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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
六章

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39.リュディガー公爵領 敗北.




 石と氷の破片が、ジャレッドに襲いかかる。

 頬をはじめ、体のいたるところに裂傷を作りながら、相手から目を離すことなく睨み続ける。


「……力は互角か」

「そのようだな。さすが宮廷魔術師だと言っておこう」


 同じく傷を負った襲撃者から感嘆の声があがる。男はよほど正体を晒したくないのか、防御よりも顔を隠すことを優先していた。


「殺そうとしている相手にずいぶん慎重なんだな。顔を見せて名乗るくらいのことができないのか?」

「どうせ死ぬ人間に、私の素性を知らせてなにになる?」

「必死に隠そうとしながらよく言うな。俺が怖くて正体明かせません、って素直に言ったらどうだ?」

「黙れっ! その程度の挑発で私が名乗るなど――」


 男の声が途切れる。なぜならジャレッドが短剣を構え肉薄したからだ。

 抵抗する間も与えず一閃すると、顔を隠していたフードが破れ宙に舞う。

 できることなら首も落としてやりたかったが、相手の瞬発力は想像を上回っていたようだ。


「……知らない顔だな。でも、どこかで似た顔を見たことがある気がする」

「――おのれっ、よくも私の顔をっ」

「隠すほどのものでもないだろ」


 ジャレッドの知る限り、宮廷魔術師はもちろん王立魔術師団、魔術師協会にも知った顔はいない。

 短く整えられた金髪と氷のように冷たい瞳を持つ男は、三十半ば過ぎたくらいの年齢だった。

 典型的な魔術師らしく、体躯は最低限にしか鍛えられていないやや細身の体。

 トレスの情報から、襲撃者である彼らは先日の揉め事と相まって王立魔術師団員だと勝手に思っていたが、どうやら違ったようだ。

 推測が外れてしまい、拍子抜けした。王立魔術師団に属する反逆者ではなくただの過激思想の魔術師至上者であったが、倒すべき存在であることに変わりはない。


「さあ、続きだ」

「私の素顔を見た以上、貴様は必ず殺してやるっ」

「口はいいからさっさとかかってこいよ」


 手招きをすると、今度は予想以上に挑発に乗ってくれた。

 素顔を見られ怒りに染まった男は、憤怒を浮かべて魔術を高めた。ジャレッドも魔力を振り絞って体内で練り上げていく。

 男から情報はほしいが、現状捕縛は難しい。倒すしかないと判断すると、残りの魔力をすべて消費する覚悟で、両手を頭上に掲げた。


「石化魔術を撃つつもりか!」


 返事をするつもりはなかった。邪魔をされる前に、数秒でも早くしかけることを目的としたジャレッドは、高めた魔力を精霊たちに捧げていく。


「させるものかっ!」


 襲撃者も高めた魔力を放出するため、両腕を前に突きだしジャレッドに向ける。


「――地竜の慟哭」

「――氷絶世界」


 三度目となる石化魔術を解き放ったと同時に、相手も氷結魔術を放った。

 先制攻撃できなかったことを悔やむも、魔術を維持さえすれば勝てると思った。


 ――そう、思っていた。


「……っ、くそっ、嘘だろ!」


 放たれた魔力の本流が男を飲みこむと同時に、視界が白に覆われる。

 吐く息は白くなり、初夏とは思えない肌を刺す寒さがジャレッドを襲う。


「貴様が石化をするように、私は貴様を凍結してくれよう! どちらが相手を封じ殺すか、勝負というこうではないか!」


 男のローブが石化していくが、魔力によって身を守っているのか侵攻速度は遅い。

 対するジャレッドの戦闘衣に霜が降り、周囲一帯を含め凍気によって凍りついていく。障壁を張る余裕もなく、自らの体内に魔力を循環させ活性化させることで凍ることを少しでも遅らせようとする。

