第73話 元凶の元凶顕わる
お待たせ致しましたー
やけにあっさり終わるかと思えば、『そうは問屋が卸さない』などという迷言とやらを思い出したのだが。不知火はとある魂魄の反応を察知し、跡地の捜索をしていた浅葱ら心霊課を含める現世の人間の分霊体へ結界を施した。
指で鳴らした術式だったので、簡素なものでしかないが一時凌ぎにはなるだろう。そして次の読みを講じていたのにも関わらず、向こうは何もしてこなかった。その疑問が脳内を巡っても振り返ることが出来ないでいた。かつて、対峙したときの畏怖の邪念が流れてこない。
今、不知火の前にて『子ども』を死に導いたのは間違いなく不知火であるのに。相手は何もしないのがおかしいのだ。不知火を『流れ人』『素材』に仕立て上げた張本人のはずなのに。いずれはその魂魄を探し当てた上で、不知火の手で破壊してそのまま死ぬつもりでいた根源そのもののはずが。
『静寂』。
それしか言いようがないくらい、静かで凪いだ清浄な念しか肌にも感じ取れない。先に目にしているらしい浅葱の顔を見ても、呆然としているだけだ。相手が異質であるのは理解しているのに、『存在自体』が理解不明な状態なのか。
(……ままよ)
不知火が数分でも無事でいるのが奇跡に近いのに。今まで無関係の人間たちの分霊体すら無事であるのなら、何か事情が違うのだろうか。億年に近い年月の末に、復活すら望んでいたはずの『女』がどうなったのか。姿を目にするのも、本来は忌避したいものだけれど。今回はそうはいかない。柘榴らを黄泉返り出来るのは閻魔大王を除けば、不知火しかいないのだ。菅公の一端を取り込んでいる夜光では能力が門外漢だ。
勢いで振り向けば、目にしたところ『女』はいた。姿が予想外過ぎる形態ではあったが。
【……久しいわね】
声音は、ほとんど変わりないと思っていたのだが。異質は異質。姿のせいも相まって似合わないのだが。
「な……んや、それ?」
憎むべき、『母』に似た存在そのものは。何故か、黒い毛むくじゃらになっていた。夜光と種類は違うものの、『犬』の姿に変わりない。器が無いにしても、魂魄の形態がそれなのはどういうことなのか理解不能だ。
思考回路が整わずに、不知火も呆然する理由がこれではっきりした。『無力化』にしても、堕神への転身を計画されていた魂魄の成れの果てにしては何があったのだろう。それしか浮かばなかった。
【改心……というか、取引していたの】
あの子、と。
前足を動かしたあとに、ふんわりと青い球体が出てきた。その中には、夜光の狗の姿が閉じ込められているではないか。ということは、この事態を導いたのはあの犬当人。
騙された、とショックを受けたが。不知火を欺く仕業をしても、刻牙を崩壊させたかった。そして、この女をなんとかしたかった。なんだかんで、夜光を拾い上げたのはこの女だったから。引き抜いたのは不知火であっても。恩人に等しい女の末路を害悪にはしたくなかったのだろう。当時の女の性格からすれば、ただの気まぐれだろうが。
「ったく! とんだドッキリ用意しとったんは夜光かいな~」
これでは殺す価値もない。取引が成立しているのなら介入する余地が一切ないのだ。女自身の在り方すら、ここまで激変させているのならば。不知火の固執とやらは綺麗に昇華していく。
結局、不知火の固執は『無駄足』に終わっても気分が良かった。柘榴に出会わずに夜光のこれを知れば、無造作にまだ手にしたままの爆弾にした石で問答無用に殺戮行為に走っていただろうに。
あの孫に出会た時点で、それも夜光の計画の一部だったのか。実に、後味の悪くない終わり方だ。鮮やか過ぎて、かえって感心してしまうほど。笑いが込み上げてきて、腹を抱えて笑い転げてしまったが。女は咎めもしないし、攻撃もしてこない。
浅葱らの反応は見えないためにわからないが、多分ぽかんとしてるだろう。であれば、ここはひとつ。
【あたしが応じたのは……今底に堕ちたあの子を止めるためだったのよ】
語り出しはそれだったが、今はそれを聞くべきではない。この拠点をどうするか、まずはそれを問うまで。紅霊石で創り上げた爆弾を差し向けても、特に動じていなかったため。
無理矢理正気に戻した浅葱らに指示を出し、まずはこの拠点を破壊する展開を進めていく。女は浅葱が結界で捕縛しても微動だにせずに大人しくしているのは少し不気味だったが。
次回はまた明日〜




