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8話

 胸くその悪い幻を見た。


 老兵がふと夢から覚めてかぶりを振れば、あたり一面の景色が一変していた。



 ――それは雪の降り積もる、ただの荒野。



 季節外れの寒波に見舞われたその中心部には、なんの変哲もない子供の死体と――

 たくさんの、服装から見て男だろうと思しき、ひからびた死体が転がっていた。



「……」



 寒さのせいか、あるいはあまりに衝撃的な光景を目撃したせいか、死臭を感じることはなかった。

 どうやら上にある死体ほど新しいものらしい。

 基底部を構成する死者たちは白骨化しているものも多かったけれど、上部に積み上がった死体は、誰もかれも、満足げな、幸福そうな顔をしていた。


 おそらく、都市伝説にかどわかされた男たち。

 ……いや、よくよく見れば、鎧をまとった女もそこには存在する。

 見覚えのあるような、ないような彼女たちもまた、満ち足りた幸福そうな顔をして事切れていた。



「化け物の正体か」



 幸せそうな死者たちの中央で横たわる、子供。

 おなかのふくらんだ、まだ幼い女の子。


 幸福そうな人たちの中で、その子供だけが、無表情だった。


 笑うことを許されなかった少女。



「……いや、幻だろう。ともかく――本隊に報告に戻らなければ」



 侵攻予定だった街そのものが消え去って、部隊もさぞかし混乱していることだろう。

 老兵は――かつて英雄を志していた彼は見事に化け物を倒したのだ。

 そのことを高らかに宣言しなければならない。


 誰にだって、幸福になる権利はあるのだ。

 彼にだって。

 もちろん、ここで横たわるたくさんの『都市伝説』の被害者にだって――


 ただ一人。

 幸せになれなかった、『都市伝説』となった少女にだって。



「仕事をこなしただけだ」



 そうつぶやいて、老兵は暗くなりそうな考えを振り払うことにした。

 ……なに、どれほどのことだって、すぐに忘れるだろう。


『仕事だから』というのは、万能の言い訳だ。


 罪の意識を感じても、後悔の念を覚えても、きっとそのうち、都合の悪いことは『仕事だから』という蓋をかぶせて忘れ去ることができる。


 ただ、今は、無性に酒を呑みたい。


 ……しんしんと、あたりに季節外れの雪が降り積もっているからだろう。


 この寒さを忘れるのは、しばらく時間がかかりそうだった。





 テストケースの終了を確認。

 このたびの『転生者vs世界』は世界側の勝利。

 終了しなかった世界を続行します。

 新たなる転生者を送りこみますか?



「あちゃあ……彼女の執着を読み間違えたなあ。そっかー、そうだよねー。男がメインだよなあ。もっと早く女性も減らせていれば結果は変わったかもしれなかったね……でも、最後に勝ったのが男性っていうあたり、そこじゃないか。……うん、なるほど。誘惑するだけでは勝てないヒトもいるっていうことが敗因だね」



 レアケース――転生者としては、という注釈がつくが――を送りこんでみて、その反応を観測し終えて、そんな言葉をこぼす。

 その人物の目的を思えば、今回は『失敗』と言える結果に終わった。


 もっとも、たった一人で、たった一つの力だけで、しかも同じ場所からずっと動かないまま、世界を滅ぼしかけたのだ。

 テストケースとしては上々――次に活かせる結果だったとは言えるだろう。



「やっぱり総合的に能力を発揮できる、なんの変哲もない、平和に生きてきた、それでいて抑圧されたモノを持っているニンゲンが強いんだろうなあ。みんなきちんと考えてやってるんだなあ……生前に強い執着を抱いていたヒトは、どうにも柔軟性がなくていけない。……まあ、そこが面白いんだけれど」



 方向性は最初から間違えている。

『転生者に選ばれそうもないモノを用いる』のは、あくまでもその存在固有の趣味だ。


 すでに成功しているケースを参考にし、研究を重ね、ノウハウを盗んで行う方が絶対に早い。

 それでもその存在は、



「次はもっと空虚なヒトを連れて行こう。全部を飲み込んで飽き足らない、でっかい穴を持ったヒトがいい。全部吸い尽くせるような強い力を与えられる器がいい。……幸せはもっと強引に求めないとね。彼女はちょっと、遠慮がちだった」



 繰り返す。

 ニンゲンはあまりにも多く、世界もそれ以上に多い。



「次は誰の願いを叶えよう。……次のヒトも幸せになってくれるといいな」



 それは救済の意思を原動力に、善行を成すモノだ。


 その存在は自分の行いが幸福を産み出すものだと信じて疑わないが――



 ――さて。

 ――救われた者は、いたのか、いないのか。

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