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「それでねぇ、お兄様はね」
ノワールに家族を紹介された日から彼の妹であるリーゼロッテはよく私の元を訪ねるようになった。
私は帝国の文化になれるために様々な予定が入っている。
その中で彼女との時間を設けるのは正直、大変だ。休憩時間を彼女とのお茶に費やすので最近、ちょっと疲れている。それに私はリーゼロッテよりもアウロと親しくなりたい。
まぁ、アウロとの時間も取れているので今のところ支障はない。
それに最初から近づきすぎても警戒されるだけだ。アウロとは今のままの距離感がいいだろう。
「昔からお兄様はそうなのよ」
リーゼロッテは楽しそうにノワールのことを話す。
彼女の話はノワールのことばかりだ。
「リーゼロッテ様はノワールのことが好きなんですね」
私が微笑みながら言うと、リーゼロッテは頬を赤らめ、嬉しそうに頷いた。
彼女は気づいているのだろうか。自分が今、どんな顔をしているのか。
もやもやする。
まるで胸焼けでも起こしたみたいだ。
「腹違いと言えども私の大切な兄ですもの。お父様が亡くなられた時は悲しかったけど、私にはお母様もお兄様もいるから寂しくなかったわ」
帝国の先王。悪政を敷いて、国民を苦しめた悪玉。ノワールの弑逆された王。
歴史には先王の名が刻まれるだろう。
戦争を好み、国民を蔑ろにした愚王として。
彼女はそんな先王のことを知っているのだろうか。
私は会ったことがないから先王がどのような方なのかは分からない。彼女に対して親として接していたのかも疑問だ。
「先王陛下をお慕いしてらしたのですか?」
これは純粋な好奇心だ。
私の問いにリーゼロッテはきょとんしていた。
「当たり前ですわ。だってお父様なんですもの」
何を当たり前なことを聞くんだという彼女の表情に嘘はない。純粋に先王を『父親』というだけで慕っている。
これがアウロの娘だということに違和感しかない。
自分の母親の故郷を滅ぼした元凶でもある男を父として慕えるのだろうか。
アウロがそういうふうに育てたとも考えにくい。
「先王陛下はどのような方だったんですか?私は政治に関わる立場にないので噂程度しか知らないのです」
「お仕事がお忙しいせいで殆ど会うことはできませんでしたの」
仕事ではないだろう。
かなりの好色でもあったと聞くし、愛人や隠し子だけでも両手に軽くあまると聞く。
噂の中には愛人三〇人以上なんて冗談ともとれるものがあるが実際はどうか分からない。それに政務にも積極的ではなかったと聞く。
ノワールや臣下にまかせっきりだったとか。
だけどリーゼロッテはそのことを知らないのだろう。王女と言うのは王宮の奥で大事に仕舞われる。宝箱に入った宝石のような存在。
その宝箱の中でどのように己を磨くかで真価が問われる。彼女はただ仕舞われていただけなのだろう。
宝箱の中にいても出会える人はいる。その人間と切磋琢磨することもなく、情報を得ようとすらしてこなかった。
その結果、彼女は自分の父親の所業を知らない。世間知らずの王女の出来上がり。
リーゼロッテのことをどう思うかと以前カルラに聞いたことがある。
「純粋無垢で優しい方です」とカルラは答えた。
その時は「そう」と流しただけだったけど。今なら分かる。
褒めているとは思わなかったけど、あれはカルラの嫌悪感から出た言葉だということが。
カルラがどんな過去を持っているのか、どんな道を歩んできたのかは分からない。
ただ節々の言動から感じる。生半可な道を歩んで来てはいないこと。そう言った手合いはリーゼロッテのようなタイプとすこぶる相性が悪いのだ。




