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フェリシアは種族:人間の魔獣使いであった。使役するモンスターはパワーゴーレム。ラース竜洞窟にて、比較的多く見かけることができるモンスターだ。テイムも容易であり、竜洞窟自体、装備をきちんと整えれば低レベル帯でも進入は可能なフィールドなので、魔獣使いを始める上でのパートナーとして密かに推奨されている。わかりやすいパワー偏重タイプのモンスターで、なおかつ性格が従順であるというのも理由に挙げられた。
不遇職である魔獣使いに関しては、マツナガの運営する攻略・検証ウィキにおいても必要最低限の情報しか載せられていない。代わりに、熱心な不遇職マニアが情報を共有しあう〝テイマーズギルド〟なんてウィキがあったりして、キングキリヒトも戯れにページを覗いたりすることはある。不遇とはすなわちロマンだ。見ていて面白そうだなと思ったことは、何度かある。
「あたしも大変だったんだよ」
フェリシアはかつての苦労をそう語る。
想像に漏れずオンラインゲーム初心者であったフェリシアは、ゲーム開始当初右も左もわからなかった。NPCとPCの区別がつかず不毛な会話を繰り返したり、外に飛び出してモンスターを仲間にしようと思ってはやり方がわからず何度も殺されたり、初心者を食い物にしようとする悪辣なベテランゲーマーに初心者救済用の高性能な回復アイテムを持って行かれたり、よくもまぁ心が折れなかったものだと、キングは聞いていて感心する。
ようやく始まりの街でクエストを受注し、モンスターの使役と契約に必要なテイムステッキを入手した頃には、フェリシアがナロファンを開始してから二ヶ月近くが経過していた。
テイムステッキを入手してからがまた大変だ。魔獣使いといえど、最初からモンスターがお供についているわけではない。こちらからフィールドに出向いて契約を結ぶ必要がある。
この時、フェリシアはかろうじて幸運であった。始まりの街で野良ギルドを組もうとしていたプレイヤーに声をかけられたのである。中にひとり、ゲーム事情にそこそこ詳しいプレイヤーがいて、フェリシアにいろいろなアドバイスをしてくれた。野良ギルドの目的地がラース竜洞窟であったのも幸いした。仲間たちから、初心者にはラース竜洞窟のパワーゴーレムがオススメらしいという話を聞き、フェリシアは最初のパートナーを決めた。
本当はもっと可愛くてふわふわしたのがよかったのだが、ここで贅沢も言っていられない。フェリシアはその後、見事にパワーゴーレムと契約を結び、ゴボウという名前をつけた。ゴボウは名前に見合わぬほどたくましく成長し、いつしかフェリシアも愛着が沸くようになった。
が、当初の目的であった人探しの方は、一向に進展しなかった。
「グラスゴバラについたら、いろんな人とフレンドになってみるのがいいんじゃない」
「フレンド?」
「ゲーム内の知り合いを登録する機能。人づてにいろんな話が聞けるかもしれないでしょ」
「あー、そっか。キリヒトはフレンド何人いるの?」
「ゼロだけど」
キングの答えに、フェリシアは何とも言えない味わい深い顔つきとなった。
「あたしが……最初のフレンドになってあげようか……?」
「いや、いらないし……」
今更特定の誰かとフレンドになるのは非常に面倒くさい。居場所やログイン状況も把握されることがあるし、キングは基本的にひとりでゲームをプレイしたいのだ。この辺はまったく変わっていない。
そうこうしているうちに、グラスゴバラの町並みが見えてきた。そこかしこから錬鉄の煙がのぼる。第二の〝始まりの街〟とも呼ばれ、主に中級者の活動拠点となるこの街は、やはり訪れるごとに顔ぶれが変化する。ここを動かないのは生産職プレイヤーくらいのものだ。彼らは、アイテムの流通がよく生産職向けのイベントが発生しやすいこの街にハウスを購入し、根を下ろす。
キングがフェリシアを連れて最初に訪れたのは、そうした生産職プレイヤーの総本山〝アキハバラ鍛造組〟であった。メインストリートに面した彼らのギルドハウスは〝グラスゴバラUDXビル〟などと呼ばれている。
