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「どうなさいました、リーゼロッテ様。先ぶれもなく。何か急な用件ですか?」
無礼だと遠回しに言葉を混ぜながら用件を聞くとリーゼロッテは私の元に駆けよってきた。
神に祈るように胸の前に手を組み、涙目で私を見上げる。
「お願いです、エレミヤ様。今すぐお医者様に診てもらいましょう」
「・・・・・」
私はいたって健康だけど。寧ろ、診てもらう必要があるのはあなたの方じゃないかしら。主に頭を。
「どうしたんです、急に」
「私のせいなんです。私が悪いんです。あの時、私も一緒に行くべきでした。いいえ、私が相談なんて持ち込まなければ」
まくし立てるように言うリーゼロッテの言葉はまるで理解できない。取り合えず落ち着かせるためにソファーを勧めるけど、彼女は動く気配がない。
カルラが淹れてくれたお茶は手つかずのまま冷めていく。
「リーゼロッテ様、あなたはいったい何を仰っているんですか?」
急に来て訳の分からないことをまくし立てるリーゼロッテに若干イラつきながらも決して表面には出さず、興奮する彼女を落ち着かせるためにゆっくりとした口調で聞く。
「エレミヤ様は自覚はないんですか?」
限界まで目を見開くリーゼロッテ。彼女はすぐに悲痛な顔をして床に頭をこすりつけるように私に謝罪をする。
「本当にごめんなさい。全部、私が悪いの」
もう訳が分からない。
「リーゼロッテ様、落ち着いてください。私に分かるように話してください」
何度か説得したのち、彼女は自分の言いたいことを全て出し切って満足したのか私の部屋に来て一時間後にソファーに腰かけた。
カルラはすぐにお茶を淹れなおした。
「それで、一体何がどうして私が医者に診てもらわないといけないと思ったんですか?」
「ユリアンヌ子爵令嬢の部屋はアヘンで充満していたんですよね」
充満していたと彼女に話した覚えはない。一体どこで聞きつけたのだろう。
「エレミヤ様もそのせいでアヘンを吸引してしまったんですよね」
「シュヴァリエがすぐに気づき、ディーノが私を結界で覆ったので大丈夫ですよ」
「やはり自覚症状がないんですね」
リーゼロッテ様は悲しそうな申し訳なさそうな顔をして言った。
「噂を聞きました」
「噂ですか」
今社交界で話題になっているのは私がアヘンを吸引しているというもの。証拠がないから何もされてはいないけど。
テレイシアの王女で次期、帝国の皇妃。証拠もなく捕縛することはできない。
噂だって、表立っては言われていない。
「エレミヤ様がアヘンを吸引していると」
あらやだ。
無意識に懐に隠している短刀に手が伸びてしまったわ。
いやぁね。
こんな小娘を斬ったら私愛用の短刀に錆がついてしまうわ。
「私のせいですよね。私がエレミヤ様をユリアンヌ子爵令嬢の元に行かせたから、それでアヘンを吸引した。アヘンは依存性が高いと聞きます。噂が真実ならあなたはそのせいでアヘンを今も吸引しているのですよね。すぐにお医者様に診てもらいましょう。私、腕のいいお医者様を知っているんです」
満面の笑みで彼女は言う。
自分が良いことをしているとでも思っているんでしょうか。
うわぁ。殺したい。
「リーゼロッテ、覚悟はできているのか?」
唐突に聞こえた第三者の声にリーゼロッテは驚く。
「お義兄様」
部屋の隅で壁に寄りかかっているノワールがいた。実はかなり前からいたのだ。興奮しているリーゼロッテは気づいていなかったし、彼も気配を消していたので落ち着きを取り戻した後も彼女がノワールの存在に気づくことはなかった。
「エレミヤは俺の婚約者だ。確たる証拠もなく徒に騒ぎ立て、無用な噂を広める。それで俺の怒りを買う覚悟があるのか?」
ノワールの言葉にリーゼロッテは眉間に皴を寄せる。
「お義兄様はエレミヤ様が心配ではないんですか?体裁ばかり気にして治療が遅れでもしたらどうするんですか!」
目くじらを立てるリーゼロッテにノワールは失笑する。
議論の余地なし。
「エレミヤはアヘンを吸引していないし、中毒者でもない。彼女の体調は王宮筆頭医官であるケビンに管理させている。お前が余計な気を回す必要はない」
それを聞いてリーゼロッテは安堵した。
「では既にエレミヤ様の体からアヘンを取り除く治療を行っているんですね。さすがですわ、お義兄様。申し訳ありません。私が早とちりしてしまったみたいで。エレミヤ様もごめんなさい。騒ぎ立ててしまって」
彼女はどうしても私をアヘン中毒者にしたいようだ。
ぺこりと頭を下げるリーゼロッテにノワールは冷たい視線を向けた。
「部屋に戻れ、リーゼロッテ。誰にどう唆されたのか知らないが場合によっては容赦はしない」
ノワールの言葉の意味をリーゼロッテが理解していないのは火を見るよりも明らか。
けれどノワールは説明する気がない様で、部下にリーゼロッテを自室に連れて行くよう指示をした後は黙り込んでしまった。




