よーっく考えてみてね?
「誰に対して何をしたか?確かに未来の王太子妃に対して少々不敬を働きましたかね」
ハリス様は私を睨みつける様に見て、吐き捨てるように言葉を紡ぐ。
「殿下に選ばれただけに過ぎない幸運な小国の侯爵令嬢に、ね」
「それが貴方の本心ね」
ついでのように足されたその言葉が、恐らく彼が私を認めない一番の原因だ。
結局いつも同じ理由。
私がマリシティの、オークリッドよりもずっと小国の侯爵令嬢だから侮られる。
いい加減、うんざりだわ。
「そうね、イツアーク伯爵令息様?次男であり爵位を継承しないであろう伯爵家の貴方と侯爵家の私。その意味がわかっていらっしゃる?」
「貴女こそわかってない。オークリッドの伯爵家とマリシティの侯爵家のどちらが上なのか」
「そう。では言い方を変えましょうか」
私は氷薔薇と称されることになる笑みを再び顔に刷く。
「殿下が私を求めた際、マリシティ国王は殿下に『叶うならば小国の令嬢と侮られることがないよう取り計らってほしい』と願われ、殿下はそれを了承されました。そうですね?」
「……ああ」
渋々と答えた殿下に言外で「俺も巻き込むのか」と言われた気がした。
勿論巻き込みますよ。
だってこの人、貴方の家臣ですよ?
ということはこれは貴方の指導不足教育不足の尻拭いなのですから、せめて請われた時は助力くらいしてくださいな。
「だそうですよ。つまり貴方の行いは小国とはいえ一国の王の願いを無下にし、それを了承した自国の王太子の顔に泥を塗るに等しいものだったわけですが、それについてはどう思われます?」
「……は?い、いやいや、僕はその話を知りませんよ。そんなことが僕を責める材料になると?」
ハリス様は私と殿下のやり取りとそれに続く言葉に一瞬表情を変えたが、すぐに開き直って見せた。
自分はそんなこと知らなかったのだから関係ないと。
ああ、もう声に出して言いたい。
「馬鹿なんですか?」って、はっきり言えたらすっきりするのになぁ…。
「なっ!?僕が馬鹿ですって!?」
「ん?」
あら、もしかしてうっかり声に出しちゃっていたかしら。
ならもうしょうがないわね、出してしまった言葉は二度となかったことにはできないもの。
「貴女がマリシティにとってどれほど大切な令嬢か知りませんが、その威光がこの地に届くことがないことを理解できないほど愚かだとは。アゼリアの見込み違いだったんじゃないかい?」
私が自分のうっかりに口を閉ざしているとハリス様はアゼリアのことまで否定し始めた。
自分よりも妹の方がよほど優秀だと知っているはずなのに。
……ああ、むしろ、だからかもしれない。
彼は恐らく妹の頭脳にも嫉妬していたのだ。
そして妹よりも賢くないことに劣等感を抱いてもいる。
だから私を否定することで妹をも否定し、自分の方が優れていると思いたいと。
ねぇマリー様、本当にこんな男のどこがいいの…?