キングキリヒトがもっとも大暴れした去年の夏に比べ、その顔と名前を知るものはグラスゴバラには少なくなったが、それでもフェリシアを連れて歩く彼を興味深そうに眺めるプレイヤーが時折いるのには、キングもいささかばかりの居心地の悪さを感じた。
「キリヒト、ここは?」
「装備つか作って売ってるギルド。フェリシアさんってお金どんくらいある?」
「実はあんまり……」
「そっか」
そっか、と言いつつ、キングは遠慮せずにドアを開けて中に入る。フェリシアは慌ててそれを追いかけた。
「よぅキング。珍しいな。彼女連れか?」
「親方かエドワードさんいる?」
装備が展示してあるロビーは、思っていたよりも人入りが少ない。おそらく、ここの利用者の大半を占めるであろうトップ層は、既に装備を整えて最前線に乗り込んでいる最中なのだろう。
受付に座る男は、メニューウィンドウを開いて誰かにメッセージを送っている。その後、奥の製鉄所から、フルプレートメイルに身を包んだマシンナーの男が顔を出した。表情に乏しい種族補正を差し置いても、以前からむすっとした表情の目立つ男ではあったのだが、それでも最近は割と丸くなったように思う。
一時期、仕事の関係で長期ログインできない時間が続き、相対的に鍛冶レベルの落ちたエドワードだが、それでもキングは充分彼を信頼していた。基本的に、キングの持ち寄る武器や防具は、エドワードあるいはこのギルドのリーダーである通称〝親方〟にしか託さない。
「キリヒトか。どうした」
「いやさ、」
キングキリヒトは、背後で店内を物珍しそうに見回すフェリシアを見た。
「この子の装備を見繕ってやってほしいんだけど」
「えっ」
フェリシアは、まさかここで自分の名前を出されるとは思わなかったのか、驚いたように目を見開く。エドワードはさして意外に思った様子もなく『ふーん』とだけ声を漏らした。
「あたし、お金ないよ?」
「いいよ。オレが余ってるから」
「キリヒトは昔からたまーに初心者連れてきてはお節介焼くことがあったな」
エドワードはのそっとした仕草でロビーに足を踏み入れ、フェリシアのことをじっと眺める。
「あの……」
「武器は獣操剣。短剣型のテイムステッキだな。防具は全体的に軽装でレベル制限も低い。魔獣使い/盗賊でレベルは40を超えたあたりか?」
「えっ、なにそれキモい……」
「き、キモ……?」
マシンナーの表情が露骨に曇るのがわかった。確かにエドワードの観察眼は正確でキモい。キングキリヒトも以前から思っていたことなので、そこは大いに頷いた。
「とにかくエドワードさん、あとは任せた」
「あ、ああ……」
キングはそれだけ言って鍛造組のギルドハウスを出る。正直なところ、グラスゴバラに他の用事はなかったのだが、他人の装備決めに付き合うのは退屈である。もちろん、支払いがある以上、この街を離れるわけにもいかない。
どうしようかな。
メインストリートで視界をぐるりと一周させたキングの目に入ったのは、グラスゴバラUDXビルの真向かいに建つ、こじゃれた洋館風の建造物だった。こちらも、とある生産職ギルドのギルドハウスである。アイリスブランドも、キングキリヒトとはそれなりに縁深いギルドだった。
入ってみるか、と思ったのは気まぐれである。キングはそのままメインストリートを横切って、たいそう豪奢なギルドハウスの入口に手をかけた。重みのある音が響いて、扉がゆったりと開く。
『いらっしゃいませー! ようこそアイリスブランドへー』
キングを出迎えたのは、5人のギルドメンバーの見事な唱和であった。思わずたじろぐ。
「なんだ、キングじゃない。どうかしたの?」
「いや、通りがかったから寄っただけだけど……。いまのなに?」
「うちのギルドは愛想が足りないんじゃないかって思ってやってみたんだけど……」
ギルドリーダーが邪神だのなんだのと言われて久しいギルドに愛嬌を求める人間はいないように思うのだが。
ともあれ、ギルドハウスの中には5人いた。アイリス、キルシュヴァッサー、ヨザクラ、オトギリ、ネムである。実はキング自身、彼らとそこまで交流があるわけではない。キングが縁深かったのは、かつてこのギルドに所属していた男ひとりなのだ。
「そういえば僕、キングキリヒトを間近で見るのはこれが初めてな気がするなァ」
