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【書籍化決定】追放された最強魔導師は、弟子の天才美少女と世界を巡る。~無詠唱魔法で無双しながら弟子とゆったり研究旅行~  作者: 九条蓮


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第37話 裁きの雷

 エリシャの足元に、いくつもの魔法陣が咲いた。淡く青い光で描かれた円環が、彼女の周囲を取り巻くように次々と浮かび上がる。

 通常の魔導師がひとつ展開するのにも数秒は要するであろう術式が、彼女の指先の動きと圧縮された詠唱だけで、連続して組み上がっていった。


「我らを守れ──〈多層防御結界(マルチ・バリア)〉!」


 短く刻まれた言葉に応じて、空気の層がひずんだ。

 エリシャを中心に、半透明の殻が幾重にも重なる。光を帯びた薄膜が前衛たちの背中まで覆い、魔物の魔法や攻撃を弾いた。


「助かる!」

「持たせろ! ここで踏ん張るぞ!」


 前衛たちの背筋に、一瞬だけゆとりが生まれる。

 その隙間を縫うように、アルドは手のひらを軽く振った。

 アルドの前方で、圧縮された空気の塊が生まれる。それは目に見えない槍となって、壁に群がっていた獣の横腹を貫いた。骨の砕ける鈍い音と共に、数体がまとめて吹き飛んだ。

衝撃風槍(インパクト・ガスト)〉──風魔法のひとつだ。

 周囲の冒険者たちは、いきなり魔物が吹き飛んだので、驚いていた。


(右側が薄いな……押し込まれる前に削るか)


 アルドは視線だけで戦場をなぞり、最も崩れかけている箇所に狙いを定めた。

 炎が必要な場所には炎を、氷が有利な敵には氷を──そうやって、前衛が「あと一手足りない」局面を、最小限の魔力で補っていく。

 それらを瞬時で行えるのが、無詠唱魔法の強みだ。

 アルドとエリシャの登場で、魔獣の突撃が少しずつ鈍くなっていくのが手に取るようにわかった。そこに、エストファーネの楔形の隊列がじわじわと前進していく。防衛線は「押し返される」から「押し込んでいく」側へと性質を変え始めていた。


(今のうちだな)


 アルドは、わずかに息をつき、視線を核へと戻した。

 暴走する魔力の柱は、相変わらず空へ向かって伸びている。だが、先ほどよりも、表面の文字列がはっきりと見えるようになっていた。

 核の表面。結晶体の亀裂の間を、青白い光の線が走り、そこに古代文字が浮かび上がり──すぐにまた溶けるように消える。まるで誰かが、水面に墨で文字を書いては波で流しているかのような、一瞬の煌めき。


(……見える)


 ここ数日、図書館で神代語と旧王国語の変遷にひたすら向き合ってきたせいだろう。

 以前ならただの模様にしか見えなかったはずの線が、今は意味を持った記号として認識できる。頭の中で、自動的に分解と照合が始まっていた。


(基底構文は……ノア=セリアで見たものと同じ系統だな)


 核の外殻には、ノア=セリアの石壁に刻まれていたものとよく似た命令文が走っている。『護れ』『鎮めよ』『境界を保て』──そういった、防衛と封印のための基本命令だ。それ自体は、違和感はない。

 問題は、その上に()()()()()()()()ものだった。淡い光の線とは別に、やや赤みを帯びた文字列が、ところどころに割り込んでいる。それらは、明らかに本来の命令文とは違うリズムと意味を持っていた。


(『解放せよ』、『集え』、『門をひらけ』……?)


