第48話 ユーリの生い立ち
時は少し遡り……。国王から手紙を受け取った後のこと。
俺、ユーリ・ウィギンズは王都に向かっていた。理由はもちろん、風呂カフェ存続が出来るように国王を説得するため。そして、王位を継ぐためである。
国王は、本気で俺を次期国王にするつもりだろう。幼少期に「不要な子」として、俺をユードレイスに追い払ったくせに、本当に勝手な人だと思う。
15年ほど前。俺は王城で女として過ごしていた。幼心に女の子の格好をするのを嫌に思っていたのを覚えている。
しかし、それは、妾の子供として生まれた俺が王位継承権に巻き込まれないようにする、という国王の「配慮」だったらしい。
実際は、何の問題もなくセドリック様を王位につかせるための「采配」だっただけなのだが、それを知らない俺は女の格好をして幼少期を過ごした。
その後、成長して、男であることを隠せなくなってきた時に、俺は王城を追い出されることとなった。セドリック様の王位継承の邪魔になるとの判断からだろう。
追い出された先では伯爵という立場が用意されているようだし、その命令が下された時は特に不満はなかったのだが……。
王城を出ていく日、国王は言った。
『ユードレイスには魔物が蔓延っている。お前は魔物討伐のための騎士団長になれ』
『なぜですか⁈ 俺はウィギンズ伯爵家の当主になるのでは……』
『お前の魔法の才能を使わずにいるのは、勿体ない。辺境の地の税収が上がるように、魔物を打ち取り続けろ。王家の役に立ち続けろ』
『……』
『お前の行動は監視している。俺の命令に背き何か王家に仇なすことをすれば……分かっているな?』
あの時、国王に対抗する術を知らない俺は、ただ頷くことしかできなかった。
ユードレイス領に行っても、国王は俺を縛ろうとしてきた。
その証拠に、少しでも俺が命令に背く行動をすれば、魔物を使って俺の周りにいる人間を害することがあったのだ。
俺は国王の言いなりになり、操り人形へと成り下がっていった。
俺のせいで怪我をした周囲の人間に対する罪悪感を感じながら、ただ機械的に過ごす日々。このまま何も変わることもできずに死んでいくんだろうなと、そう思っていた。
だからこそ、リディア嬢との出会いは衝撃的だった。
第一王子の婚約者として、誰よりも王家に縛られているはずの彼女は、いとも簡単にそれを振り切って、風呂カフェを始めた。いつだって彼女は自分の好きなことに全力投球だった。
親の言いなりになるしかなかった俺には、その姿がきらめいていて、眩しくて……いつの間にか彼女から目が離せなくなってしまった。
そんな彼女の輝きを失わせたくない。好きなことをする彼女を守りたい。
だから、俺は、これから初めて親である国王に反抗するのだ。
⭐︎⭐︎⭐︎
王城に着き、すぐに父である国王陛下に御目通りした。
久しぶりに見る国王は、相変わらず自分の利益のことしか考えていない、意地の悪い顔をしていた。
「久しいな、ユリウスよ」
「お久しぶりです。国王陛下におかれましては、ますますの……」
「堅苦しいことはよい。それよりも話したいことがある」
国王はなごやかだった空気を変えて、俺を睨みつけた。
「リディア嬢は連れて来なかったのか?」
「はい。私の判断で、リディア嬢はユードレイスに残しました」
「お前には伝えていたと思ったんだがな。俺の命令に背き、王家に仇なすことをするのは許さないと」
「リディア嬢は、ユードレイスで風呂カフェを続けることを望んでいます。実際、風呂カフェはユードレイスで大きな利益を上げていますし、新たな商品も開発されました。彼女がユードレイスにいた方が、王家の役に立つかと」
「しかし、彼女が王家に嫁げば、更なる利益が見込めるのだぞ?」
国王は悦に浸りながら言葉を続ける。
「リディア嬢は千年に一人の逸材なんだ。彼女の血を取り入れず、みすみす他の貴族に奪われるなど、数億にも及ぶ損失だ。彼女を逃すわけにはいかない。……なのに、それを連れて来ないとは、どういうつもりだ?」
「リディア嬢は王太子妃になることを望んでおりません。私は、無理強いはしたくありません」
「そこを説得するのが、お前の役目だと思っていたのだが……。お前は役目を放棄したようだな」
「しかし、陛下は……」
「黙らんか‼︎‼︎‼︎」
突然、国王は声を荒らげた。
「今、この間に、リディア嬢が逃亡を始めたらどうするのだ‼︎ 彼女との約束で国外には出ないようになっているが、国内に雲隠れされたら、どうなる? 彼女の魔法が二度と手に入らないではないか!」
「……」
「お前は、大きなミスをしたのだ。それを理解しろ!」
それでも俺が反抗的に黙っていると、国王はため息をついた。そして、片腕を上げて、後ろに控えていた兵士たちを呼び出した。
「ユリウス。お前を牢に閉じ込める」
「なっ」
「王家の命に背いた罰だ。せいぜい牢で反省するがよい」
国王が合図すると、甲冑を着た二人の大男が俺の両腕を取り押さえた。
「それに、親しくしていたお前が閉じ込められていると知れば、リディア嬢もこちらの要求に応えてくれるだろうからな」
「お待ちください! 私は他にも申し上げたいことが……っ」
「黙れ。これが王家に逆らうということだ」
その時、察した。俺は王家にとって大した価値はなくて、リディア嬢を得るための餌でしかなかったのだと。
こうして、抵抗虚しく、俺は地下牢に閉じ込められてしまった。




