語らう夜
不思議と気持ちは穏やかで、何を話そうかと思ったりしながらお茶の準備をしていく。
せっかくだから重くないお話がしたい。
普通のありふれた会話でいい。
本当は公爵邸で、そんな時間を過ごしてみたかった。
他愛ない会話をして笑い合う、そんな時間がほしかっただけなのだ。
「どうぞ」
「ありがとう。何杯飲んでも美味しいな」
「またそのような事を……私が毒でも入れていたらどうするのです?」
少しおどけて聞いてみる。
「君の手で死ねるならそれもいいだろう。いや、でも君をラルフに渡すのも……アルジェールの成長も見守りたいし……」
レブランド様はとても真剣に、色々な事と葛藤していた。
ほんの冗談のつもりだったけれど、あまりこういうのは通用しないらしい。
ブツブツ独り言を言う彼がとても面白くて笑ってしまう。
「ふふふっ。そんなに真剣に悩まなくても」
「ここは真剣に悩むところだろう」
「あははっ」
こんなに声を上げて笑ったのは久しぶりかもしれない。
レブランド様は出会った時から正直で、愚直な方だった。
その姿がカッコイイのに可愛らしくて……今も私が淹れたお茶を美味しい美味しいと言いながら飲んでいる。
「甘くなくても飲めるのですか?」
「甘くない方が飲みやすい」
「それは良かったです」
貴族はだいたいお茶に砂糖を入れ、甘くして飲む。
でも砂糖は平民にとって高級な物なので我が家にはないから、お口に合わなかったらどうしようと思ったけれど、心配はなさそうね。
カップをテーブルに置いたレブランド様は、アルジェールについて尋ねてきた。
「君は落ち着いているが、アルジェールが熱を出すのは頻繁にある事なのか?」
「そうですね……私も初めての子育てなので分からない事だらけでしたが、リイザさんが色々と教えてくださって。ラルフも小さい頃はよく鼻水を垂らしたり、お熱を出したりしていたらしいです」
「鼻水……」
「こんな話をしているって知ったら、ラルフに怒られそうですけど」
「フッ。そうだな」
「うふふっ」
レブランド様と一緒にいて、こんなに穏やかな時間を過ごせるなんて思っていなかった。
もし私が彼の事を好きではなかったら、まだあの邸で一緒にいられたのかしら。
でもヴェローナ様の存在を思うと、やっぱりあの邸を去っていたに違いない。
そのヴェローナ様について、どうしても聞きたかった事を勇気を振り絞って聞いてみる事にした。
初夜の時、賭けについては話してくれなかったけれど、ヴェローナ様の存在については話してくれるかもしれない。
「レブランド様、あの――――」
私が何か話そうとした瞬間、アルジェールの部屋から物音が聞こえてきた。
二人で顔を見合わせ、急いで駆け付ける。
扉を開くと少し落ち着いた表情の息子が体を起こしていたのだった。
「アル!!」「アルジェール!!」
私たちは喜び、二人でアルジェールを抱き締めた。
息子がこの世界に生きていてくれればいい。何もいらない。
病気をする度にヒシヒシと思い知らされる。
「かぁさまぁ、レビィ、おはよう~~」
「うふふ、お寝坊さんね」
「寝る子は育つからな」
「もうげんきなの!」
「ちょっと待ってね……」
私は息子の首や脇などを触り、熱の具合を計った。
確かに朝よりは下がっているわね。
さすがヘルツさんのお薬だわ。
「朝より下がっているわ。でもまだしっかり休まなくてはダメよ」
「もうげんきなの――」
頬っぺたをぷっくり膨らませ、いじけるアルジェール。
そんな姿も元気になったからこそで可愛い。
「よし、分かった。私がアルジェールのそばに付いて遊び相手になろう」
「ほんと?!わーい!」
「もう……無理したらお熱がまた上がってきてしまうわ」
「大丈夫だ、無理はさせないように気を付ける」
「レビィ――!」
「仕方ないわね。ではお願いいたします。私は食事と薬膳を作りますので」
「ああ」「あい!」
アルジェールはよく分かっていないのに返事をしている。
調子がいいんだから……そういうところはレブランド様と似てないのよね。
でも二人の相性はとても良さそう。
私は早々に薬膳料理を作り、レブランド様にも食事を作った。
普段はパン屋のご家族と一緒に食事をしているらしいので、その事にも驚きを隠せない。