 視界の中では、草木や地面が次々と白く凍っていった。


「……このままだと――っ」


 魔力が足りなかった。攻撃に徹するか、身を守るかのどちらかしかないと思考を巡らす中、ジャレッドは己の失態に気づく。

 石化魔術にこそ巻き込まれていないが、襲いかかる冷気の渦にフーゴが巻き込まれていたのだ。


「はっ、今ごろ気づいたようだな」

「てめぇ……わかっていて巻き込んだな?」

「どうせ公爵もろとも殺すつもりだったのだ。意識を失っている足手まといを放っておくはずがなかろう」


 意識を取り戻す気配のないフーゴを見捨てることなどできるはずがない。

 ゆえにジャレッドは決断した。


「うぉおおおおおおおおっ!」

「――っ、まだこんな魔力を残していたのか……なに、なんだ、これは!」


 あとのことなど考えることを放棄して、魔力をすべて使い切る決断を下す。

 戦い終わったことなどどうでもいい。今はただ、相手に勝つことだけを目的とする。

 敵を倒すだけではなく、公爵を守ることまでできて、はじめてジャレッドの勝利となる。命が助かっても、公爵を失えば敗北に等しい。


 男を飲み込む魔力の奔流が小さくなった。体全体だけではなく、広範囲を石化していた魔力の波が、一筋に凝縮される。範囲は狭まったものの、魔力量は減らしていない。それどころか限界を超えて注いでいるため増えている。

 ジャレッドから放たれる石化魔術は一直線に敵に向かっていく。


 凍気とぶつかり、石と氷の破片をまき散らしながら、確実に敵の腕を石化し始めた。

 いまだ凍気は収まらず、体力も奪われていくが、石化の本流を放ち続ける。その一方で、障壁を展開し公爵を包み、魔術から遠ざけた。

 代償は、ジャレッド自身だ。


「自分を犠牲にして公爵を守り、私を倒そうというのかっ。非魔術師など守るに値しないというのに、なぜわからない! 愚者めっ!」


 自らを守ることができず体を凍らせていくジャレッドに襲撃者は、侮蔑するような声を投げる。

 凍っていくジャレッド、石化していく魔術師。二人の攻防は、互いの魔力が切れるまで続いた。

 ――そして、


「……ちく、しょう」


 音を立てて、前のめりに凍った地面に倒れるジャレッド。

 体の大半が氷に覆われており、熱を奪われたことと相まって放置すれば死に至るだろう。

 魔力を使い果たし、氷に体温を奪われたことで動くこともままならない。


「……さすが、あのバルナバス・カイフを殺した男だ、と褒めておこう」


 襲撃者は両腕のつけ根まで完全に石化したものの、他は衣類が石になった程度ですんでいた。これはひとえに、ジャレッドの魔力不足のおかげだった。

 もしフーゴを守ることをせず、攻撃に徹していたら今ごろ物言わぬ彫刻になっていたはずだ。

 だが、戦いに「もし」は存在しない。

 結果だけ見れば、ジャレッドは敗北したのだ。


「連戦を繰り返しながらもこうも抵抗した貴様への褒美だ――公爵を殺すことはしない。だが、いずれ殺そう。遅かれ早かれ死ぬのだから、今は見逃してやる」


 そう言った男だが、彼にも魔力はかけらものこっていない。公爵を殺したくとも、腕は動かないため、できないのが正しい。


「結界はとうに解けているが、この冷気の中に誰も近づけまい。貴様はこのまま死ぬのだ――さらば、ジャレッド・マーフィー。すぐれた魔術師でありながら、道を誤った愚か者よ」


 男は踵を返し、消えていく。

 残されたジャレッドは、今にも消えそうな意識の中、王都の屋敷で帰りを待つオリヴィエを思う。


「……オリ……ヴィ、エ……」


 彼女に会いたい気持ちと、もう会えないかもしれないという恐怖が蠢いていく。

 そして――、凍った体をわずかに動かすと、フーゴの無事を確認する。彼を守ることができた安堵の息を吐いたあと、ジャレッドは静かに意識を手放したのだった。




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