きっとそう遠くない未来に
「えっと、私と二人の時に言っていたことは…」
私はあの騎士との会話を思い出す。
前半はどうでもことだったし、私も気が動転していたからちゃんとは覚えていない。
けれど重要と思われるところは一言一句記憶に刻んでいる。
『なのに何故今回は結婚なんて、しかも私の仇敵であるオークリッドの王太子とだなんて!!』
『私が迎えに来ないからでしょう?早く来てほしくてこんなことをしたのでしょう?全く、もう少し待っていてくれれば私は完全な形で貴女を迎えに行けたというのに』
『今まで私は準備を進めてきたんです。一体何度繰り返したかもう覚えていないけれど、ジャスパルで初めて貴女を見つけた時からずっと、ずーっと長い年月をかけて調べて実験して…。貴女は知らないでしょう?まだたった9回しか繰り返していない貴女に、きっと私の苦痛や苦悩などわからない』
『今回で全て終わるはずだったのです。貴女が今日結婚などしなければ!!』
「と、こんなところだったかしら」
「うわなんか気持ちわる…」
「こらリリ、余計なこと言わないのよ」
私が思い出しながら口にした騎士の言葉に声を上げたのはリリだけだったが、顔を見れば全員がほぼ同じ気持ちを抱いたのであろうことは容易に察せる。
ルード様と侯爵は眉間に深く皺を刻み、マリー様は口に手を当てて顔を青褪めさせている。
アゼリアも眉を顰めているが、彼女の場合は考えているからというのもあるだろう。
エルはリリを窘めたが、いつもの微笑みが引き攣っていた。
「その後はマイラが来てくれて、私はあの男と会話せずに済んだのだけれど」
私はちらりとマイラを見る。
するとそこには憤怒に顔を歪めた恐ろしい侍女が立っていて、思わずびくりと肩を揺らしてしまった。
二度目の人生で知り合った遠い異国の地出身だという男が持っていたハンニャという面にそっくりだと思った。
「あの男は、どこまでも自分の都合でしか言葉を発さないのですね…」
掌に爪が食い込みそうな程に手を握り込み、それを震わせて静かに言葉を紡いでいく。
孕んだ怒りの深さに背筋が凍りそうな気がした。
「あの男は私にこう言いました」
『うるさい!全く、本当なら私が主だったかもしれないというのにとんだ女だ。正しい歴史に戻したらお前など解雇してやる!!』
「そう言われた時は意味がわかりませんでしたが、事情を聞いた今でも意味がわかりません。仮にあの男が殿下の地位にあった世界があったとして、私は絶対にあの男の侍女にはならないでしょうから」
そういえばマイラはルード様の世話係が初めての仕事だったと言っていた。
きっと彼女には私とは別次元の愛情があるのだろう、それを踏みにじるようなあの男の言葉が許せるはずもない。
たとえそれがあの男の中の妄想でしかなかったとしても。
マイラの横で彼女とルード様の関係をずっと見てきたエルには彼女の怒りがよくわかるはずだ。
リリと共にマイラに近づきそっと手を取る。
……リリの手が凄い角度に曲がったような?
「その後奴はこんなことを言っていたな」
その光景に慣れているのか、放っておいても大丈夫だと判断したのか、ルード様が最後を締める。
『もういい、どうせ今アンネローゼを手に入れたところで目的は果たせないからな、今日のところは引き上げだ』
『安心するといい。私たちの繰り返しは今回で終わる。予定は狂ったが全ての準備は整っているのだから』
『今日無理に連れて行くまでもなく時が満ちればアンナは、アンネローゼ・アリンガムは嫌でも私の元へ来ることになるのさ』
「なるほど」
手がかりになりそうなことはこれで終わりだというルード様に一つ頷き、アゼリアはしばし目を閉じた。
頭の中で情報を整理し、そこから何かを導き出しているのだ。
「……恐らく、であってほしいのですが」
十秒ほどで目を開けたアゼリアは、しかし珍しく自信なさげにそんな前置きをした。
その聡明な頭で以っても今回のことは難解だったのだろうか。
「その騎士はいつかの歴史のようにガルディアナを率いて我が国に戦争を仕掛けてくるかもしれません」
けれどその言葉を聞いて、単に自分の推測が外れていて欲しいと願っての言葉だということがわかってしまった。
つまりそれはそう願わずにはいられないほどの精度で出された推測だということになり、アゼリアのこの推測は十中八九当たるのだということがわかってしまった。
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