「お口に合うか分かりませんけど……」
「君が作ってくれた食事なら何でも美味しいと言っているだろう」
「おいちー」
アルジェールは起き上がって食事が摂れるほど元気になっていたので、三人で食事を囲んでいた。
息子には体に良い食材をすり潰し、長時間煮て食べやすくしたものを出し、レブランド様には自家栽培したお野菜に豆や鹿肉を煮込んだシチューとパンを並べた。
三人でテーブルを囲み、食事を摂る光景――――
私は夢でも見ているような気がして、息子とレブランド様が私が作った食事を頬張りながら仲良くする姿を眺めた。
食事が終わった後、アルジェールにお薬を飲ませて寝かしつける。
まだ本調子ではないにしても、食事をしっかり摂って眠ったので、明日には治っている事を祈りたい。
息子の部屋から出ると、そこにはレブランド様が立っていた。
「無事に眠りました」
「そうか、良かった」
「レブランド様もお帰りになりますよね?お外までお送りします」
「……分かった」
二人で家の外に出ると、外はすっかり暗くなっていて、夜空が広がっていた。
村は明かりが少ないから、星を沢山見る事が出来る。
「見事な星空だな」
「明るいところでは星は見られなくなってしまいますので……ここでは沢山の星が煌めいて見えます」
「明るいところでは輝けない、か……」
レブランド様は空を見上げながら、一言呟いた。
彼が思い浮かべているのは、何なのだろうか。
今日もヴェローナ様の事を聞く事が出来ず、三人で食事をした光景に胸が苦しくなる。
「レブランド様、今日は本当にありがとうございました」
「いや、礼にはおよばない」
「私にとっては夢のような時間でした。三人で食事を囲む事が出来て――――」
そこまで話した時、想いが溢れてしまったのか涙が零れてしまう。
自分で捨てて来たものだけど、私が一番ほしかったもの……レブランド様と素敵な家庭を築くという夢を見せてくれて、感謝の気持ちでいっぱいになる。
「カタリナ!」
力強い腕が私を抱き寄せた。
レブランド様の匂い……初夜の時、この腕の中にずっといられたらと願った。
「すまない……私が不甲斐ないばかりに……!君に全てを話してしまえたらと思った時もあるが、それはまだ出来ない」
「なぜ……」
「君に信頼してもらえる男になるまで、ここで頑張ると誓ったから」
レブランド様の言葉を聞いて、私の心の奥底にある彼への気持ちを見透かされているような気がした。
『不信感』
これが拭えない限り、何を話されても疑いの目を向けてしまうかもしれない。
式までずっと一人で、彼と会話する事も出来ず、周りからは次々と知らなかった情報を伝えられ、初夜の時も真実を話してもらえなかった。
その不信感がずっと渦巻いていた。
だからこそ戻りたくはなかったし、アルジェールの事も連れて行かれるのではと不安でいっぱいだった。
今はそうは思わないけれど……それでもまだ信じ切れずにいる自分がいる。
「……そうですね。私もあなたを信じたくても信じられない自分が苦しかったので」
「必ず君の信頼を勝ち取ってみせる」
「私の信用は、高いですよ?」
「フッ。望むところだ」
頬に柔らかな感触がして、ちゅっという乾いた音とともに離れていった。
驚きつつも嫌な感じはしない。
「では失礼する」
「お気を付けて」
私達が挨拶をしたところで、ラルフの声が聞こえてくる。
「あ、レブランドさん!なかなか帰ってこないと思ったら……」
「私のストーカーにでもなったのか?」
「そんなわけありません!アルの様子が気になって来たんです!」
「ラルフ、来てくれてありがとう」
「カタリナ……アルの様子は?」
私が伝えようとした瞬間、レブランド様がラルフの腕を引き、そのまま連れて行ってしまう。
「もう夜も遅い。アルジェールの様子ならば私がたっぷり教えてやろう」
「え?いや、俺はカタリナに……」
「もう夜も遅いからな」
「そんな……」
「お二人とも、お気を付けて……」
二人は意外にも相性がいいかも?
まだ頬にレブランド様の熱が残っているけれど……余韻に浸りながら、二人が去って行く背中を見えなくなるまで見送ったのだった。
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