最終決戦は早々に
それから一週間後に私はお茶会を開き、オークリッドの主要な貴族の令嬢を招待した。
殿下の許可を得て用意したそれは王城の中庭に用意したガーデンパーティ形式で、表向きは新しい王太子妃候補の友人探しの場である。
しかし王城でのお茶会の招待が一週間前という礼儀ギリギリの状況で届いたことで多くの令嬢が不安そうに、またはなにかしらの問題があったのではと邪推してか興味津々な様子で登城してきた。
私はその様子を中庭の上にある部屋から見ていたのだが、その中に明らかに他の令嬢とは一線を画す少女と女性の中間にいるような令嬢を見つけた。
彼女が周囲の令嬢と何事か話しているようだったので、聞こえるかと思い窓を開けてみれば、
「おかしいですわよねぇ、アンネローゼ様とはマリー様が随分親しくしていらっしゃると聞いていたのに!!」
という声がこれ見よがしな大音量で聞こえてきた。
確かに彼女の高く澄んだ声はよく通るだろうがこれはあからさま過ぎだったので、遠巻きにしている令嬢は仲間だと思われてはたまらないというように目を逸らしている。
賢明な判断だ。
「もしかして何かアンネローゼ様の気分を害すようなことをされたのではなくて!?」
ほーっほっほっほっ、というお手本のような高笑いと共に続いた言葉は私の推測を裏付けるもので、私に「あれがモンドレー侯爵令嬢です」と聞かなくてもわかるようなことを耳打ちしてきたジスは不快そうに顔を歪めていた。
彼の気持ちもわからないではないが、自国の侯爵令嬢を「あれ」呼ばわりするのは如何なものか。
「そうかもしれませんわね。メアリー様と違ってマリー様は少しぼんやりとしたところがありますから、アンネローゼ様の気に障られたのかも」
「うっかりと迂闊なことを言ってご不興を買われたんですわ!」
「やはりメアリー様のように闊達で聡明でないと王太子妃様は、ああいえ、王太子妃様のご友人は務まりませんわね!」
「あらあらミディったら、不用意な言い間違いにはお気をつけなさって?ほーっほっほっほっ!!」
……如何なものでもないかもしれない。
彼女たちの会話は彼女たちの頭の軽さを露呈する結果にしかならず、私は頭が痛くなってきた。
あまりにも稚拙過ぎるのだ、何もかもが。
脅威がないほどの大国の貴族だからこそ逆に水面下の会話というものをしないと、そういうことだろうか?
付け入る隙があっても構わないからと言って、隙だらけでは駄目だろうに。
私はいっそ憐れみを込めて彼女や周りの令嬢を眺めていた。
「この度は急な招集にもかかわらず足をお運びいただき、皆様のお心遣いに感謝申し上げます」
ややして全員が揃ったと連絡を受けた私は勿体ぶったようにゆっくりと令嬢たちの中を通り、中央に用意された小さな舞台へと辿り着く。
そして居並ぶ令嬢をぐるりと見回しながら口上を述べた。
「皆様もご存知の通り私は先日こちらへ到着したばかりで、恥ずかしながらこの国のことも皆様のことも何も存じ上げないのです。ですから今日は色々な方とお話しをしたいと考えております。どうぞ遠慮なさらずお声がけくださいませね」
そうしてにっこりと、小国とはいえ王太子妃となるべく育てられた淑女教育の賜物である微笑みを浮かべれば、会場はため息と拍手の音で溢れた。
後にマイラから私が先ほどまでいた中庭の上の部屋でそれを見ていたマリー様が「ローゼ様素敵!」と会場の令嬢たちのように頬を染めていたこと、殿下が「流石だな」と感心されていたこと、そしてジスが「俺あの人を敵に回さないようにします…」と呟いていたことなどが報告された。
聞いた後すぐに現れたジスに「もう手遅れよ?」と伝えたが、果たして彼は何を指して私がそう言ったのかに気がついただろうか?
「アンネローゼ様、失礼いたしますわ。私はモンドレー侯爵家が長女、メアリアナ・モンドレーと申します。以後お見知りおきくださいませ」
「お初にお目にかかります。私はシスナ伯爵家の次女、ミンディ・シスナでございます」
「私はイツアーク伯爵家の長女、アゼリア・イツアークですわ。お会いできて光栄です」
「えと、初めましてアンネローゼ様。私はサイモラ子爵家の次女、メルティ・サイモラです」
私がテーブルの上に用意されていた飲み物を手に取ると同時に早速メアリーが豪奢な赤い髪を揺らしながら取り巻きを引き連れてやって来た。
近くで見た彼女の瞳は琥珀のような金色で、似たような色の髪だった元婚約者を思い出して一瞬イラッとしたが、微笑むことでなんとか堪えた。
実際あの元婚約者の行動と彼女には何の繋がりもないのだし。
彼女と肩を並べているのは先ほどミディと呼ばれていた茶色の髪に茜の瞳を持つ令嬢で、言っては何だが派手なメアリーの隣にいるせいもあってかとても地味に見える。
しかしその目はメアリーよりも歪みを孕んでいるように感じた。
少なくともメアリーの目は真っ直ぐだ。
そんな彼女とメアリーを挟んで反対隣りに陣取っている、この4人の中で1人だけ少し幼い子爵家の次女だという少女は桃色の髪に水色の瞳という愛らしい色合いで、尊敬と憧れの目でメアリーを見上げている。
彼女たちの事情は知らないが、メルティと名乗ったこの少女がメアリーに心酔しているのは間違いなさそうだ。
そしてそんな彼女たちから一歩離れて立っている薄青の髪に濃青の瞳を持つアゼリアという名前の女性に私は興味を持った。
一目見ただけでわかるほど、何故彼女たちと行動を共にしているのかと問いたくなるような知性の光をその切れ長の目に宿していたからだ。
直感でしかないがきっと彼女はこの国で才女と名高い人物だろう。
だからこそわからない、何故彼女がこんなお馬鹿さんたちと行動を共にしているのか。
それがわからないうちは彼女に上げ足を取られるような下手なことは言えないなと、私は笑顔の下で気を引き締めた。
「初めまして。ご存知かとは思いますが、アンネローゼ・アリンガムと申します。侯爵家の出ではございますが、大国オークリッドの侯爵家であるメアリアナ様とは比べようもないほど小さな家、どうぞ不調法はお見逃しくださいますようお願いいたしますわ」
小さな会釈と共に私は1人で4人と対峙する。
お茶会はまだ始まったばかりだが、私はこのお茶会を開いた目的を果たすべく、早々に最終決戦へと突入した。
読了ありがとうございました。




