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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
三章

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22.宮廷魔術師トレス・ブラウエル2.



「確かに、ジャレッド・マーフィーには公爵家がついているという話は聞くよ。だけど、僕が知る限りでは宮廷魔術師候補に名が挙がったあとに公爵家と縁談がまとまったと聞いている。実際のところはわからない。なんせ相手は公爵家だからね。僕も無責任な発言はしたくないが、一定の実力がある娘の婚約者に相応の立場を与えたいと思えば、それは可能だろう」

「ふむ。確かに」


 バルナバスは同意するように頷く。すると、トレスが慌てたように言葉を続ける。


「もちろん、そんな事実はないだろうし、悪い噂が流れるのはしかたがないことだよ。僕らのときだって色々と根も葉もない噂が流れて大変だったじゃないか」

「懐かしいな。あのときは確かに大変だった。だが、困ってしまった。ジャレッド・マーフィーが正当な宮廷魔術師候補かそうでないかの判断ができない」

「魔術師協会は不正を嫌うことで有名だから、そうそう不正はないはずだよ。それに、貴族と繋がりがある宮廷魔術師は多い。宮廷魔術師が少ない以上、貴族のほうから近づこうとしてくるんだ。僕自身、自慢できることではないけど、実家や親戚などのしがらみはあるよ」


 暗い顔をするトレスは、今でこそ宮廷魔術師として名をはせているが、以前は伯爵家の三男として将来を期待されることもなく親からも必要以上に愛情を注がれることもなかった。

 貴族では家督を継ぐ者が最優先されることは常識であるため、不満はなかったが、寂しいと感じたことはある。

 心優しい家人に恵まれたおかげで孤独ではなかった。魔術の才能に目覚めてからは、同じように魔術師の友人ができ切磋琢磨することができた。

 魔力を持つ人間は少なく、魔術師を名乗れるほどの実力を手に入れることができる者は一握りだ。

 いつの間にか、家督を継ぐはずの兄よりも、両親の期待が自分に向くようになり、その現金さに呆れもした。

 したくもない結婚話が舞い込んでは断るのに大変だったが、良くも悪くもたくさんのことを経験して今のトレスがある。


「たとえジャレッド・マーフィーが公爵家の力を借りていたとしても、宮廷魔術師として相応しい力があるのであれば構わないと僕は思うよ」

「それは、かつて自分が同じように宮廷魔術師になるために伯爵家を利用したからか?」

「――なっ」

「七年前の私は実に愚かだった。まさか、友と信じて疑っていなかった二人に騙され、本来なら私が手に入れるはずだった地位を奪われてしまうなど――未だにはらわたが煮えくり返る思いだよ」

「なんのことだ!」


 宮廷魔術師であることに誇りを持っているトレスにとってバルナバスの言葉は見過ごすことはできなかった。

 酒の席での冗談、というにはあまりにも悪質だ。


「確かに僕が伯爵家の人間であることは認めよう。まったく家の影響がなかったと言えば嘘になることも承知している。しかし、君だって貴族ではないか。なによりも、君が手に入れるはずだった地位を奪ったなどと言われたら僕も黙っていることはできない」

「覚えているか? 当時、まだ宮廷魔術師候補だった私たちは同じ風属性魔術師として二つ名をつけられていた。お前は『風使い』、私は『風狂い』。誰もが私たちが宮廷魔術師になることを疑っていなかった」

「もちろんだ。しかし、君は失敗した。僕も驚いたよ。まさかミノタウロス討伐を自ら課題にするなど予想していなかったからね。地下迷宮に潜り、大怪我を負ってしまったのは君が自分を過大評価していたせいだ」

「違うっ!」


 怒声をあげてバルナバスがグラスを投げる。

 残っていたワインが床へ広がり、水たまりをつくった。


「私はミノタウロス討伐など選んでいない。リザードマンの群れを壊滅させる課題を選んだんだ! しかし、知らぬところで課題が変えられており、変更もできない。宮廷魔術師になるためには命と引き換えにしてもミノタウロスを倒さなければならなかった!」


