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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
三章

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20.ジャレッド・マーフィーの過去3.



「幸運なことに、俺はアルメイダに助けられ手厚く介護を受けました。しかし、傷を負い、死にかけてしまったせいで幸か不幸か――膨大な魔力とともに魔術師としての才能が開花してしまったんです」


 心身ともに未発達なジャレッドにとって、膨大な魔力は蝕む毒でしかなかった。

 ジャレッドの才能を見抜いたアルメイダがなにを思ったのかは理解できないが、弟子となるように勧め、行く当てもなく、なによりも力を欲していたため受け入れた。半ば無理やり弟子にしようとする彼女を拒めなかったというのも理由のひとつだが、強くしてくれたことには感謝している。

 そこからは父親への恨みや、施設での出来事、そしてルザーのこと思いだす暇がないほど辛い訓練が始まった。

 生きるか死ぬかの瀬戸際の中、少しずつだか確実に力をつけていった。

 ときには体調を崩して寝込むジャレッドを優しく看護してくれたアルメイダに母性を覚え、当初は強くなるために利用しようと考えていたジャレッドの心が少しずつ彼女を受け入れていった。

 しかし、強くなればなるほど、アルメイダと親しくなればなるほど、このままでいいのかと思うようになる。

 そして、ジャレッドは不意に行動を起こすこととなる。

 訓練を突然やめて王都へ戻ろうとした。その道中で晴嵐と出会う。

 王都に戻ることは敵わなかったが、晴嵐の助けもあって必要な情報をすべて手にれることができた。

 晴嵐と戦ったことで、強者となったとは思わなかったが戦う力があるのだと実感することができた。

 アルメイダに連れ戻されるも、再び彼女のもとを去り向かったのは――収容施設だ。

 その施設が非合法であり、自分とはぐれてしまったルザーが囚われの身となっていると知ったジャレッドは彼を助けるため単身で乗り込んだ。

 襲いかかってくる敵は容赦なく殺した。かつて自分を追い込んだ敵は命乞いをするまで痛めつけてから苦しませて殺した。傍観者を気取っていたくせに、逃げだせば殺そうとした看守たちも皆平等に殺した。

 ジャレッドが起こした騒動が引き金となって、鬱憤が溜まっていた子供たちが暴動を起こし、殺し合い、奪いあい、そして施設は事実上壊滅したのだ。

 領地に非合法施設があることを知った領主が、施設を運営していた者を捕らえ、断罪したこともありジャレッドのしたことが明るみに出ることはなかった。

 だが、救いたかったルザーがいないことに、ジャレッドは手遅れだったと泣いた。


「兄同然のルザーを救えなかったことは今でも後悔しています。どうしてもっと早く助けに向かえなかったのか。なぜ、もっと――そう考えない日はありません」


 ルザーの情報を得るまで、自分と同じように無事に逃げ切れたのだと思うようにしていただけあり、後悔の念は強い。

 ジャレッドはアルメイダのもとに戻ることなく、王都へ戻ることにした。ルザーの母親を探すために。

 しかし、王都に戻ることはリスクもあった。父親がまた自分をどこかに収容しようとするかもしれない。無論、できる限りの抵抗をするつもりであり、最悪の場合は殺してしまうことも考えた。

 同時に、もしかしたら祖父母も父に味方したのではないかという疑心暗鬼を生じさせてしまい、まず魔術師教会を頼ったのだ。

 ふらりと現れ、最高ランクの飛竜の群れ討伐を引き受けたジャレッドを協会職員の誰もが止めた。彼らの制止を振りきり依頼を受け、誰もがジャレッドが死んだと思ったころ――傷ひとつ負うことなく戻ってきた。

 ジャレッドは自分の実力を魔術師教会に見せつけ、彼らにとって価値のある魔術師だと証明した。安易な方法だが、薄くても後ろ盾を得ることができたので祖父母と再会するも、前準備をしたにもかかわらず拍子抜けしてしまうほど再会を喜ばれた。

 聞けば、父親の暴走だったらしく、祖父母はジャレッドのことを探してくれていたらしい。

 父親も適当な仕事をしたらしく、どこに収容するかさえ知らなかったらしいと聞き呆れた。顔を合わせないため遠くへやる程度にしか思っていなかったと聞き、さらに呆れ果てのは言うまでもない。

 ジャレッドが収容されていた施設が非合法のものであり、先日壊滅し、責任者が断罪されたことで祖父母はもちろん、父親でさえ驚いたらしいので、思わず笑ってしまった。

 祖父母の願いから、父親と顔を合わせるものの、気まずげに顔を歪めている姿を見て、あれだけ願っていた復讐心が消えた。父親を許したわけでも、彼に後悔を感じたわけでもない。ジャレッドが父親という存在を「どうでもいいもの」としか思えなくなったのだ。


