24.これからの相談3.
「そう。先日話してくれたあなたの恩人が敵として現れたのね。でも、あなたは裏切っていないどころか、そのルザーの母親をちゃんと保護して匿っている」
「祖父母に頼んで信頼のできる数人だけしか知りません。もしかしたらそのせいでルザーが誤解をしているなら、なんとしてでも誤解を解かないといけないんです」
ジャレッドはオリヴィエとイェニーに隠していたことをすべて明かした。
かつての恩人であり、兄と慕ったルザー・フィッシャーがヴァールトイフェルから離反したドルフ・エインに従い敵として現れたことを。雷属性というジャレッドの大地属性よりも稀有な魔術師になっていたことも、包み隠さず。
「危険はないの?」
「あります」
隠すことはせず、嘘偽りなく告げると、なぜか大きなため息をつかれた。
「どうしてもしなければならないことなのよね?」
「俺がやらなきゃいけないんです」
「いいわ。なら、止めないわ」
「……いいんですか?」
反対される覚悟で打ち明けただけに、拍子抜けしてしまった。
「正直な気持ちを言わせてもらえるなら、いくら恩人のためであったとしても危険な目に遭うことは避けてほしいわ。でも、きっとジャレッドはそんなことできないでしょう」
それに、とオリヴィエはジャレッドの頬を撫でほほ笑む。
「あなたはいつだって誰かのために戦って救っているわ。わたくしとお母さま、トレーネとイェニーのこともそうよ。あなたに救われたわたくしが他の人を、それもあなたにとって大切な人を救わないで――そんな恥知らずなことは言えないわ」
「わたくしもお兄さまが危険な目に遭うことや、怪我をするのを見たくはありません。ですが、信じています」
「オリヴィエさま、イェニー……」
自分が思っていたよりも、ずっと彼女たちが強いことを改めて思い知らされる。そして、自分のことを心配しながらも、信じてくれているのだと痛いほどわかった。
「だから約束して。無事に帰ってくると」
「約束します。俺は必ず、無事に帰ってきます」
「ならいいわ。あなたの恩人のルザー・フィッシャーにもご挨拶したいから、楽しみに待っているわ」
婚約者たちの言葉を受け、ジャレッドは必ずルザーを連れ戻すと決意を新たにした。
「ジャレッド・マーフィー、オリヴィエ・アルウェイ、そしてイェニー・ダウム、お前たちに伝えておくことがある」
「なんですか、ローザ?」
「……戦うべき敵に関して、私とプファイルは故意に伝えていないことがあった。無論、お前たちを騙そうとしていたのではなく、私たちなりの配慮だったのだが――お前たちの関係を見ていると伝えても大丈夫だと思える」
躊躇いがちに口を挟んだローザ。
まさかまだなにか知るべきことがあったとは思わず、彼女の言葉の続きを待つ。
「我が父ワハシュとヴァールトイフェルを裏切ったドルフ・エインの組織は、コルネリア・アルウェイに雇われている」
「――なっ」
「……うそ、でしょう?」
「まだ、あの方は諦めていないのですね」
ジャレッドだけではなくオリヴィエも絶句し、イェニーにいたっては呆れた声をだす。
すべての悪事を暴かれながら、最後の抵抗とばかりに実家に逃げ込んだコルネリア・アルウェイ。アルウェイ公爵の側室であり、ハンネローネとは幼なじみでもある。しかし、彼女は踏み越えてはならない一線を越えた。
ハンネローネとオリヴィエの命を狙い、正室の地位を奪い、自らの息子を次期当主にしようと野望を抱き愚行に走った。その際に雇われた中に、プファイルとローザもいる。
母に協力していたエミーリア・アルウェイが心を入れ替えすべてを明らかにしたことにより、公爵はもちろん、今まで隠れながらハンネローネたちを狙っていた黒幕の正体として暴かれることとなったが、彼女はいまだ無駄な抵抗を続け反省さえしていない。
それどころかここにきて、新たに足掻こうとさえしている事実を知らされてしまうと、いっそ感心さえしたくなる。
こうも抗うのならもっと違うことができたのではないかと思わずにはいられない。誰かを蹴落とし排除するのではなく、自らを高めるための努力だってできたはずだ。同じ労力を使うのなら後者のほうがいいに決まっている。
「狙いは間違いなくハンネローネ・アルウェイとオリヴィエ・アルウェイだ。ゆえに、ジャレッドが関わらないという選択肢ははじめからなかったようなものだ」
「どうして最初に言ってくれなかった?」
「私もプファイルも、ルザー・フィッシャーがお前の知人でなければ伝えていた。しかし、見るからに動揺していたお前に、さらなる情報を与えて追い詰めることはしたくなかった。もちろん、時機を見て伝えるつもりだったが、今のお前なら大丈夫だと判断した」
プファイルに視線を向けると、彼は一度だけ頷いた。彼もまたジャレッドを案じてくれた上での判断だったのだろう。
ジャレッドは言葉を発することなく頷き返す。
「オリヴィエさま、ハンネローネさまとトレーネと屋敷からでないでくださいね。アルメイダにみんなを守ってもらえるように頼んでありますし、璃桜もきっと守ってくれます。だから、不安にならないでください」
「オリヴィエお姉さま、わたくしも皆さまをお守りします!」
ジャレッドとイェニーに励まされ、オリヴィエは頷くも、心なしか顔色が優れない。
だが、無理もない。一度は終わったと思っていたコルネリアからの刺客がまた放たれたと聞いたのだ。長年母を守り続けていた彼女にとって、ようやく得た安息の時間が終わりを告げたに等しい。
小刻みに震える彼女の体をそっと抱きしめると、
「大丈夫。もうこれ以上、なにもさせない。俺が終わらせるから、安心して」
耳元でそっとささやき、落ち着かせるように背を撫でる。
「ありがとう、ジャレッド……でも、ね、あの、恥ずかしいから人前で抱きしめるのは、その、嬉しいけど……」
消えてしまいそうな声と羞恥から頬を紅潮させたオリヴィエに言われ、自分がどんなことをしているのか気づき、慌てて彼女の体を離す。
「す、すみません、つい」
「いいのよ。でも、ほら、こういうことは、人目がないときに、ね?」
「そうじゃなくて……」
「お姉さまばかりずるいです」
「イェニーもそんなことを言わないで!」
頬を膨らますイェニーをなだめようとしていると、プファイルとローザから呆れたような視線が突き刺さっているが無視する。
自分でも勝手に体が動いてしまったのだからしかたがない。
「と、とにかく! ルザーの一件がなくても、もういい加減決着をつけるべきだ。俺は公爵にこのことを伝えて判断を仰ぐよ」
「誤魔化したな」
「男らしくない奴め」
「うるさい! 話が進まないだろ!」
人目のあるところで婚約者を抱きしめてしまったジャレッドは、決まりが悪そうに顔を真っ赤に染めて大きな声をだすのだった。




