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反撃の狼煙というと大袈裟だけれど

「陛下は恐らくリチャード様の覚悟を促しているのだと思います」

「…覚悟?」

「はい。アゼリアに対する覚悟です」

私はマイラが用意してくれた紅茶を一口啜る。

私が食堂に来たと同時に提供されたそれはもうすっかり冷めて香りも飛んでいたが、喉を潤すには十分だった。

「ルード様は昨日『今までの繰り返しの中でこんなことはなかった』と仰いましたね。それは恐らくマリー様との関係が原因だったと思います。ですが今回はマリー様の問題が片付いたため、リチャード様とアゼリアの未来に光明が見えたと以前お話しくださいました」

「ああ」

「けれど私はあれからリチャード様がアゼリアに対し何かをしたという話を聞いたことがありません。誰とも結婚する気がないという以前の考えが変わっていないのでしたらそれも道理ではありますが、ではアゼリアはどうでしょうか」

「どう、とは?」

私はもう一度紅茶を口に含む。

それが最後の一口だったので、マイラにおかわりを要求した。

「アゼリアは年頃の貴族子女ですからそろそろ結婚の申し込みが至る所からなされるでしょう。あの子は器量がいいですし高位貴族の夫人として申し分のない才覚もある。なのにいつまでも婚約者さえ作らないとなれば不名誉な噂が立ってもおかしくない状況です。彼女の性格上それを全く意に介さないとしても煩わしさは感じると思います」

「それはそうだろうな」

ルード様は私の話に頷いてくれる。

自身も今までの繰り返しの中で様々な貴族のしがらみによって煩わしい思いをしてきたのだろう。

「そんな時ルード様ならどうなさいますか?」

「俺か?」

私は少し気になってそんな質問をしてみる。

彼はどうやってそれらを躱してきたのだろうか。

「別に何もしなかったな。言わせたい奴には言わせておけばいいし、正直そんなことより繰り返しの方が気になり過ぎていたから『文句があるなら直接言え』程度にしか」

「…あら」

けれど得られた回答は、言っては何だが意外なほどに大人しいものだった。

何を期待していたわけでもないが肩透かしを食らったような気分になる。

これが実際は『文句があるなら私に直接言うがいい、己が首をかけてな』という一言だったと知っていたらとてもそうは思えなかっただろうが、知らなかったのだから仕方ない。

さておき。

「ですがアゼリアは違ったのでしょう。父君であるイツアーク伯爵や兄君のハリス、そして恐らくモンドレー侯爵をも巻き込んでリチャード様との関係をはっきりさせようと考えた。そしてその時運良くなのか悪くなのか、少なくともアゼリアにとっては運良くタンサイラ伯爵からの求婚があり、それを利用することにしたのです」

きっとこれが事の真相で間違いないはずだ。

しかもさらに運良く私からの用事でタンサイラ伯爵領近くに行くことになったのだからこれを利用しない手はないと敢えてリチャード様がいるところでその話をしたに違いない。

私がこのままタンサイラ伯爵に嫁いでもいいのかと暗に問うたのだ、しかも最後通牒として。

モンドレー侯爵のところでだということから彼も仲間だと考えられる。

そして要職に就いているモンドレー侯爵とイツアーク伯爵が仲間ということは、その話は容易に陛下に伝わっていくだろう。

その結果どうなるかと言うと。

「陛下はこのアゼリアの計画を侯爵たちから聞き、推測に過ぎませんが自分も手を貸そうと考えたのだと思います。なにせ面白いこと好きの陛下ですからこんな機会を逃すわけがないかと」

「それは完全に同意するが、なるほど、そういうことか」

「そうです、アゼリアのこの計画がもし王命となればリチャード様は身を引くしかありません。だからこそ陛下はわざわざルード様を呼んでお話しなさったのでしょう。あくまで『かもしれない』という体で」

私の説明にルード様は目元を押さえて深くため息を吐く。

アゼリアの気持ちはわかるが、しゃしゃり出てきた陛下にまんまと利用されたのは業腹だということかもしれない。

「なるほど、焦らなくてもいいというのはわかった。しかしそうなると」

「ええ、私たちにとっても悪い話ではありませんが…」

言い差してルード様は苦虫を噛み潰したような顔をした。

やはり悔しいというか面白くないのだろう、陛下の掌でいいように転がされているような気がするのは私も同じだから気持ちはわかる。

けれど荒療治とも思えるそれは悪い話ではないどころか、もしかしたら意固地になっているリチャード様への発破としては最高峰のものかもしれないのがまた癇に障るというか。

多分アゼリアはルード様がリチャード様に近しく、友人という関係上それほど強くも言わないことを考えてこのような手段に出たのだと思う。

それはそれほどリチャード様に対して真剣だというアゼリアの心情の表れではあるが、同時に『イツアークの珠』にまだ陛下には及んでいないと判断されたという事実でもあるのだ。

悔しい、情けない、仕方ない、未熟だ。

そんな思いが今ルード様の心を占めているのだろうということは聞かなくてもわかった。

しかしそれを今更どうこうできるわけもないので、今回は陛下に負けたことを素直に認めるしかない。

そう思ったところで不意に私は閃いた。

「ねぇルード様」

席を立ちスススとルード様の横に移動する。

まだ食事は運ばれてきていないから作法としても問題はない。

「なんだ?」

とはいえ一度席に着いた淑女がする行動としては咎められなくても褒められたものではないので、彼の目は僅かに見開かれた。

はしたないと思われたかしら?

でもこれは周りに聞こえては少し困るから、ちょっとだけ許してほしい。

「私たちでリチャード様を説得しませんか?陛下よりも先に」

陛下を悔しがらせちゃいましょう。

私はルード様の耳に口を寄せて囁いた。

本来であれば仰ぐべき主君に苦い思いをさせようだなんて不敬だから本当に小さな声で。

だがついウキウキした気持ちが出ていたずらっぽい声音になってしまった。

しかも地団太を踏む陛下の顔を思い浮かべたらさらに笑ってしまってルード様をぽかんとさせたが、それもまた面白くて私はさらに笑う。

私と目を合わせたルード様は笑われたことが恥ずかしかったのかお顔を真っ赤に染めていて、駄目だと思ってもそれが妙に可愛らしく感じられた私の笑いはさらに深くなっていった。

読了ありがとうございました。

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