 だが、結果は失敗した。そして、宮廷魔術師になることはできなかった。

 宮廷魔術師はただ戦えればいいのではない。的確な判断も求められる。バルナバスは自身の力量を見誤り、誤った課題を選んで失敗したと判断された。ゆえに、宮廷魔術師として相応しくないという烙印を押されたのだ。


「運が悪かったと思った。宮廷魔術師になれずとも、ミノタウロスに傷を負わせたことで私の尊厳は守れていた。だから、魔術師団に入り、お前たちを支えようと思ったんだ!」

「ならばどうして、まるで僕が不正をしたと言うんだ!」

「僕が、ではない。僕たち、と訂正するべきだ。お前たちが、伯爵家の力を使い、私の課題を変更したことはわかっている。その証拠もある」

「嘘だ!」

「事実だ! しかし、お前は宮廷魔術師として理想だった。民のために戦い、国に尽くしていた。私にしたことは一時の気の迷いだと思い許そうとさえ考えた。だが、どうだ。お前の弟子だという新たな宮廷魔術師候補は当時のお前のように貴族の力で宮廷魔術師になろうとしていた! 他の宮廷魔術師候補たちも同じだ!」

「まさか……まさか、バルナバス、君は……」


 最悪の答えにたどり着いてしまいトレスの声が震えた。

 対してバルナバスが陰鬱な表情に深い笑みを浮かべる。


「そのまさかだ。私が、宮廷魔術師候補を三人殺した。なんだ、あの程度の力量は! 確かに地位を利用しなければ宮廷魔術師にはなれるまい!」

「バルナバス――悪いことは言わない。自首するんだ」

「なぜだ?」


 心底理解できないと首を傾げる旧友に、トレスが叫ぶ。


「君は罪のない人間を殺したんだぞ!」

「いいや罪ならある! 不正を行ったのだぞ! 宮廷魔術師になろうとする魔術師が恥知らずな行為をしたのならば、断罪しなければならない!」

「……だからジャレッド・マーフィーのことを僕に聞いたのか?」


 バルナバスの行動は狂っている。

 いくら自分が宮廷魔術師になれなかったからとはいえ、やり過ぎだ。まったく身に覚えがないが、知らないところで自分の一族が彼になんらかの悪事を働いていたのであれば、償いたいし、償わせなければならない。

 しかし、その前にバルナバスも償わなければない。


「彼だけは不正をしたのかどうかわからなかった。できることなら尊敬するリズ・マーフィーの息子を殺したくはないが、場合によってはしかたがない」

「君に誰かを断罪する権利はない」

「あるとも! 私だけがあるのだ!」

「ならば君を殺すことになっても友として止めよう」


 トレスは魔力を高め、即座に攻撃に移ろうとした。

 しかし、魔力が体から抜けていく。魔力を練ることができず、風を起こすこともできない。


「――あ……」


 そして、気づいてしまった自らの胸に一本のナイフが突き立てられていることに。


「懐かしき友よ。七年前にも私は言ったぞ。お前は魔術の才能はあるが、戦いそのものが苦手なのだからもっと戦うすべを身につけろと」


 音を立てて崩れ落ちるトレスを眺めながらバルナバスが嗤う。


「いつの、間に……」

「お前が私に攻撃しようと立ち上がった瞬間だ。私がこの七年間、ただ冒険者をしていただけに想うか?」


 倒れる旧友の頭を踏みつけ、恨みを込めて何度も振りおろす。

 簡単に殺しはしない。ゆっくりと時間をかけて死んでいけばいい。


「七年前では倒せなかったミノタウロスも倒した。魔術に括らない戦い方も覚えた。今の私は魔術師ではなく、戦闘者だ。気分はどうだ? 魔術師として魔術を使うことすらできず、ナイフで一突きされた気分は?」


 魔術師としてもっとも屈辱的な死は、魔術が関わらない死だ。

 魔術で攻撃されたのではなく、魔術を使って抵抗したわけでもない。ただの弱き人間として死んでくことに、多くの魔術師が屈辱を覚える。

 トレスがどう思っているのかバルナバスにはわからない。できることなら、屈辱を噛みしめていてほしいと心から願う。


「弱き友よ……不出来な弟子とともに死後の世界で不正したことを後悔しろ」




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