031 同棲?
2月も半ばが過ぎた。
世間ではそろそろ大学入学試験が始まるころだ。
玲央先輩もしれっと受験生のフリをしている。
なぜ家でバレないのか聞いてみたが「実際のところ、お金以外、関心がないのさ」とにべもない。
動画の収益化だが、チャンネルの登録者数はすでに条件を達成していて、あとは総再生時間がクリアすればよいだけだった。
そして本日未明、晴れてクリアとなったのだ。
「収益化の申請をしたでござる。審査があるので、一ヶ月くらいはかかると思うでござる」
「分かりました。許可が下りるといいですね」
許可が下りないと、戦略を練り直す必要があるのだ。
「怪しげな詐欺チャンネルと思われて、弾かれたらどうしよう」
「他のCG動画系サイトでも問題なく下りているので、大丈夫だと思うでござる」
茂助先輩からは、頼もしいんだか、頼もしくないんだか分からないコメントをいただいた。
茂助先輩が編集した動画はまだまだストックがあるので、音声なしの動画をこのまま発表し続ける感じだ。
すでに注目しはじめている人もいるそうで、ゲーム会社から問い合わせがポツポツ来ているらしい。
「ゲーム会社ですか」
「安価でモデリングをしてほしいみたいでござる」
「なんというか、また……」
「むろん、断ったでござる」
問い合わせに関しては、「いまのところ、仕事受注、情報公開、インタビュー、コラボする予定はありません」と返信している。
「そういえば、この『低評価』って何ですか? わざわざ見に来て、そういうのを押すんですか?」
「内容がタイトルやサムネイルからかけ離れていたとか、あまりにつまらない場合に押す人がいるでござる」
「タイトル詐欺だと低評価を押されるんですか」
「そうでござる。他にも嘘の内容があったり、あからさまな小遣い稼ぎの動画にも低評価が多いようでござる」
「あれ? うちの動画はそのどれにも当たらないですよね」
「情報公開しないので、不親切だと怒っている人たちがいるでござる」
一時期、そういった声でコメントが荒れたらしい。
「すべて手に入れないと気がすまない人たちですか。厄介ですね」
「そういう飢餓感を煽る戦略でもあるので、一部の低評価は気にしないでいいと思うでござる」
茂助先輩の言う通り、どの動画にも一定数……だいたい40から50くらいの低評価がついていた。
動画の方は、初期からいる人が「なんかおかしくない?」と言いだしてきたらしい。
CGの専門家だからこそ、「おかしい」と思えるのだろう。
俺たちのレベルも12に上がり、そろそろ3人では厳しいなと思い始めた頃、それはおこった。
「しばらく茂助くんの家にやっかいになることにした」
玲央先輩の口から衝撃の一言が飛び出したのだ。
「えっと……同棲ですか?」
「「違う」」
違うらしい。
玲央先輩が医学部を受験しなかったことが、家族にバレたのだ。
「あれ? 合格発表はまだですよね」
先輩は願書を取り寄せ、出願し、受験番号を得ていた。
試験当日も早朝から家を出たので、バレたとは考えにくい。
「試験に落ちた。これからは別の道を行く……と家族には言う予定だったのだがな」
医者には医者の繋がりがあるらしく、受験番号から当日受験していないのが即行でバレたらしい。
横の繋がりとは盲点だったと、先輩は悪びれていない。
というか、受験していないのがバレるのか。すごいな、医者の横繋がり。
「家にいるとうるさいので、ホテル暮らしをしようと思ったが、せっかくだから泊めさせてもらうことにした」
どのへんがせっかくなのか分からないが、そういうことになったらしい。
「拙者は一人暮らしなので、構わないでござる」
ちなみに双方とも「恋愛感情はない」と口を揃えて言っていたので、まあ本当だろう。
「なに、あと10日ほどで卒業式だ。それまで家族と顔を合わせなければ、なんとかなるさ」
一応、毎日連絡さえしておけば、鬼参家の体面もあり、ことを荒立てたりはしないだろうとのこと。
「それ、家出ですよね」
「そうなるのか……まあ、否定はしない」
玲央先輩が家出。
まさか卒業式を直前に控えて、そんなことになるとは思わなかった。
ちなみに先輩が言った「せっかくなので」という意味だが、あとで判明した。
せっかくなので、女子力の高い茂助先輩に、家事などを教えてもらうのだそうな。
いいのか、それで。
レベル12になった俺たちは、A4ダンジョンとA5ダンジョンを中心に探索を続けている。
さすがにA5ダンジョンともなると、落ちる魔石の数も増え、1回の探索で20個から30個くらいは得られるようになってきた。
異世界だとこれで1万円ほどの稼ぎなので、専業探索者への道はなんと遠いことか。
ダンジョン探索をはじめて半年の成果としては、上々かもしれないが、「あっちの世界だと、ようやく半人前かね」と言われてヘコんだ。
そして! ようやく宝箱からスキルオーブが出た。
「いやぁっほぉ!」
勇三が飛び跳ねて喜んでいた。硬球よりやや小さい、淡い色の珠だ。
握ると〈砕弓☆1〉と脳内に言葉が浮かんだ。
「弓のスキルですね」
「残念だが、お蔵入りかな。私たちの中で、弓を使う者はいないからな」
「新しいメンバーの中に入るかもしれませんね」
「新しいメンバーか。はやく欲しいものだな」
祖母に見せると「『砕』シリーズだね。弓は射程が長いから、フィールドで効果を発揮するよ」と言われた。
持っていると、戦争で活躍できるらしい。
もちろんこの世界では、弓で戦争することはない。
フィールドに魔物はいないのだから、使い道はなさそうである。
「これも倉庫行きか」
そのうち倉庫が溢れるんじゃなかろうか。




