第02話 ふ、愛は時を超えるのですよ
「エアラリス、もういいよ」
男が玄関を出て離れていくのを『視ながら』ヴォワはリビングに隣接するベッドルームへと声をかける。
「――ぷへぇ!」
と、そのベッドルームから妙ちくりんな声が。いやさ声とも言えない息を吐く音だ。
しまった、ヴォワは急ぎ立ち上がり、走り、ベッドルームへの扉を開ける。そこで見た光景とは?
「人の枕の匂いを嗅ぐな――――――――――――――――――――――――――!」
「イタイ!」
ぶん投げた小さなヒールが見事にヒット。首のうなじ。人間が守りにくい部位の一つに。けれどヒールに打ち殺された――殺されていない――女、エアラリスはと言うと、
「ヒドイですガラスですよヴォワさまのヒール!」
「なおも枕に顔をうずめ続けるのか!」
むしろこのやりとりが大好物。エアラリスはこれくらいではめげない、あきらめない、あやまらない。ダメな子であった。
「あ~もう、特注のヒールが」
「われちゃったのヴォワさまのせいですからね」
「それでも枕から顔をはなさないのか……ある意味褒めよう」
「わーい褒められたー」
ヴォワに褒められてハッピーな気分になったエアラリスはとうとう枕から顔をはなし、
「冗談に決まっているだろー!」
「イタイ!」
もう一つのヒールを眉間に喰らってつっぷした。ベッドに。
「ああ……ヴォワさまの体温が……」
だからここぞとばかりにベッドに身をゆだねて。
「あるわけないだろう起きたのは何時間も前だ」
「ふ、愛は時を超えるのですよ」
「妙なところで妙な力を発揮するな。さっさとこっちに来たまえ」
「ああん」
「ほほう、時の秒針ですか」
鮮やかに染められた紫系・桔梗色の髪の内側にある首根っこを引っつかまれてようやくベッドから離れた――離された――エアラリス。名残惜しそうに黒系・墨色の瞳に涙を浮かべていたけれど依頼書をヴォワに見せられてフムフムと首を縦に二度振った。
「しっているのかね?」
「モチのロンです!」
「古いな」
「そうですね確か十年ものだと聞いています」
ウンウンと頷きながら。
「いや『モチのロン』がだ」
「ヴォワさま、こう言うのは懐古主義って言うんですよ」
「解雇してやろうか」
「ふぇ」
思わず潤むエアラリスの瞳。
「泣くな泣くな、冗談だ」
「しっています」
「……」
「あ、本気のトーンで怒ってらっしゃる……ごめんなさいです」
「……ハァ」
しようのない子だ、そう言いながらヴォワはのらりくらりと煙の出るパイプを口に運び、
「けっほえほ」
むせた。
「なぜ吸えないものを口に入れるのです」
「なにを言う。探偵にパイプはつきものだろう」
「ヴォワさま今十六ですが」
「安心したまえ。ただの合法ハーブだ」
だから十六で吸ってもいい――んだっけ? エアラリスは小首を傾ける。
エアラリスの故郷・日本では二十歳から許される喫煙だがイギリスではどうだったろう?
「これに使うハーブはある男性がある手法によって固めた花の蜜『花弁結晶』。
一般的に吸われるものとは違うから安心するといい、エアラリス」
「……それ脱法って言いません?」
「私の眼の疲労を和らげる効果がある。理解してほしい。
いずれキミにも彼を紹介しよう」
「こっ、恋人ではありませんよね?」
「違うが」
「ほっ」
としたところで依頼書をヴォワのデスクに置きながら念のためにそれを読み上げることにした。まあ、改めてヴォワに聞かせる必要などないかもしれないが。だってヴォワは時折内容など覚えないまま現場に行き『なんとなく』で問題解決してしまうから。
ヴォワ=デート――
自己評価【不思議探偵】
多面評価【マスターキー】
性別 女
年齢 十六
国籍 イギリス
人種 白人
髪の色 ホワイト
眼の色 スカイブルー
音、熱、刺激、『情報が色で視える』共感覚、あるいは統合失調症障害者。当然、人がつく嘘と真実も。
その能力を活かした謎解きは警察も期待を寄せている。
一時彼女の能力を――障害を治そうと言うテレビ企画もあったが、イギリスの財産を失うと批判されその企画は打ち切られた。
「ではいざ出向いてみるとするかね」
「はーい」
空すら負けを認めるブルーな瞳と夜すら負けを認める墨色の瞳を持つヴォワは体の割に大きなスーツケースをズルズルと引き寄せて人を夢に誘うソファから腰を上げた。真っ白――陽をあびると輝く金にも見える不思議な色の長髪とフリルのついた真っ白なドレスがひらりと一瞬だけ浮かび上がってまるで妖精のよう。
窓から上空に広がる青空を眺める。今日は気温も高め。外で仕事をするにはちょうどいい気候かもしれない。




