3.リュディガー公爵領での日々3. 悪夢の誘惑.
「なるほど。氷属性、氷結属性、呼び方は様々だが、氷を操れる魔術師は珍しい。お前の知り合いであるルザー・フィッシャーの雷属性ほどではないが、なかなか稀有なものだ」
部屋に戻ったジャレッドは敵対した正統魔術師軍の魔術師に関する情報を伝えた。
ベッドの上に腰を降ろし、鮮明に思い浮かぶ状況を語り終えると、壁に背を預けて腕を組むプファイルが続ける。
「おそらく身元はわからないだろう。国をどうにかしようと企む輩が、素直に魔術師協会に登録しているとは思えん」
「それには同感。仮に魔術師協会に登録しているとしても、馬鹿正直に情報を伝えているとは思えない」
リュディガー公爵家から魔術師協会に氷結属性の魔術師を問い合わせてもらうことになっているが、見つかるとは思っていない。
だからといって、なにもしないわけにもいかないのだ。
「水属性を極める過程で氷結属性も使えるようになると聞いたことはあるけど、簡単に辿りつけるものじゃない。俺自身、水属性魔術は使えるけど、氷結属性をいずれ使えるようになるとは思えない」
どのような過程を得れば氷結属性に辿りつけるのか定かではない以上、敵対した魔術師も水属性魔術師ではなく、生まれながらに稀有な氷結属性を持つ魔術師であると考えた方が妥当だ。
どちらにしても、これだけでは襲撃者が誰であったのかわかるはずもない。
エルネスタによって身元が判明した王立魔術師団員から特定できればいいのだが、簡単にはいかないだろう。
「ふん。複数の属性を持つ魔術師の多くが、すべてを極められず中途半端に終わると聞く。お前も、もっとも相性がいい地属性魔術に絞るべきではないのか?」
「かもしれない」
実のところ、プファイルの指摘を考えたことはある。
「石化魔術を使いながら、消費が激しく戦いにならなくなる体たらくなのは、貴様のその中途半端魔術のせいだ。いくら魔力量が多くても、宝の持ち腐れになっていることに気づけ」
「言ってくれるじゃないか」
耳の痛い話だった。
事実、未完成な石化魔術を撃ったせいで魔力切れを起こし敗北したのだから反論などできない。
「私たちは魔術を道具と割り切ることができる。ならば、もっと磨き、力を入れるところがあるのではないか?」
「そう、だよな。王都に戻ったアルメイダに相談してみるよ」
「そうするといい。お前は師に恵まれているのだ。十分に学び、利用し、強くなれ。いざ、守りたい人間を守ることができず手遅れになってから力をつけても遅いのだ」
「……プファイル、お前」
まるで彼には守りたい人がいたように聞こえた。
詮索するつもりはなかったが、気になってしまったこちらの表情を読んだのか、彼は自らの失態に気づいたように苦い顔をする。
「失言だった。忘れろ」
「だけど」
「忘れてくれ、頼む」
「……わかったよ。だけど、話したくなったら話してくれ。友達だろ」
「――ふっ。私とお前はいずれ殺し合うのだぞ?」
「そんな友達がいたっていいさ」
「ふん。変わり者め」
そう言いながらも笑みを浮かべたプファイルに、ジャレッドも笑ってみせる。
思えば、彼がどういう経緯でヴァールトイフェルの一員となり、後継者にまで上り詰めたのか知らなかった。
お互いの過去を明かすには深い関係ではないが、いつかどこかで語り合うことができればいいと思う。
ジャレッドとプファイルは、その後しばらく話を続けた。
※
――エルネスタ・カイフは夢を見ていた。
話しか聞いていない兄の最期だ。
ジャレッドの放つ石化魔術によって、体を石に変え苦悶の表情を浮かべる兄の姿が浮かぶ。
苦悶の声をあげたくとも石になり口さえ動かず、呼吸もできずに苦しみ続ける兄が浮かんでは消えていく。
まるでその場にいたように鮮明だった。
もしかしたらなんらかの奇跡が起き、兄の最期を見ることができたのだと錯覚してしまうほど、生々しい。
同時に違うと気づいていた。兄の最期はこうではない。戦いの果てに、敗れ、死んでいった。
苦しみながら死んでいったわけではない。
しかし、なぜだろう。今、自分が見ているものこそが正しく思えてならない。ジャレッドたちが自分に誤った情報を伝えたのではないかとさえ、疑いたくなる。
考えるな、と夢の中で誰かが言う。
受け入れろ、と暗闇の中で誰かが叫ぶ。
苦しい、と石と化した兄が涙を流した。
――お兄ちゃん?
まだ兄が失踪する前、兄妹仲がよかったころの懐かしい呼び方をすると、石化した兄が歪んだ顔をしたまま砕け散った。
エルネスタの喉が裂けんばかりの絶叫をあげる。
なぜ、兄の死を見なければならない。なぜ、夢の中でも兄が死ななければならない。
理不尽な光景を見せつけられ、何度も何度も虚空に問う。
すると、
――誰のせい?
誰かに問われた。
吐息を感じるすぐうしろから、小さな声で、甘い声で問われた。
――誰のせいでバルナバスは死んだの?
誰のせいでもない。兄自身が起こした行動の結果、兄は死んだのだ。
――誰が殺したの?
やめて、とエルネスタが叫ぶ。
それだけは考えないようにしていた。いや、かつては何度も考え理不尽な恨みさえ抱いたこともある。しかし、兄と似たところを見つけ、力を持ってして誰かを救おうとする姿勢に、もう恨みを向けることはやめると決めたのだ。
しかし、声は許してくれない。
――ねえ、誰のせいで、バルナバスが死んだの?
――ねえ、誰が殺したの? 奪ったのは誰?
やめて、お願いだから、やめて。考えたくなかった。考えてはいけなかった。
せっかく前に進もうと決意したのに、悲しみを乗り越えようとしたのに。
――誰が憎い?
声が笑った。気づけば自分も笑っていた。
刹那、エルネスタ・カイフは目を覚ましたのだった。




