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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
三章

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21.宮廷魔術師トレス・ブラウエル1.



 ウェザード王国宮廷魔術師第七席トレス・ブラウエルは、自室で書類の片づけをしていた。

 亜麻色の髪を清潔感ある髪型に整え、緑を基調とした衣服に身を包んだ青年の歳は二十七歳だ。

 まだ若いが、宮廷魔術師としての実力は確かであり、『風使い』の二つ名を持つ風属性魔術師でもある。


 二十歳という若さで宮廷魔術師となり、七年が経った。人間として魔術師としても大きく成長したトレスは、近々行われる魔獣討伐のため準備に追われている。

 魔獣討伐と聞けば、冒険者や魔術師協会が依頼する魔術師たちが行うものなのだが、今回は違う。

 宮廷魔術師であるトレスが魔術師団と騎士団を率いて戦わなければならないのだ。

 理由は多々あるが、魔獣たちが強すぎるせいだ。


 現在進行形で王都に向かって食人鬼の群れがゆっくりと近づいている。すでにひとつの小さな町を食いつくし、冒険者が討伐に向かったが全員が餌となってしまった。

 食人鬼は本来群れを成さない。だが、今回は百を超える群れとなっている。思考はないに等しく、動きも遅いのだが、確認されている食人鬼の動きはまるで戦闘者のように機敏らしい。だが、その機敏さも獲物を見つけたとき限定らしく、王都へ向かう足並みは遅い。


「幸いとは言えない……被害が出ている以上、不幸だと思うべきだな」


 被害者こそ出ているが、彼らのおかげで早期発見となったことは不幸中の幸いだった。

 これが王都近くで発見していたら、間違いなく大混乱は必須だっただろう。


「近年、魔獣がおかしい。異常な行動はもちろんそうだが、進化しているようにさえ感じてならない」


 トレスは嘆息する。

 考えても埒が明かないとわかっていながら、近年目に余る魔獣の被害、そして今まで確認されていた魔獣でありながら記録にない行動を取ることで多くの被害者が出ている。

 対人戦のみならず対魔獣戦の訓練を積んだ騎士団でさえ、後れを取ることが多くなっているのだから不安になる。


 だからこそ宮廷魔術師の出番なのだ。

 ウェザード王国宮廷魔術師は、国で最高の十二人に贈られる立場であり称号だ。空席こそ目立っているが、第七席という立場にあるトレスの実力は相当のものだと周囲はもちろん、他ならぬ彼自身が自負している。

 そんな彼よりも上には上がいる。自分よりも上の地位に空席があるのだ。


 上に登りつめたい野望がないとは言わないが、まだ若いトレスは慌てていない。時間をかけてでも実績を積んで空席の第六席、第五席にいずれ座ることができればいい。

 そのために努力は続けている。魔術しかとりえのない若きころから、宮廷魔術師となったことで爵位と領地を与えられた。領地運営を学び、民が笑顔でいられるように運営を努めた。


 もともと伯爵家の生まれだが、平民と貴族の差を気にしていないトレスは領民から慕われており、恋人も平民だ。家族はそのことを不満に思っているようだが、例え息子とはいえ宮廷魔術師なので文句を言わせるつもりはない。それだけの力が宮廷魔術師にはあるのだから。

 そして、今回の魔獣討伐は国王自らの命だ。成功すれば王の覚えもよくなるだろう。いや、成功しなければならない。


「順風満帆な生活を送っているようで安心したよ、懐かしき友よ」

「――っ、誰だ!」


 急に声をかけられ椅子から立ち上がると、まったく気配に気づくことなく部屋の中にいた人物を睨みつけた。

 少なくとも単純な実力なら相手が上かもしれない。だが、魔術にくくれば宮廷魔術師に敵う者などいない。


「姿を見せろ」


 険のある声を発すると、部屋の影にいた人影がゆっくりと近づいてきた。

 人影の顔を見た瞬間、トレスが驚いた顔をする。


「まさか……バルナバスか?」

「久しいなトレス・ブラウエル、我が友よ」


 灰色の髪を伸ばした痩身痩躯の男はトレスのよく知る人物だった。七年前に同じ宮廷魔術師候補として切磋琢磨した仲だ。

 残念ながらバルナバスは宮廷魔術師になることはできなかったが、友として魔術師団に属して支えてくれると約束してくれた。しかし、その約束は果たされることなく行方不明となった。

 言うまでもなくトレスはバルナバスを探した。もうひとりの同期とともに、あらゆる伝手を使って探したのだが、見つからなかった。


 同期の三人の中で唯一宮廷魔術師になることができなかったことがショックだったのだろうと判断し、彼が立ち直りいずれまた自分の前に現れてくれるのをトレスは待ち続けていた。