「馬鹿と言われたから愚かと返す。まるで語彙の少ない子供ですね」
「っ!!」
ため息混じりの私の言葉にハリス様はまたこちらを振り向く。
アゼリアと同じ濃い青い双眸には赤く染まってしまいそうな程の憤怒が込められている。
「貴方は平気で知らないというけれど、知らなければいいのかしら?」
尤も私はそのくらいの怒気で怯むような可愛い神経はしていない。
こちとら人生9回目なのよ。
「知らなければ例え罪を犯そうとも無罪だと?それは刃物が危ないことを知らずに振り回す子供と同じと理解していて?」
「こどっ!?」
「違うのかしら?知らなかったのならやってもいいと、貴方の理屈で言うならこういうことになると思うのだけれど」
「そっ…れとは、違う、でしょう!」
「ええそうね、貴方は何も知らずに無邪気に刃物を振り回す子供とは違うわ。『知らないという免罪符さえあれば何をしてもいい』と考える、狡い大人そのものだもの」
ハリス様は怒気を消さないままで、けれど咄嗟に私から顔を背けた。
私にはそれがそこにある矛盾や不都合から目を背けているようにしか見えなかった。
「……貴方は自分は知らなかったのだと言ったけれど、もし私がこのまま腹を立てて国へ帰り『大国のオークリッドではやはり小国の侯爵令嬢など伯爵家の次男にまで馬鹿にされるような存在でしかなかった』とマリシティ国王に報告したらどうなっていたか、わかりますか?」
「は?」
「オークリッド国王太子が自ら望み連れ去った令嬢。その扱いを王太子と国王が公の場で約束したにも関わらず無碍にした国。それがオークリッドだということになるのですよ」
「はぁ!?」
背けられていた顔が戻って来る。
今は怒気は燻る程度で、代わりに驚愕が増えている。
「なんでそうなるんですか!」
けれど消えてはいないから、私への言葉にはまだ険が多分に含まれていた。
「なるでしょう、私はまだこの国の貴族と多く関わっていませんし、これも貴方の知らないことではありますが、私はこの国に来てすぐにも伯爵家の子息だという騎士に家柄を理由に侮られました。そして今回も伯爵令息である貴方に侮られた。ちなみに私がこの国で関わった同年代の男性貴族は2人だけで、内訳は伯爵令息が2人です。さて、その状況で私は何と報告すると思いますか?貴方たちに腹を立てている私は」
「………」
「そうですね、事実を報告するだけでは足りないと多少は大袈裟に報告してしまうかもしれません。例えば『オークリッド国に行って間もなく殿下の護衛騎士だという伯爵家の方に『猿』と言われましたの。その後も仲良くしてくださっていた公爵令嬢の恋人である伯爵令息に『小国であるマリシティの侯爵令嬢よりもオークリッドの伯爵家の方が上であるとわからない愚か者』と詰られましたわ。こちらは財務大臣の補佐を担うほどのお立場にいらっしゃる方でしたのに。私はどこへ行っても『殿下に選ばれただけの、幸運なただの小国の侯爵令嬢』としか扱っていただけませんでしたし、陛下とお約束くださったはずのジェラルド殿下もそれを止めてくださらなかった』とか」
「おい!」
「今は殿下の言葉は必要ではありませんから黙っていてください」
私はハリス様への言葉の途中で口を挟むように声を上げた殿下を睨んだ。
ちゃんと『大袈裟に言う』と言いましたでしょう?
別に今この場で殿下に責任があると責めるつもりはありませんよ。
まあ、ないとも言いませんが。
「こほん。とりあえずマリシティの陛下にはこんな風に報告をしたとします。さて、では次にマリシティ及び私はどうするでしょうか?」
「…………まさか」
ごくりとハリス様の喉が上下する。
あらあら、白い頬を流れているのは冷や汗かしら。
「恐らくお察しの通りですわ。私は私の価値を守るために、マリシティも私と国の価値を守るため、周辺諸国に大々的にこの話を広めます。それはもう貴族はもちろん地方に住む一般国民の皆様に至るまで、広く遠くお伝えしますわ」
そう言った瞬間、ハリス様の顔からサーっと血の気が引いていく。
「鬼か!貴女は鬼か、でなければ悪魔だ!!」
「ありがとう。最高の誉め言葉よ」
そんな彼を見て「ほほほ」と笑ってやった。
にこやかな私とは対照的にハリス様は次第に青褪めていく。
財務大臣補佐としてこの国の懐事情や外貨を管理している彼からすれば、私の話がそれはそれは恐ろしいものに思えただろう。
これを実行されればオークリッドの周辺諸国からの信用はなくなるに等しい。
そうなれば財政難で国が潰えることだってあるのだから。
つい最近似たような話をメアリーたちにした気もするが、それを引き起こすのが財務大臣補佐である自分だなんて笑えないと彼は思ったはずだ。
私は大いに笑うけれどね。
さて、散々脅したところでもう一度言いましょうか。
「ねえ、貴方は誰に喧嘩を売ったのかしら?」
読了ありがとうございました。




