちらを見ている」
宮廷魔術師二人と実戦形式を踏まえて指導を受けているラウレンツの感覚は想像以上に研ぎ澄まされていた。
直感的なものももちろんだが、今感じているように敵意にも敏感になっている。
戦場において乱立する数多の敵がどこから襲ってくるのかわからない。ならば、こちらから敵意ある人間を即座に見つけ次第対応していくことこそ生き残るすべである。
実戦経験が決して豊富だとはいえないラウレンツは、宮廷魔術師たちからまずそこを鍛えられた。戦えば戦うほど感覚は鋭利となり、知覚できる範囲も広がっていく。まだ未熟ではあるが、決して広くない渡り廊下の中でたとえ姿を見せずとも明確な敵意を見逃したりはしない。
「僕を試しているのか、それとも殺気を消すことを疎かにしているのか知らないが、姿が見えずともこの場に誰かがいることはわかっている。正々堂々と姿を見せろ」
背後を確認する。友人二人はなにがあっても守らなければならない。
戦闘技術を持たないクリスタはもちろんだが、ウェザード王国の貴族の人間としてラーズのことはたとえ命を賭してもこの場から逃がさなければいけなかった。
「ラウレンツ、私は――」
「ラーズ、少しでも相手に隙ができたらクリスタを連れて逃げてほしい」
「だが――」
「頼む。クリスタを守ってくれ」
あえて守れと言ったラウレンツの背に、ラーズは静かに目を伏せる。
「――承知した。すまない。だが、お前も無事でなければならない、いいか?」
「ああ、約束しよう」
友人たちを庇いながら、敵の出現を待つ。同時にいつ襲われてもいいように戦闘態勢となる。すでに魔力を高め、詠唱の必要がない魔術を解き放つ準備はできている。
あとは敵次第だ。
おそらく敵は――、
「ガキだと思っていたが、宮廷魔術師候補に選ばれることはあるようだ」
廊下の影から現れたのは、王立魔術師団の制服に身を包んだ男女一組。
予想した通りの展開だった。
レナードの誘いを蹴った瞬間からこうなることは予想していた。彼らがなにを考え生徒を勧誘しているのか不明だが、ラウレンツは勧誘を断った。それも生徒たちの前で。
勧誘劇に水を差した人間をそのままにしておくとは思えない。
だが、想定外のことも起きる。
「まさか――王立魔術師団の副団長が現れるなんて。なにか御用ですか、と尋ねるべきでしょうか?」
「黙れ。貴様はレナードの誘いを拒否しただけでは飽き足らず、子供たちの前で恥をかかせた――万死に値する」