 だが、まさかこうも不意打ちに現れてくれるとは思っていなかったので、トレスの驚きはあまりにも大きい。同時に、嬉しさもこみ上げてくる。


「よかった。僕は君のことを案じていたんだ。行方をくらませてから七年、いったいどこでなにをしていたんだ?」

「色々と自分を見つめ直したくてな。名を変え、冒険者として戦いに明け暮れていた」

「連絡くらいしてくれてもよかっただろう?」

「すまぬ。だが、こちらにも都合があったのだよ。ところで、顔を見せにきたのは再会を喜ぶだけではない。聞けば、久しぶりの宮廷魔術師候補が立て続けに三人も殺されたそうではないか?」

「耳が早いな。残念なことに事実だ。ひとりは私の弟子でもあったんだ。面倒を見ていたのは、ここ数年だが、胸が痛むよ」


 友との再会で高ぶっていた感情が覚めていくのをトレスは感じていた。七年ぶりの宮廷魔術師候補の登場にトレス自身も喜んだ。宮廷魔術師は仲よし集団とはいかないが、国を思えば十二席すべてが埋まることが好ましい。

 三年ほど前にも宮廷魔術師候補が選ばれることがあったが、結局は実力不足であったことから正式に候補となることはなく、話も流れてしまった。


 そして、ようやく宮廷魔術師候補として相応しい者たちの名が挙がった。

 その中に、自分の弟子がいるのだから、喜びはいっそう大きなものとなった。しかし、残念ながらその弟子は先日殺害されてしまった。


「かつての我らのように才能ある人物たちだと聞いている。そんな候補者を殺害した犯人は――相当の腕利きだろう」

「魔術師協会も王宮もそう見ているよ。――おっと、すまない。いつまでも友人を立たせているわけにもいかないな、座ってくれ。先日、いいワインをもらったんだ。昔のように一緒に飲もうじゃないか」

「では、遠慮なくいただこう」


 ともにソファーに腰を降ろして、ワインを開けるとグラスを掲げる。


「再会に」

「再会に」


 ワインを飲みながらトレスとバルナバスは会話を続けた。トレスが話しかけ、バルナバスが応えるという形ではあるが、久しぶりの友との再会は間違いなく宮廷魔術師として疲れていた心を癒してくれた。

 トレスは酒の影響もあって、饒舌だった。近況を報告し、いずれは恋人と結婚したいことも告げた。バルナバスは祝いの言葉を短く伝え、友を喜ばせた。


「しかし、君も変わったな。前はもう少し明るかったと思うんだが、今は影があるように見える。いや、すまない、気に障ったなら謝るけど、どうしてか気になってしまってね」

「影があるか……私も多くの経験をした。戦いに明け暮れ、強くなることだけを求め続けていたからかもしれない。影があると言われてもしかたがないことだ」

「そうか、君には色々なことがあったようだね。できれば、その話もしたいな。ところで、今日はどんな用事があって訪ねてきたんだい? 部屋に忍び込むなんてことをせずとも、僕は来訪を歓迎したのに」

「すまない。宮廷魔術師となったお前が七年前に別れたきりの私と会ってくれるかどうかもわからなかったのでな。先ほども言ったが、再会以外にも目的はある。だが、その前に情報がほしい」

「情報?」


 トレスは首を傾げる。


「なに、そんな難しい情報をよこせと言うつもりはない。私が知りたいのは、ジャレッド・マーフィーの情報だ。聞けば、彼が唯一生存している宮廷魔術師候補だと聞いているからな」

「ああ、彼か。リズ・マーフィー殿のご子息であり、剣鬼ダウム男爵の孫でもあるらしいね。実力だけなら相当のものだと聞いているよ。すでに魔術師協会の依頼を受け多くの依頼をこなしている。実力だけなら宮廷魔術師になるだけはあるだろうね。でも、彼がどうしたんだ?」

「私もその辺りは調べたので知っているんだが、おもしろいことを聞いたんだ」


 バルナバスの瞳が感情的に揺れているのだが、トレスは気づくことができない。酒のせいか、それとも友を信じているからか。


「アルウェイ公爵の娘、オリヴィエ・アルウェイさまと婚約したと聞いたのだが?」

「王都では割と有名な話だよ。オリヴィエさまと言えば、歳こそ僕たちに近いけど、悪い噂しか聞かないからね。そんな方の婚約者になった彼は大変だろうね。でも、それがどうしたんだい?」

「まさかとは思うが、彼が宮廷魔術師候補として名が挙がったのは、公爵家の力があったからではないかと疑ってしまったのだ。実力だけならかつての我らのように申し分がないのかもしれないが、公爵家の力を利用したというのなら――許せる話ではない」



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