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 顔が焼かれている。腕に電気ショックを感じ、目を開けていられないほどの頭痛がする。肩に銃弾が突き刺さり、身体は真空に吸い込まれビルに突っ込んでいく。


 ありとあらゆる恐怖と痛みと光景と臭いが、同時に襲ってくるかのようだった。心拍数は異常なほどに高くなり、息が苦しくなってくる。


「イルカ!」


 叫んだが、目の前には二体の立体映像が現れていた。


 一つは普段通り、娘の姿をしたコンシェルジュ。


 そしてもう一つは、マックスとよく似た女性の姿だった。しかし地面に転がり呻いている彼女自身よりは数段若く、痩せていて、美人だった。


『何が?』二つの立体映像は、同期したように言った。『混信――プロトコルソケットをリセット――現象変わらず。どういうこと? やめろ!』


「やめろ!」


 二体のコンシェルジュと同時に叫んだのは、諸冨だった。そして久我も見た。薄暗い実験室の中、ベッドに拘束された久我を見下ろす、白髪の老人を。


『やれ』


 老人が呟くと、恐怖に顔を硬直させた男が近づいてくる。手にしたスタンガンからは電撃が飛び、久我の脇腹に突き刺さった。


 筋肉を痙攣させる痛みに、マックス、そして赤星も呻いた。


 混信。そうか、これは混信だ。


 久我は事態を悟り、何とか全ての痛みを忘れようとしながら言った。


「おまえら落ち着け、余計な事は考えるな!」


 しかし次の瞬間、久我は豪華な執務室の中にいた。机の向こうには厳つい老人が腰掛けており、その脇には室井が控えている。


 この二人が揃ってお嬢様を呼び出すなんて、何かが起きたに違いない。


 しかし、一体何が? 保守派と進歩派は手打ちをしたのか?


 思いながら脇を見ると、彼女は相変わらずの調子で言い放った。


「何の用? あたしも忙しいんだけど」


 印南会長はしばし無言のまま沙織を見つめ、次いで脇の室井を見上げた。それを受けた彼は、相変わらずの胡散臭い笑みを浮かべながら言った。


「お嬢様には、最上組を救ってもらいたいのです」


「――何の話? あんたらの喧嘩のこと? ちょっと止めてよ、あたしには関係ない」


「そうもいきません。分裂しかけた組織を再びまとめるには、私が会長に頭を下げるだけでは済まないんです。何か象徴が必要だ。私たちの言い分も聞くと会長が認めたということを、皆に保障する何かが」


 沙織は怪訝に眉をひそめ、室井に尋ねた。


「わかんない。好きにすれば? 言ったように、あたしにはあんたらの喧嘩なんて、何の関係も――」


「関係あるんです。お嬢様は私と、結婚して戴く」


 久我は耳を疑った。


 政略結婚? 今時本当に、そんなことが? しかし効果的といえば効果的だ。会長の一人娘と室井が結婚するとなれば、誰もこれ以上分裂を加速させる行動を正当化出来なくなる。劣勢だった保守派は表向き主導権を握ったままで、当面は権力を保持できるし逆転の機会もある。一方で進歩派は将来の権限委譲を約束されたようなものだし、沙織の人質としての価値も計り知れない。


 だがそんな事を、このお嬢様が認めるはずが――


 そう久我が沙織に目を向けた瞬間、銃声が響いた。


 唐突すぎて理解出来ない状況に、久我は叫び声を上げる。和するように諸冨も叫び、赤星はマックスに飛びかかった。


「お嬢さん、何てことを!」


「どけ赤星! そいつも殺さなきゃ、何も終わらない! 私は永遠に自由になれないんだ!」


「落ち着け! 何も考えるな!」


 久我は叫ぶ。二人は我に返ったように身を震わせたが、すぐにまた別の様々なイメージが襲ってきて集中できない。


 次に現れたのは、暗闇だった。時折閃光が走り、その瞬間だけ自分の立っている場所がわかる。灰と鉱滓に覆われた荒れ地だった。鼻孔には鉄の焼ける特有の焦げ臭さが漂ってきて、ブーツの底越しからもささくれ立った地表が感じられる。


 目を細めると、遠くに半透明のドームに覆われた何かが見えた。全てが死に絶えた場にあって、そこだけが色彩を持っている。他に手もなくそちらに足を向けようとしたが、いつの間にかブーツの足首までが鉱滓の中に埋まっていた。引き抜こうとしてもびくともしない。焦っている間にバランスを崩し、鉱滓の上に手を突いてしまう。尖った金属に手のひらを貫かれ、久我は絶叫する。更に異常が続いた。手の甲から出ている金属は刻々と歪み、右手に埋め込まれているウェアラブル・デバイスと融合していく。浸食は徐々に進み、久我は鉱滓の地に飲み込まれていった。


 身体中が圧迫され、息も出来ず、失神する、と思った瞬間、ようやく久我は我に返っていた。これでは頭がどうにかなってしまう。


 辛うじて室井の姿を探す。彼は椅子を倒して砂利の上を這い、偶然手にした金属片を使って縛めを切り、顔面に貼られた粘着テープを剥がそうとしていた。


 駄目だ、逃がせない。


 それだけは、全員の一致した意志だった。しかし次の一手が混乱をもたらした。


「赤星、やれ!」


 喘ぎながら叫ぶマックス。片膝を突いて立ち上がろうとしながら、右手を室井に向ける赤星。一方の久我はシールドを展開し、赤星が照射するだろうプラズマを防ごうとした。


「イルカ! シールド最大だ!」


『了解』


 応じたのは、久我と赤星、両方のコンシェルジュだった。


 久我の右手からは、攻撃とも防御ともいえない中途半端なプラズマが迸る。一方の赤星の右手から発したプラズマは、瞬く間に巨大になり、それを室井に投げかけようとする磁力、展開し広げようとする磁力が反発しあい、青白い光の球は歪み、押しつぶされ、最後には赤星の身体ごとはじけ飛んだ。

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