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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
七章

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26.ラウレンツ・ヘリングの悩み1.



 ラウレンツ・ヘリングは、代わり映えのない学園生活に退屈を覚えていた。

 勝手にライバル視していたジャレッド・マーフィーと友情を育むことはできたが、彼は宮廷魔術師になるために忙しいのか学園に顔を出すことが数える程度になってしまった。

 もともと授業を免除されているので形ばかりの在籍に近いのだが、その分魔術師として実績を残している。


 学者になりたい、上級学校に進学したいというのなら授業を受けるべきなのだが、友人の場合は違う。彼はこのまま宮廷魔術師となり、国のため、民のために戦う道を選ぶはずだ。

 そんな友人に、一歩どころか、二歩、三歩遅れていることが悔しい。友人でいる以上、対等でありたい。彼が宮廷魔術師になったからといって自分のことを見下すわけがないが、他ならぬ自分自身が友人の背を追いかけ続けることに、少しだけコンプレックスを抱いているのかもしれない。


「ジャレッドは今日もいないみたいだな」


 午前中の授業を終えると、昼食のために友人たちと合流するため食堂へ向かう。

 学園に友人がひとり欠けているだけで仲間たちも普段より覇気がないと思えてしまうのは決して気のせいではない。


「相談したいことがあったんだが……学園で待つよりも、僕から会いに行くべきか」


 最近、独り言が増えているのは悩みを抱えているからだ。

 友人たちに相談しても解決せず、学園に顔を出さないジャレッドにも、いいや、ジャレッドだからこそ聞いてほしいと思っていた。しかし、多忙な友人の邪魔をすることは躊躇われ、学園に顔を出したときに話そうとしていたのだが、もう何日も顔を合せていなかった。


「――僕が、宮廷魔術師候補か」


 周囲に人気のないことを確認してからため息混じりの声をこぼす。

 ラウレンツの悩み、それは――宮廷魔術師候補に名が挙がっていることだった。

 現在、魔術師協会と王宮が水面下で話を進めているのが、次なる宮廷魔術師候補を選抜することだ。先の宮廷魔術師候補が選ばれた際には、バルナバス・カイフという元宮廷魔術師候補の復讐劇によって、ジャレッド以外の候補者たちが殺された事件は記憶に新しい。


 被害者の中に、ラウレンツにとって兄のような存在であると同時に、正式に弟子入りこそしていないが尊敬する師同然のケヴィン・ハリントンもいた。

 彼の死を受け、復讐に取りつかれた結果――無謀にもバルナバスを単身で倒そうとして暴走してしまった。そのせいでジャレッドがバルナバスと戦うことなり、勝利した。

 だが、ラウレンツは喜べなかった。仇を自らの手でとれなかったことではなく、自分のせいで友人に手を汚させてしまったからだ。


 その後、宮廷魔術師さえ倒したバルナバスの復讐劇を止めた功績が認められ、正式に宮廷魔術師となることになったジャレッドが、他に選択肢はなかったとはいえ復讐鬼を殺めたことを気にしていることを知り、罪悪感を抱くようになった。

 感謝と謝罪をしたとき、気にしなくていいと言ってくれたものの、そう簡単に割り切れる問題ではないのだ。


 今では復讐者バルナバスの事情をすべて知ったことで、胸の内でくすぶっていた怒りを消すことができたものの、死んだ者は戻ってこない。残された人間のすべきことは、前に進んでいくしかない。

 そんなラウレンツが宮廷魔術師候補に名が挙がったのは、奇しくもバルナバスとの戦いにあった。

 宮廷魔術師同等の力を得たどころか、迷宮の主たる魔獣――ミノタウロスを単身撃破するほどの実力を有するバルナバスと戦い、生き残った。それどころか有効打を与えたことは、亡き宮廷魔術師候補たちにもできなかったことだと評価されたのだ。


「トレスさまとアデリナさまは僕に宮廷魔術師となるべきだと言ってくれた。だが――」


 復讐劇と、ジャレッドを介し知り合った宮廷魔術師のトレス・ブラウエルとアデリナ・ビショフが師を失った自分に指導してくれている。いまではすっかり師と呼んでもいいほどの付き合いがあった。

 きっかけは自分たちのせいで親しい人を失ったラウレンツへの罪滅ぼしだったのかもしれない。


 トレスは、自分の知らないところで父がバルナバスを陥れた事実を知り、ショックを受けた。生家と縁を切ったことから、友人の人生を台無しにしてしまった父を許せなかったのだろう。

 アデリナは、トレスの父ブラウエル伯爵に半ば脅される形で協力してしまった。今でこそ、地位も権力も持つ宮廷魔術師だが、候補者だった当時は後ろ盾のない一介の魔術師でしかなかったのだ。

 そのような背景を持つ二人をラウレンツは恨まなかった。もう恨んでも仕方がないことではあるし、亡き兄代わりが還ってくるわけでもないのだから。


 宮廷魔術師からの指導により、力が伸びたと自負していた。ときには魔術師協会の依頼を受けもした。実績を積むことで、亡きケヴィンの分まで立派な魔術師になろうと努力し続けたのだ。

 その甲斐があっというべきか――宮廷魔術師候補に名が挙がり、知己である魔術師協会職員のデニス・アボッドが屋敷に直接足を運び、両親と今後についての話をしてくれた。


「不思議だったのは、どうして父上も母上も、デニスさんを見てああも驚いたんだろうか?」


 理由はいまだ知らされていない。おそらく、まさか本当に息子が宮廷魔術師候補になるのかと実感がなかったではないかと考えている。

 かつてジャレッドが言っていたように、デニスはよい人だった。宮廷魔術師候補の件を受けるべきかと悩んでいるのを知り、数々の助言をくれた。最期に判断するのはラウレンツ本人ではあるが、後悔しないようにと勇気づけてもくれた。


 父は少しでも可能性があるのなら挑戦するべきだと言ってくれているが、母は違う。過保護な母は息子が危険な目に遭うかもしれない将来を憂い反対している。

 両親と毎日のように話しあっては、母が怒って席を立つことを繰り返すのだが、母が心配してくれているのがわかっているので強くも言えない。他ならぬ原因は、候補に選ばれながらの自らの意思をはっきりさせていないラウレンツ自身なのだ。


「ジャレッドも宮廷魔術師候補に選ばれたときは、こんなに大変だったのか?」


 友人の状況はもっと酷かったはずだと思う。

 年上の、しかも公爵家の長女の婚約者となり、悪い噂のせいで自分を含めた生徒たちにも誤解されていた。今でこそ、彼を悪く言う人間は嫉妬している者だけだが、当時には宮廷魔術師候補に名が挙がったのも、公爵家の力だと思われていたのだ。

 大変だったことは想像するに容易い友人よりも状況はマシだと思うことにすると、ラウレンツは自分がどうしたいのかを改めて考えながら、友人たちの待つ食堂へ足を進めるのだった。




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