第46話 告白
国王の手紙が届いてから数日が経過した。風呂カフェの土地は王家所有になったので、営業を続けられない私たちは家で過ごしていた。
あの後、すぐにユーリさんはセドリック様を連れて王都へ向かった。風呂カフェの存続も交渉すると約束してくれたから、私たちは彼を信じて待つしかない。
だけど、ユーリさんを一人だけ犠牲にしたんじゃないかという胸の痛みは拭い去れない。
ベッドの上にゴロンと横たわりながら考える。
もちろん私は国王の命令通り、王太子妃になるつもりはない。
でも、ユーリさんだけを送り出して、風呂カフェを続けられるように説得してもらって、それで「解決」でいいの……?
国王の命令に従う、彼の人生はどうなってしまうの?
私はあの時どうすればよかったのかしらね……。
「なーに落ち込んでるんですか、リディア様」
「ルーク」
部屋にルークが入ってきたので、慌てて起き上がる。
「紅茶を持ってきんですけど、飲みますか?」
「飲むわ」
彼はベット脇の椅子に座って、紅茶をカップに入れ始めた。
「どうぞ」
「ありがとう」
温かくなったカップを受け取ると、ふわりとアールグレイの香りが広がった。温かくて、いい香りだ。落ち着くわね。
私が紅茶を飲みながらぼんやりしてるのを見て、ルークがクスッと笑った。
「リディア様って、昔から温かい飲み物を飲むのが好きですよね」
「それはそうよ。だって、」
「温かさがお風呂を連想させるから、でしょう?」
「……そうよ。悪いかしら?」
私が少しだけむくれると、ルークはクスクス笑った。
「リディア様は本当に風呂が好きですねえ」
「当たり前じゃない」
しばらくクスクスと笑っていたルークだったが、ふと真面目な表情になった。
「そんなに風呂が好きなら、もうユードレイスから逃げた方がいいんじゃないですか?」
「え?」
一体、何を言ってるの? 風呂カフェを続けるために、ユーリさんが国王を説得しに行っているのに……。
すぐに彼はペラペラと話し始めた。
「国王はリディア様に執着しています。今回は説得できても、次はどうなるか分かりませんよね? 王太子妃から逃れたいなら、国内を転々として国王に見つからないようにした方がいいと思います」
「でも、それなら風呂カフェはどうなるのよ!」
「無理やり王太子妃にされたら、どちらにしろ風呂カフェは出来なくなります。それなら、各地を転々として、のんびりお風呂ライフを楽しんだ方がいいじゃないですか」
「……」
「リディア様のお風呂を広めたいという目的は達成されつつあります。簡易お風呂セットも開発したことですし、これからはどこでもお風呂を楽しめますよ」
いつになくルークがペラペラ喋っている。
昔から彼を知っているから、分かる。これは空元気を出している時の彼の特徴だ。
私は彼の顔をバチンと両手で挟んだ。
「ルーク! どうしたの、何かあったのかしら?」
「……」
彼はぐっと顔を歪めた。そして、彼はベットに座っている私の前に跪いて、私の両手を握った。
「俺と一緒に逃げて下さい」
「る、ルーク?」
彼は目を逸らして、頭を下げる。そのせいで彼の表情は見えなくなったけれど、代わりに赤くなった彼の耳が視界に入った。
「どこまでもついて行きますから、俺から離れないで下さい」
「何を……」
「第二王子の婚約者にされると聞いた時、すごく焦りました。リディア様が誰かの婚約者になるなんてこと、俺はもう耐えられません」
「……」
「お願いですから、俺から離れて行かないで下さい。誰のものにもならないで……」
彼の握る手が熱い。静寂の中で、彼の心臓の音まで聞こえてきそうだ。
なんと答えようか迷って、結局、私は何も言うことができない。
しばらく沈黙の時間が続いたが、突然、バーンと音を立てて勢いよく扉が開いた。
振り返ると、そこにいたのはリーナだった。彼女はルークに歩み寄ると、彼の横腹に蹴りを入れた。
「いっっったぁ!」
「ふん」
「……リーナ、俺は今一世一代の告白をしている所だったんだけど⁈」
「黙れ愚弟。リディア様を困らせるんじゃない」
リーナはふんっと鼻を鳴らす。そして、私を振り返って、こちらに手を伸ばした。
「リディア様、お風呂に入りに行きますよ」




