第37話 男同士の本音
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎で視点変更です。
俺の名前は、ルーク。幼い頃から専属騎士として、リディア様に仕えてきた。
俺は今、最近リディア様と親しそうにしている男・ユーリ様と酒場に入って、向かい合って席に座った。
それぞれ酒を注文した後、ユーリ様が口火を切った。
「それで、何か話があるのか?」
「はい。最近あなたがリディア様と親しくなさっている件についてです」
「彼女との関係について、君に口出しされる謂れはないが……」
「それなら単刀直入に聞きます。リディア様のことをどう思っているのですか? その気持ちは一時の遊びなどではないですか?」
ユーリ様は、俺の言葉にハッと顔を上げた。俺は言葉を続ける。
「リディア様は長年の婚約者に婚約破棄されたばかりです。本人は気にしていないとは言いますが、仮にも婚約者にひどい言葉を浴びせられて、何も傷つかないわけがありません」
「……」
「そんなリディア様に一時の感情で近づくと言うのなら、俺は従者としてそれを止めたい。貴族ではない俺には、その権利すらありませんか?」
俺の言葉にユーリ様は目を見開く。そして、緩やかに首を振った。
「いや、すまない。君はリディア嬢の一番の理解者なんだから、俺を止める権利はあると思う」
「なら……」
「でも、俺も生半可な気持ちで彼女に近づいているわけじゃない」
今度は俺が驚き、目を見開く番だった。あまりに彼の意志の強さを感じる語調だったから、俺は言葉を失ってしまった。
「俺は軽い気持ちで彼女に近づいたことなんてない」
「……」
「初めは、彼女のことを尊敬していたんだ。俺は親の言いなりになるばかりで、主体性も面白みもない人間だ。だけど……、いつだって自分で道を切り開く彼女を見ていると、俺だって“自由に生きていい”のだと許される気持ちになれるんだ」
ユーリ様はふっと口元を緩めた。
「彼女は俺に、俺が今のままでも“助けられている人は沢山いる”と伝えてくれたんだ。彼女の言葉のおかげで、自分のこれまでの人生とこれからの生き方を肯定されたような気がしたんだ」
ユーリ様の気持ちは、よく理解できる。
俺だって、いつだって前を向いて行動するリディア様のことを尊敬しているし、何より俺は彼女のそんな強さに……。
「だけど、彼女には弱い部分もあるだろう?」
彼の言葉に動きが止まった。
弱い部分だって?
俺は、そんなところを今まで見せられたことなんて……。
「前に、彼女が風呂を好きになった理由と過去の話をしてくれたことがあるんだ。その時に、彼女にも心の支えや助けが必要なんだって気づいた」
「……」
「そして、その支えや助けに、俺がなりたいって強く思っていることに気づいたんだ」
言葉を失う。
俺は、リディア様から弱い部分を見せられたことがない。いつだって彼女は元気な姿しか見せず、お風呂を好きになった理由も過去の話も、話してくれたことなんてない。それは、俺が従者だからなのか、頼りないからなのか……。
悔しく思う気持ちを悟らせないように気をつけつつ、俺は彼に質問を重ねた。
「じゃあ、ユーリ様はリディア様のことが好きなんですね?」
すると、ユーリ様は顔を赤くして、目を泳がせた。
「……そう、だな。しっかり彼女のことが気になっているし、好意も……抱いている、と思う」
「はあ? はっきりしてくれません⁇」
「す、すまない。こういった気持ちは初めてだから、確証が持てないんだ」
「はあ〜、締まりませんね」
ここで言い切らない辺り、バカみたいに真面目な男なのだろう。確証の持てないのに適当なことは言っちゃダメ、みたいな。
リディア様は、こんな男のどこがいいんだか……。
とりあえず、彼が真剣なのは分かった。それだけでも収穫だ。
俺の方が敗北感を味わった感じがするのは、否めないけど。
「ところで、俺だって君のリディア嬢への気持ちを聞く権利はあると思うのだが?」
「言うわけないですよ〜。言う必要性もないですしね?」
「……君は、ずるい男だな」
「あはは」
俺のリディア嬢に向けた年季の入った感情なんて、誰にも教えるつもりはない。特にユーリ様になんて教えてたまるかっての。
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目の前に座るルークは、酒の入ったグラスをドンっとテーブルに叩きつけた。
「好きに決まってるだろっっっ」
「……」
俺の名前は、ユーリ。今はリディア嬢の従者であるルークと共に酒場で話しているところだったんだが……。
酒がいい感じに回ってきたのか、突然、ルークはペラペラと話し始めた。
「好きっていうか、リディア様はもう女神様みたいな感じなんですよ!」
「……」
「お風呂の女神! 濃紺の艶やかな髪に、蜂蜜のような愛らしい金色の瞳、陶器のような白い肌に、お風呂のことを考えている時だけ上気する頬! 女神様じゃん!!」
「……」
「というか、風呂のことを永遠と語ってる時の顔知ってます? 夢中になって目をキラキラさせちゃって、これがもう可愛い〜んですよ」
「……」
「無限に見てられるから、いつの間にか時間が経っちゃって、リーナには呆れられるし〜、あ〜も〜」
「……」
さっきまで、自分の気持ちは明かさないっていうスタンスだったのに……この変わりようはなんだ?
酒を飲んで酔っ払ったからなのか? 酔っ払っただけでこうなるのか?? 酒の力ってすごいな……。
俺も気をつけよう……。
そう思いながら黙って聞いていると、彼は唐突にリディア嬢との出会いを語り始めた。
「リディア様はね、俺とリーナのことを拾ってくれたんですよ。俺たちは元々孤児院にいたんです」
「そうだったのか?」
初めて聞く事情に驚く。
「はい。孤児院で、俺たちは男女の双子であることが気味悪いって理由で暴力を受けていて、飯を抜かれることもしょっちゅうだったんですよ。たまたまそれを見かけたリディア様が拾って下さったんです」
「……」
「俺たちに温かいご飯をくれて、温かいお風呂に入れてくれて、生まれて初めて幸せをくれた人なんです」
そこで彼はビシッと俺に向かって指差した。
「だからね、そんな女神様を俺から奪おうとする存在は、もれなく全員敵なんですよ!」
「……君は、リディア嬢に憎まれ口を叩くことが多いが……。好きなのに、なんでそんなことをするんだ?」
俺が核心を突いた質問をすると、彼は片頬を膨らませて、悔しそうな表情をした。
「リディア様は俺たちの庇護者だけど、俺はリディア様の庇護者になれないからです」
「どういうことだ?」
「俺は孤児で平民だから、いざっていう時にリディア様を守れないんですよ」
彼は、平民であるがゆえに舞踏会にもついて行けなかったし、王子の心ない言葉から庇うことも出来なかったと言う。
「だから、せめて“対等な友達”くらいにはなりたくて……。あんな風に言い合いをする関係を築いてきたんです。そうすれば、リディア様は素で話してくれるから……」
孤児として力を持たない彼は、彼なりの方法でリディア嬢と関係を築いてきたのだろう。何年間にも渡る彼らの絆に、少しだけ悔しい気持ちが湧き上がってきた。
リディア嬢を「助けたい、支えたい」とは思っていたが……。今の俺は、“まだ”彼らには負けてしまっているんだろうな。




