14.王都 新たな日常1.
ジャレッド・マーフィーは王都に戻ってから一週間の間、婚約者のオリヴィエ・アルウェイによっておとなしくしているよう命じられていた。
魔術師協会への報告書の提出、口頭での説明をするために魔術師協会に足を運ぶことは許されているし、婚約者の妹であり一緒に生活をはじめたエミーリア・アルウェイの足りない日常品を購入するために商店街で買い物をすることもあった。
今まで暗殺に怯え屋敷から出ることがなかったハンネローネ・アルウェイはもちろん、母を守るために極力そばに居続けたオリヴィエ、そして公爵家の令嬢であるため日ごろ商家が屋敷に出入りすることから自分で買い物をしたことがなかったエミーリアを連れての買い物は慌ただしくも楽しかった。
四人だけではなく、家人であり家族のトレーネ・グラスラーももちろん、幼く楽しいことを求める竜王国の王族璃桜、ジャレッドの師であるアルメイダも護衛を兼ねて一緒に街へ繰りだした。
女性六名に対し、男性一名という甘ったるくも気疲れする時間を過ごしながらも、彼女のたちの笑顔が見ることができたことを素直に喜ぶジャレッド。
口にこそ出さなかったが気分はまるで家族サービスをする父親だった。
家族たちとの時間を大切にした一週間が過ぎた今日、身支度を整えたジャレッドは宮廷魔術師トレス・ブラウエルと会うため、彼の屋敷に足を運ぶことになっている。
先日、リュディガー公爵領から戻ったジャレッドを心配した旨の手紙が届き、日を改めて会いたいと伝えられた。言うまでもなく、かの地で相対した正統魔術師軍の情報を直接聞きたいのだとわかる。
それと同時に、亡き友の家族でありジャレッドの秘書官を務めることになったエルネスタ・カイフのことを案じている彼だ、彼女のことも聞いておきたいのだろう。
秘書官たちも一週間は休むように伝えてある――オリヴィエが。
リュディガー公爵の娘である秘書官リリー・リュディガーは特別怪我を負ったことはなかったが、エルネスタは倒れているところをプファイルに発見されている。また、その間になにがあったのかまるで覚えていないことから、休息は必要だろうと思われた。
幸い、魔術師協会も同じだったらしく、オリヴィエがジャレッドたちを休ませたいと言わなければ向こうから提案していたそうだ。
おかげで魔術師としての仕事はなにもなく、師と体を調整するための訓練をする程度に留まっていた。本調子を取り戻したジャレッドは、今後自分がどう戦っていくべきかを相談し、鍛えなおすことになっている。
オリヴィエと約束した――二度と負けないために。
「じゃあいってきます」
「いってらっしゃい。ルザーさまとトレスさまによろしくお伝えしておいてね」
学生の正装である制服を着こみ、婚約者に見送られたジャレッドが屋敷の外に出ると呼び止められた。
「待て、ジャレッド。話がある」
「ローザ?」
振りかえれば屋敷で一緒に暮らしているローザ・ローエンの姿があった。彼女はヴァールトイフェルの後継者のひとりであり、プファイルにとっては同僚という間柄でもある。同時に、ジャレッドにとっては叔母にあたる。
話があると言った彼女はなにやら戸惑っているように見えた。燃えるような赤毛から覗く表情はどこか忙しなく落ち着きがない。戦闘のプロであるローザらしからぬ態度に、眉を潜めてしまう。
「どうしたんだよ?」
甥と叔母の関係ではあるが、年齢が近いため言葉づかいは気易い。かつては命を狙われたことがあったが、もう忘れたとばかりにお互いに敵意らしいものがなかった。
「プファイルのことだ」
「あいつがどうかしたのか? まさか――」
ヴァールトイフェルの任務関係でなにかがあったのではないかと不安になる。
暗殺組織に所属している以上、常に命の危険と隣り合わせだ。彼の強さは戦ったジャレッドがよく知っているが、戦いにおいて絶対はない。
「落ち着け、奴になにかがあったわけではない。いや、あったのか?」
「どっちだよ!」
はっきりしないローザに苛立った声を荒らげてしまうが、彼女は気にした様子もなく困ったとばかりに言葉を探す。
そして、適切な言葉が見つかったのか、真剣な瞳をジャレッドに向けた。
「プファイルが女と密会している」
「はぁああああああああ!?」
身構えていたにも関わらず、予想すらできなかったローザの言葉につい大声をあげてしまう。
ストイックでありながらどこか熱い感情を隠しているプファイルが、女性と密会しているなどと想像ができない。
自分の行動に堂々としている彼であれば、恋人ができても態度は変わらないはずだ。ましてや隠れてこそこそするはずがない。
「気のせいじゃないか?」
「いいや、そんなことはない。私が父から学んだ技術を駆使して昨晩尾行したから間違いない!」
「……技術の無駄遣いをするんじゃねえよ」
呆れて物が言えないとはまさにこのことだ。
プファイルが女性と会おうが、恋人を作ろうが彼の自由だ。相手が気にならないと言えば嘘になるが、無理やり暴いてしまってはかわいそうだ。
「しかも相手はお前の秘書官のエルネスタ・カイフだったぞ!」
「――ぶっ」
思わず吹き出してしまった。
目の前のローザに唾がかかるが、咽て咳き込むジャレッドはそれどころではない。
二人の関係を反対するわけではないし、そんな権利もないが――いったいいつどこで、と気になってしまう。
まさかの相手に動揺しているのか心臓がうるさい。思えば、リュディガー公爵領で彼女のことを気づかう発言をしていたことを思い出す。
「私はてっきりハンネローネ殿に懸想していると思っていたが違うようだな」
「俺もはじめはそう思っていたけど、ハンネローネさまに対する想いは憧れと母性なんじゃないかな」
そういうジャレッドも、母を知らぬためハンネローネのやさしさに母を見てしまうことがある。
「うむむ……」
「なんだよ。別にヴァールトイフェルは恋愛禁止じゃないだろ。他ならぬワハシュが子供作っているんだから、結婚だって可能じゃないのか?」
「無論、恋愛も結婚も組織に害を与えなければ問題はない。だが――」
一度、言葉を区切ったローザは、大きく目を見開き声を荒らげた。
「私がコンラートを遠目から日々見守るだけに抑えているのに、あいつは女と密会など――ずるいぞっ!」
魂の込められた方向に、
「コンラートさまをストーキングするんじゃねえよっ!」
そんなことをしていたのか、と突っ込まずにはいられないジャレッドだった。