 脳裏に浮かぶ訳語と共に、胃のあたりが冷たくなる。

 封印核に刻まれた本来の命令の上から、誰かが()()()()を差し込んでいる。防衛と安定化のための核を、『封印を解くための鍵』としても使えるようにする──そんな意図を感じさせる書き換えだ。

 ノア=セリアで見た石壁の断片が、脳裏で繋がる。


(管理命令……)


 神代語で刻まれていた一節。『管理者は封印階層を上下に開閉し得る』、あるいは『上位鍵は防衛核の両義性を制御する』といった意味の、曖昧な文言。

 あの時は、封印の調整役くらいの認識で流した部分だ。

 だが今、目の前の核を見ればわかる。

 これは、本来『防衛を安定させるため』だけのものではない。使いようによっては、封印階層そのものを開く側にも回る核だ。


(そして今、その鍵は──)


 制御者を失ったまま、都市の魔力網と共鳴している。

『開け』と『集え』の命令を、誰の監督もなく垂れ流し続けながら。

 アルドが解析を深めようとしたまさにその時、核の内部で何かが大きくうねった。

 耳鳴りがする。

 空気が一瞬、真空になったかのように静まり返り──次の瞬間、爆発的な魔力の奔流が、核の周囲へと溢れ出した。

 光の渦の中心から、黒い影がせり上がる。

 最初は巨大な柱のように見えたそれが、徐々に『腕』であることを示す形を取り始めた。岩と肉が混ざったような、異様に太い腕。その肩の位置から上に、丸太のような首と、ひとつだけの巨大な眼球が浮かび上がる。


「さ、サイクロプスだぁぁぁ!」


 誰かの悲鳴にも似た声が、戦場の端で上がった。

 一つ目の巨人。人の何倍もの背丈を持ち、その一撃は城門すら打ち砕くとされる高位の魔獣。本来なら、A級のパーティーが総掛かりで挑むべき相手だ。

 核から生まれたばかりのサイクロプスは、しかしそんな「格」を意識している様子はなかった。ただ、眼窩の奥で赤い光をぎらつかせ、周囲の猛者へと本能的に顔を向ける。そこにいたのは──エストファーネたち、前衛の楔だった。


「まずい、あの距離は──」


 アルドが反射的に魔力を組み上げかけたその刹那、サイクロプスの腕が振り下ろされた。

 大地が鳴動した。

 槌で叩かれたような衝撃が走り、前衛の列が一気に崩れかける。盾を構えていたエストファーネが、その直撃を真正面から受け止めた。


「くっ──!」


 ぎり、と金属が悲鳴を上げる。

 エストファーネの足が地面にめり込み、それでも彼女は一歩も退かない。盾に走る亀裂が、蜘蛛の巣のように広がっていく。


「退け! 下がれ──」


 叫びの途中で、サイクロプスの腕が二撃目を繰り出した。

 今度は横薙ぎだ。巨大な棍棒に叩き飛ばされたような衝撃が走り、エストファーネの身体が空を舞う。


「ぐああああッ!」


 彼女の悲鳴が、空中で引き絞られた。

 赤い外套が翻り、砂煙の向こうへと消える。


「く、くそ! 〝紅鷹(レッドホーク)〟のエストでさえあのザマかよ!?」

「サイクロプスなんか、A級じゃないと無理だぞ!」


 前線のあちこちから、絶望に近い声が漏れた。

 エストファーネを中心に辛うじて保たれていた士気が、急激に冷えていく。


(まずいな)


 アルドは核から視線を切った。

 解析を続けるか、サイクロプスを止めに行くか──判断を迫られる場面だ。

 今ここで前線が崩壊すれば、そもそも核に近づくための足場が消えてしまう。封印を書き換えるどころではなくなるだろう。


(一度、サイクロプスを仕留めるか)


 そう結論しかけた時だった──隣で、空気の匂いが変わった。

 ばち、ばち、と乾いた音がする。

 アルドの頬を、微かな静電気が撫でた。視線を横に向けると、エリシャの髪がふわりと浮き上がり、その全身を青白い光が包み始めていた。


「……エリシャ?」


 弟子の魔力が、極限まで高められていた。

 先ほどまで多重結界や援護射撃に回していた魔力の流れが、一点に収束しつつあった。


「先生は、解析を続けてください。……私が、仕留めますから」


 エリシャは淡々と言った。

 その言葉から感じるのは、完全なる自信。サイクロプスを目の当たりにしても、全く引く様子はなかった。

 (いかずち)魔法を使う気だ。それも、中途半端な雷ではない。


(まさか……()()を撃つ気か)


