第47話 腹を割って話すには
私とリーナは、風呂カフェの前に立っていた。
「ちょっと、リーナ。強制退去が命じられてるのに、お店には入らないわよ」
「確かに退去命令は出ていますが、お風呂に入ってはいけないなんて言われてませんからね。少しお風呂に入るくらい大丈夫ですよ」
「でも」
「つべこべ言わず、さっさと行きますよ」
リーナが風呂カフェの鍵を開けて、私を引っ張り入れる。
仕方がない。ここまで来たら、お風呂に入っていくか。そう思いつつ、心は久しぶりにワクワクしている。やっぱりお風呂の魅力には抗えないのだ。
浴場を洗ってから、私の魔法でお湯を張る。そうすれば、いつものお風呂が完成だ。
服を脱いで体を洗ったら、すぐにお風呂に入る。
「「ふぅーーーーー」」
私たちは同時に息を大きく吐いた。
お湯の心地よい温かさが全身に伝わっていく。ああ、温かくて気持ちいいな。
「ところで、なんで急にお風呂に入るなんて言ったのよ」
「一つ、リディア様が困っていたから、あの場から連れ出したかった。二つ、誰にも邪魔されない場所でリディア様の本音を聞きたかった」
「……」
「腹を割って話すには、裸の付き合いが大事って、前にリディア様が言ってたことがありますしね」
ここには誰もいない。さっきルークに答えられなかったことも、誰もいないお風呂でなら話せるという目論見だろう。男性のルークが入ってくる心配もないしね。
若干、罠に嵌められた気がしなくもないけど……。とりあえず私は口を開いた。
「それで、何が聞きたいのよ?」
「ルークのことをどう思っているのか」
ズバッと単刀直入に聞かれた。だから、私も簡単な言葉で返した。
「従者で、友達よ。本当の兄みたいに思う時もあるわ」
「……」
いつだって遠慮なく憎まれ口を叩き合って、笑い合う。その関係に遠慮も何もいらないから、ずっと私たちの関係は気楽で楽しいものだった。そのはずだったのに……。
「ずっと家族みたいに思っていたの。なのに……」
なのに、なんで。
「なんで、あいつ急にあんなこと言うのよ〜〜っ」
ボロボロと涙が溢れる。
驚くことが沢山あって、限界を迎えてしまったみたいだ。
リーナはそんな私の頭を引き寄せて、ポンポンと優しく撫でた。
ユーリさんは第二王子だって判明して、ルークの気持ちを初めて知って……、怖かったのだ。急に色々なことが変わってしまったように感じたから。
彼女の温かさに緊張と苦しさがほぐれて、お風呂の中に溶けていく。私は彼女に縋って、涙を流し続けた。
「変化していくことは、辛いし、怖いですよね。でも、私だけは変わりませんよ」
「なんでよ」
「私は女なので、どこまでも従者としてリディア様に付いて行けますから。王太子妃になっても、ルークと逃亡生活を始めても、ユードレイスに残っても」
「……っ」
「ずっと私だけは変わりません。たとえ、あなたがユーリさんと一緒になることを選んでも」
「え?」
「好きなんですよね? それくらいは気づきますよ」
リーナはクスッと笑う。私は自分の気持ちを言い当てられて、カアッと顔が熱くなるのを感じた。
すぐに顔の熱を冷ましたいのに、お風呂が熱いから、なかなか難しい。
自分だって、最近この気持ちに気づいたのに、リーナに気づかれていたなんて……長年の従者の観察眼は侮れないわね。
私が自分の顔の熱と格闘していると、リーナは優しい表情で首を傾げた。
「リディア様はどうしたいんですか?」
彼女の優しさに、じんわりと心が温まっていく。
彼女は、私自身の気持ちを聞いてくれた。なんでも受け入れると言った上で。
私は、怖かったのだ。急にユーリさんの正体が第二王子だと判明して、ルークの気持ちを知って……。今まで積み上げてきたものが何もかも変わってしまうのではないかと。
でも、リーナは変わらないと言ってくれた。誰かが変わらないで側にいてくれるってことが、こんなにも心強いなんて知らなかったな。
私は涙を拭って、口を開いた。
「私は、風呂カフェを続けたい。それだけはずっと変わらないわ。……でも」
「……」
「でも、ユーリさんを王家に引き渡すこと、許せないわ。せめてユーリさんの意思を尊重したい」