「その後、今日までの一年ほど魔術師として教会の依頼を受けながら王立学園にも入学しました。そしてあなたと出会ったんです、オリヴィエさま」


 ひと通りの出来事を簡単に語ったジャレッドに、オリヴィエは言葉もない。

 調べることができなかった空白の一年以上の時間を、そのような経験をしていたとは考えることさえできなかったからだ。

 オリヴィエは、自分は辛く、大変な経験をしていると思っていた。不幸自慢をするつもりはないが、母子そろって命を狙われていることに強い憤りを感じ、どうして自分たちがと思ったことは一度や二度ではない。

 しかし、オリヴィエが苦しんでいた同じころ、ジャレッドもまた辛い思いをしていたのだと知った。

 無理を言って過去を聞きだしたことに後悔さえ覚えてしまう。その一方で、彼のことを知ることができて嬉しいと思ってしまう自分もいた。


「ごめんなさい……辛いことを思いださせてしまったわね。わたくしのわがままのせいで、本当にごめんなさい」

「気にすることなんてないんですよ。確かに辛い経験はしました。でも、ルザーに出会えたこと、アルメイダに救われ魔術師として育ててもらったことは俺にとって大切な宝ですから」


 優しく微笑むジャレッドにオリヴィエの胸が痛んだ。

 確かにジャレッドは平然としているが、まだ事の始まりから一年も経っておらず、王都に戻ってきてからも一年ほどしか経っていない。

 見せていないだけで、無理をしているのだとすぐにわかった。

 笑顔を浮かべているのも一種の自衛本能だ。笑ってさえいれば、まだ平気だ、大丈夫だと思うことができることをオリヴィエは知っている。


「ルザーを死んだとは思っていないので、まだ探しています。遺体も見つかっていないので、希望はあるんです」

「見つかるといいわね。もし協力できることがあったら遠慮なく言って。力を貸すわ」

「ありがとうございます。でも――オリヴィエさま、がっかりしたでしょう?」

「え?」


 突然の問いかけに思わずオリヴィエは聞き返してしまう。

 ジャレッドは自嘲した笑みを浮かべると、


「俺はたくさんの人を殺しました。理由は復讐です。いくら友達を助けたかったとはいえ、かつて痛い目に遭わせた相手を見たら感情が抑えられず怒りに任せて殺しました。そんな人殺しが、オリヴィエさまたちを守りたいと言うんです。正直、どの口が――と思ってしまいます」

「ジャレッド!」


 放っておけばどこまでも自嘲しかねない婚約者に声を荒らげた。

 自らを卑下するような笑みを浮かべていたジャレッドが、オリヴィエの発した大声に目を丸くする。

 その隙に、ぱんっ、と音を立てて両手で彼の頬を叩くように挟むと、顔をゆっくり近づけて――勢いよく反動をつけてから頭突きを食らわせた。


「――いっ」

「……痛いぃいいいいい」


 対して痛そうにしていないジャレッドに対し、オリヴィエは涙を浮かべてその場に蹲る。

 この石頭っ、と怒鳴りたいが酷く痛む額のせいで声を発することさえできない。


「お、オリヴィエさま?」


 困惑しているジャレッドに負けるものかと立ち上がって涙目で睨みつける。

 オリヴィエはアルメイダと約束したのだ。

 自分と婚約したことで可能性を潰してしまったジャレッドを愛すると。いずれ妻となるのだから、この程度で引いたりするつもりはない。


「ジャレッド・マーフィー。あなたは確かに人を殺したわ。決して誇れることではないわね。でも、自分のことを卑下するのをやめなさい」

「ですが――」

「いいから黙って。まだわたくしが話しているでしょう!」

「はいっ」

「あなたは友達のために戦った。結果こそ残念だったけど、それはジャレッドのせいではないわ。あなたはするべきことをしただけ。助けが遅くなってしまったのも、怪我を負い、力を必要としていたからよ。はじめから強ければ、もし早く気づいていれば、なんて仮定は存在しないの」


 そして、オリヴィエはジャレッドを両腕でしっかりと抱きしめる。


「大変だったわね。とても頑張ったわね。わたくしにはあなたの辛さをすべてわかってあげることはできないけれど、心からこう思うのよ――生きていてくれてありがとう」

「オリヴィエ、さま」

「あなたが死なないでくれてよかった。こうして出会えてよかった。辛い思いをしたのだから、幸せになりなさい」


 ただ抱きしめられていただけのジャレッドがオリヴィエに触れ、腕に力を込めていく。


「前を向いて。あなたはわたくしを守ってくれた。お母さまとトレーネを救ってくれた。あなたがいなければわたくしたちは未だ見えない敵に怯えていたかもしれない。もしかしたら、今ごろ死んでいたかもしれないわ」


 だからたくさん幸せになって、とオリヴィエが優しく告げる。

 心から愛していると伝え、そっと額にキスをする。


「ありがとう、あなたのことを知れて嬉しかったわ」


 オリヴィエの暖かい想いを受け、ジャレッドは友を助けることができなかったとき以来ずっと我慢していた涙を流したのだった。





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