 アルドが声をかけるより早く、別の声が戦場に飛んだ。


「魔導師殿が魔法を放つ! 退けッ!」


 土煙の向こうから、エストファーネの張りのある声が響いた。

 さきほど吹き飛ばされたはずの彼女が、いつの間にか身体を起こし、盾を杖代わりに立ち上がっている。その姿を見た前衛たちが、一瞬だけ安堵の息を漏らした。


「全員、後退! 範囲から出ろ!」


 女騎士の号令に従い、冒険者たちが一斉に後ろへ跳ね退く。

 サイクロプスの足元が、ぽっかりと空いた。

 エリシャはその様子を横目で確認し、小さく息を整えた。

 視線の先には、一つ目の巨人。巨腕を振り上げ、再度前進しようとしていた。


「……ありがとうございます、エストファーネさん」


 エリシャはエストファーネの方へほんの一瞬だけ笑みを向けた。

 そして、空に向かって両手を掲げ──唱を詠む。


「天に座す神よ、その怒りを解き放ちたまえ。罪深き者に、裁きの雷を! ──〈神罰雷霆(ディヴァイン・サンダ)〉!!」


 圧縮詠唱ではない。ごく一部の上級魔導師しか扱えないとされる究極魔法。その完全詠唱が、戦場の空気を震わせた。

 次の瞬間、世界の色が変わった。

 空が裂ける。

 青白い閃光が、雲ひとつないはずの空の一点から、まっすぐに地上へと降り注いだ。

 音が、遅れてやってきた。

 耳をつんざくような雷鳴。鼓膜を越えて、骨に直接響く衝撃。空気そのものが焼けた匂いが一帯を満たす。

 雷は、サイクロプスの頭頂へ吸い込まれるように落ちた。一つ目の巨人の巨体を、青白い光の筋が何十本も貫く。皮膚が一瞬で炭化し、筋肉が裂け、骨が爆ぜた。

 抵抗は、ほとんどなかった。いや、雷光が収束した時、そこに()()()()()()()()()()()は存在していなかったのだ。

 残っていたのは、ガラス状に溶けた土と、黒く焦げた影だけだ。


「なんだ今のは!? 初めて見たぞ、あんな魔法!」

「弟子の娘がやったのか……?」

「や、やべえ……あれが弟子なら師匠はどんだけ凄いんだ」


 冒険者たちの喉から、驚愕と歓声が入り混じった声が漏れる。

 恐怖で縮こまっていた背筋が、一斉に伸びたのがわかる。


「いける……!」

「まだだ! 押し返せるぞ!」

「俺たちには魔導師の師弟がついてる! いくぞおおおおお!」


 士気が、目に見えて持ち直した。

 サイクロプスという象徴を一撃で吹き飛ばしたことで、戦場全体に勝機の匂いが戻ってきていた。


(全く。持っていくじゃないか)


 アルドは、弟子の背中を見つめながら、内心で嘆息した。

神罰雷霆(ディヴァイン・サンダ)〉──学院の門前で、エリシャがアルドに放った魔法だ。あの時と違うのは、彼女が今、全力でその魔法を放ったということ。それでいて、味方を巻き込まずに撃ち抜いている。この短期間で見事なまでに成長していた。

 だが、戦いは終わっていない。

 サイクロプスが消えたことで、一時的に魔獣の勢いは削がれたが、核から吹き出す魔力の柱は、むしろ激しさを増している。先ほどの雷撃が刺激になったのか、封印核の脈動がさらに荒くなっていた。


「エリシャ、よくやったぞ」


 アルドは短く声をかける。


「今ので、周囲の上位個体は片づいた。あとは核だ。ここからは──」

「はい、わかってます!」


 エリシャは、荒い呼吸を整えながらも、しっかりと頷いた。

 雷撃の余波で頬が赤く染まり、額には汗が滲んでいる。それでも、その瞳はまっすぐ核を見据えていた。


「サポートは私に任せてください。先生は、例の()()()()を」

「……頼りにしている」


 短い言葉を返し、アルドは再び核へと意識を向けた。

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