大好きなお風呂に入って、少しだけ気持ちの整理ができた。そして、見えてきた私の本音。
ユーリさんは、父親である国王の言いなりになることにコンプレックスを抱いていた。そんな彼が、私の風呂カフェを続けさせるために犠牲になるなんて、耐えがたいわ。
「私、ユーリさんを助けに行きたいわ」
「分かりました。それなら、国王陛下を説得するために王都へ行きましょう」
「ええ、すぐにでも!」
「そうですね。……まあ、その前に、リディア様に会いたいと言う人たちがいるので、彼女たちに会うことになりそうですが」
「?」
リーナは含みを持った笑みを見せる。彼女の言葉の意味はすぐに分かった。
お風呂から上がって、風呂カフェの外へ出る。そこにいたのは……。
「リディア! あんた大丈夫なの⁈」
「エレンさん!」
風呂カフェの外にいたのは、エレンさんを始めとする風呂カフェの常連さんたちだった。
「国王から強制退去命令が出てるって聞いたんだけど!」
「な、なんでそれを知ってるの?」
「国王からの手紙を読み上げている時、避難し遅れた客がこっそり聞いていたのよ。噂が広まってるわよ」
確かに……あの時、お風呂に入っている途中だったお客さんを避難させることはできなかった。そのお客さんたちが、話を聞いてしまったのだろう。
「ユーリ様も王都に連れてかれちゃったみたいだし、本当に風呂カフェは営業してないし……。私、すっごく心配したんだから!」
常連さんたちも「心配したぞー」「俺たちの憩いの場がなくなるなんて!」「許せないわ!」と声をあげてくれる。
彼らの温かさにじーんと胸が熱くなる。
「それでね、風呂カフェの常連メンバーで話し合って、何か出来ることはないかって考えたの」
そう言って、彼女は懐から分厚い紙束を取り出した。
「はい、これ!」
「これは……?」
「風呂カフェ存続を希望する領民の署名よ!」
「!!」
「これで、陛下のお考えを変えることできないかしら?」
「なんで、ここまで……」
「だって、風呂カフェがないユードレイスなんて、想像できないわ。私たち全員が風呂カフェが大好きなんだから」
「……」
分厚い署名たちに目を落とす。
最初は歓迎されていなかったユードレイスという土地。だけど、色々なことがあって、徐々に住民に受け入れられていって……今では、私の第二の故郷だと感じている。
国王の命令で向かっただけの場所だったけど……。ユードレイスに来ることができてよかったと、心からそう思う。
ユードレイスの温かさに触れて、じわっと涙が滲んできた。いけない。一日に何回も泣くわけにはいかないわね。
代わりに、私は笑顔を見せた。
「私、ユードレイスが大好きだわ。ここで風呂カフェを始めて、本当によかった!」
「こっちのセリフよっ」
ふんとエレンさんはそっぽを向いた。いつものツンデレぶりに周りが笑っている。
「あと、ユーリ様の騎士団長職存続を願う署名もあるわ」
エレンさんはもう一つ紙束を取り出して、それを私に渡した。領民たちの署名の重みが手に乗る。
「これも助かるわ!」
「ユーリ様のいないユードレイスも考えられないものね」
「本当にその通りね」
私たちの言葉に、周りも「いつも助けられてるもんな」「団長がいなければ、死んでたって時、何回もあるよ」などと頷いている。
……ユーリさん。あなたは国王の言いなりになって、騎士団長をやってることに後ろめたさを感じていたようだったけれど……。
こんなにもあなたのことを慕っている人がいるのよ。
それは、あなた自身が選んで、ひたむきに進んできた積み重ねがあるから。だから、簡単にユードレイスを去るなんて言わないで、戻ってきて欲しいわ。
「よし! 私、王都へ行ってくるわ!」
周りが「うおおおおお」と盛り上がる中、とある人物が私たちの前に歩み出てきた。
「盛り上がっているところ、失礼します」
「あなた……ユーリさんの従者?」
国王の手紙を持ってきた、ユーリさんの従者だ。なんだか嫌な予感がするわ……。
警戒していると、彼は衝撃的なことを口にした。
「王城では、ユーリ様が地下牢に捕えられています」
「は⁈」
「早く助けに行った方がいいんじゃないですか。……リディア様?」




