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解決の笑顔※例外二人

私の言葉を聞いてハリス様がどう思ったかは知らない。

けれど彼の目から私に対する敵愾心が消えた。

代わりに畏怖に似た色が見えるようになった気がするけれど、気にしてはいけないわね。

「ああ、そうだ」

私はハリス様が身分を理由に私を馬鹿にしていると気がついた時に言わなければと思った言葉を思い出した。

これは今後のためにも今ここではっきりと彼に伝えておかなければならない。

「ねぇハリス様?」

「はっ!?い、なんでしょう…?」

私がまた話し掛けると彼はびくりと肩を竦ませた。

終わったと思った嵐が帰ってきた時のような反応だ。

「貴方は小国の侯爵令嬢である私は大国の伯爵家の次男である自分よりも身分が下だと馬鹿にしたけれど」

私はそこでちらりとマリー様を見る。

「同じ大国の公爵家の令嬢であるマリー様は、自分よりも身分の低い貴方を『身分を理由に』馬鹿にしたことがあったのかしら?」

「………え?」

ハリス様もつられるようにマリー様を見る。

彼女はいつの間にか立ち上がり、祈りの形に両手を胸の前で組んで天使もかくやという愛らしい顔に力を入れて、泣くのを堪えるような表情で少し離れたところからハリス様を見ていた。

「貴方の最愛、大国オークリッドの最高位貴族であるライスター公爵家のマリー様は、自分よりも家格の低いイツアーク伯爵家の貴方に対してそのことを笠に着たような態度を取られたことがあったのかしら?と聞いたの」

回転の鈍っている頭でもわかりやすいように言い直して問えば、問いかけの意味を理解したハリス様の顔が歪む。

同時にその問いが聞こえたのだろうマリー様の大きな瞳からはぼろりと涙が落ちた。

ああ、マリー様を泣かせたいわけじゃないのに。

「……何故今マリー様が涙を流しているのか、貴方は理解していて?」

私の言葉が聞こえているはずのハリス様は、しかし問いには答えない。

代わりに拳を握りしめてずっとマリー様の泣き顔を見ている。

彼女の涙を脳裏に焼き付けているとでもいうのか。

「マリー様が身分を笠に着ない理由、それはそれが恥ずべき行為だとご存知だからよ。だからこそ自分が愛した人がそんな行いを自分の友人にしたことが悔しくて恥ずかしいのでしょうね。つまり今貴方の存在は完璧なマリー様の汚点になっているということ」

マリー様の目からまた涙が零れる。

声も上げることもなく拭うこともせず、見ている私の方が辛くなるような泣き方だった。

「ぐぅ…」

なのにこいつときたら。

まだそんな態度なのか。

「呻いても意味はないわ!……どうせ声を出すのなら、意味のある言葉を出しなさいよ」

私は蹴り飛ばしたい感情を抑えて彼の背中を見る。

殿下と比べるまでもなく背負っているものが少なく薄い背中を。

「もしくはすぐにマリー様に駆け寄って、もう泣かないでとハンカチの一つでも差し出すくらいのことをしてほしかったわ」

ため息混じりに言いながらその背を通り越して、私はハンカチを取り出してマリー様の頬に当てた。

そしてそのまま彼女を抱きしめて「辛い思いをさせてごめんなさい」と小さく謝罪した。

本当ならこれは彼女のいる場でやることではなかったのかもしれない。

けれど何事にもその人に一番響く瞬間がある。

彼に関して言えば今がまさにその時だった。

だからどうしても譲ることはできなかった。

私はこの国の王太子妃になる人間だから、ジスやメアリーの時と同じくこの男の認識の甘さを正さねばならないの。

だってこの人はきっとここから変われるはずだから。

そして私と殿下の味方になって、大いに働いてくれるはずだから。

「ローゼ様は悪くありませんわ。全部ハリスのせいです」

すんすんと小さな音で鼻を啜り、マリー様は私の腕から離れて行く。

しっかりと自らの足で立ち、すぐに涙を収めたマリー様。

守られることが当たり前だった愛らしい令嬢が、一つ成長したような気がした。

「今後は私が婚約者として、しっかりと意識の改革をして参ります」

そう言ってにこりと愛らしく笑ったマリー様はどこか吹っ切れたようにも見えて、頼もしい味方が増えたと私も微笑んだ。

「もちろん我が家でもこのことを共有し、これ以上の恥を晒さぬよう徹底いたします」

「私の方でも今まで以上に厳しくハリスを躾けましょう」

さらに横から加わってきた妹であるアゼリアと上司であるモンドレー侯爵もやはりにっこりと笑っていて、私は結果的に満足した。

「話は終わったな?アンネローゼ、ちょっと来い。誤解を解こう。な?」

ただ一人殿下だけは妙な汗をかいていたようだが、それは私の与り知らぬところである。

読了ありがとうございました。

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