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部屋にかなり充満していたせいで私のドレスにも匂いがついたみたいで、使用人たちに異様な目で見られてしまった。
私はすぐにノワールの元へ行き、事情を話してジョーンズ子爵邸に人を向かわせてもらった。
「アヘンが流行っているんですか?」
「貴族令嬢の何人かたまにそういうのが出るって程度だな」
箱入りで育ったせいで危機管理能力の低い貴族の令嬢が刺激を求めた結果、危険薬物に手を出してしまう事例はないこともない。
お金があり、ストレスの多い生活を送っている貴族がそこから逃れようと麻薬に手を出した事例だってある。
恐らく、その範囲の出来事なのだろう。
だからノワールたちもそこまで危険視していない。
ジョーンズ子爵は流行っていると言っていたが、娘がそう言ったのだろう。男である彼が流行に疎いのは仕方のないことだし、それに関わりがなければ匂いだけであれがアヘンだとは思わない。
娘にもあまり関心がないようだし、大人しいのであれば放置するのも当然。何も不自然なことはない。
「そう言えば、シュヴァリエはよくあれがアヘンだと分かったわね」
陛下が人を数人ジョーンズ子爵の元へ向かわせたのでそれと交代するようにシュヴァリエは戻ってきた。
私は報告を終え、匂いがついてしまったのでノワールの執務室を出た後すぐに入浴をすませた。
入浴が終わる頃にシュヴァリエは戻ってきたのだ。
「カルディアスで何度か摘発したことがあります。それにアヘンなどの依存性の高い薬物はよく奴隷の調教に使われますから」
まぁ、あれだけ貴族の腐った国だ。横行していない方がおかしい。
「エレミヤ様、ドレスはどういたしましょう」
ノルンの手にはアヘンの匂いがついてしまったドレスがあった。
「証拠品として陛下に提出しておいて」
「畏まりました」
◇◇◇
「エレミヤ様、アヘンをしていたというのは本当ですか!」
ユリアンヌの件を報告してから数日後、いつも通り授業を終えて休憩がてら中庭に向かっていた時だった。
王宮で働く多くの人がいる廊下の真ん中でそんな言葉が響いた。
誰もがぎょっとした顔で私を見る。
私も咄嗟のことで思考が一瞬停止してしまった。
「エレミヤ様」
心配そうに私に駆け寄り涙目で問うてくるのはリーゼロッテだった。
彼女の先ほどの言葉の部分には大事な部分が抜けている。その状態でそんな涙目で祈るように胸の前で手を組んで私に問いかける様は周囲に勝手な誤解を与えるには十分だった。
ぎりっと奥歯を噛み締め、怒鳴りそうになる自分を律した。
王女の嗜みとして笑顔を取り繕う。
「リーゼロッテ様、言葉には気を付けてください。それではまるで私がアヘンをしていたように聞こえます」
「ふぇ?」
きょとんとした顔をするリーゼロッテ。目をぱちくりとさせあろうことか「していたんですか?」と聞いてくる。
ぶん殴ってやろうかと思った。
「私はアヘンなどしていません。あなたの頼みで訪問した際にアヘン中毒と思わしき症状の者を発見しただけです」
「そう!それを聞きたかったんです。本当なんですか?」
自分の発した言葉の意味をまるで理解していない。
ちらりと周囲を見渡すと私を見ながらひそひそと話す臣下が複数人いた。まずいと思った。
「どうなんですか?」
周囲の様子に全く気付いていないリーゼロッテにいら立ちが増す。
それに幾ら他人のこととは言え、こんな大勢の人の前で話す内容でもない。アヘンに手を出した彼女が確かに悪い。だからってこんな場所で貶めるような発言や問答はしてもいいというわけでもないだろう。
心配のあまりそこら辺の配慮が出来ていないのは彼女を見ればわかる。
けれどそれは皇女として致命的だ。
イノシシと同じね。目先のことしか見えず、それを目的に突っ走ることしかできない。こんなのが私と同じ国を背負って生まれた姫だなんて。侮辱もいいところだわ。
「なぜ、私に聞くんですか?」
「えっ?だって、エレミヤ様が会いに行かれたのですよね」
「私は見聞きしたことを陛下に報告しただけです。実際にどうだったかまでは知りません。そこは私の管轄ではないので。真実を知りたければ陛下に聞いてください」
「エレミヤ様は心配ではないのですか?お友達なのに」
私の友達じゃない。
「このような場所で無闇にしていい話題ではないと思います。それでは用事があるので失礼します」
中庭に行く気も失せたので私は来た道を戻ることにした。
部屋に戻ってこれからのことを考えないといけない。
最悪だ。あの皇女。本当に、最悪だ。