「わたくしは何度かありますけど、お話をしたことはありませんわ」
オトギリとネムがうずうずした様子でこちらに視線を向けているが、それにとり合えるほど器用なキングではない。
「お茶をいれましょうかな」
「あ、どうも」
キルシュヴァッサーの言葉に対しても、曖昧に頷くしかない。基本的に対人会話は苦手だ。
キングは、やたらと広く作られたギルドハウスのロビーを物色することにした。デザイナーを二人も抱えているだけあって、現実世界のアパレルと比べても遜色のないファッション装備並んでいる。マネキンを使ったコーディネート例には、一式の値段と能力値修正、スキルスロットとアイテムアビリティなどが記載されていた。
「これは?」
途中、キングはふと足を止め、ショーケースを指さした。
中に並んでいるのは小物、アクセサリー類である。こうしたものは装備アイテムの中でも基本的にオマケ扱いだ。修正値やスキルスロットも微々たるもので、稀に強力なアイテムアビリティを有するものが人気を集める。装備枠を圧迫しないものの、基本的にはオシャレ以上の効果を持つものはほとんどない。
いずれも個性的なデザインのものばかりだったので、ちょっと気になった。
「あー、それね……」
アイリスは珍しくはにかんだ笑顔を見せ、頬を掻く。
「ちょっと初心に帰ろうってことでね? 最近はアクセ系に力を入れるようになったの。あたしやネムさんだけじゃなくて、みんなでデザインしたりね」
なるほど。子供の工作みたいなものの中に、時折驚く程洗練されたデザインのものが並んでいるのはそういった理屈か。そして、そのどっちともつかない、まぁいいデザインではあるけどところどころ雑じゃないの、って思ってしまいそうなアクセサリーが、アイリスのデザインであるとわかる。
「この、ネコだかタヌキだかよくわかんないようなやつは……何?」
「それは私がデザインしたサクラッコというゆるキャラです」
キルシュヴァッサーがティーカップを差し出しながら重々しく頷いた。これラッコなのか。
「そして、その横にある小さいものが、私のデザインしたヨザクラッコです」
ヨザクラがさらにどうでもいい状況を追伸する。
「それが、何か?」
「いや、うん。いいんじゃね……?」
まぁ、適度に可愛いと思うし。適度にキモくもあるけれど。サクラッコとヨザクラッコはブローチになっていた。『装備表示部位は右胸になります』という注釈がついている。結局はこれらも装備アイテムであるので、そのあたりの融通は効かないのだろう。
「ところでキングは、最前線には向かわれないのですかな」
「ああ、古塔と遺跡かなんかだっけ」
「そう、そのかなんかです。ヴァルヴュイッシュ遺跡群でしたかな。次のグランドクエストはあそこだろうと、みな言っておりますが」
「まぁ、このあと行くつもりだけどさ」
キングはティーカップに口をつけて言う。
「それより、なんか強いプレイヤーについての情報とかない?」
結局、キングの興味はそこに集約される。味気ないCPU戦よりも、血と心が通ったプレイヤーと駆け引きに興じるのが好きだ。そして、戦って勝つのが好きだ。多少、ゲームへの依存が薄れたからと言って、ここばかりは変わらない。
キルシュヴァッサーはポットを片手に持ったまま、しばし思案する。しかし回答は味気ないものだった。
「特にいまのところは。強いて言うなら黒衣の剣士ですか」
「なにそれ」
「たまーに目撃される凄腕っぽい戦士です。ただ、出現時によって実力にムラがありましてな。キングのおメガネに叶うかはわかりませんな」
「ふーん」
マツナガからの情報メモにはなかった話だ。彼が意図的に情報を遮断してくるというのは珍しい。聞けば教えてはくれるのだろうが、それはそれで、あまり面白くないような気もする。
「その遺跡群に行けばいるかな」
「どうでしょうか。出現場所についても明確な情報はありませんし」
「そーねー……」
アイリスは、なぜか遠い目を作りながら言った。
「まぁ剣士の戦闘などは動画サイトに上がっているので見てみるとよいのではないですかな」
「オレ、視聴用アプリダウンロードしてねーんだけど。あれ有料じゃん」
「あー……そうですな。じゃあ私ので見ます?」
「いや、それはいいや」
こうやって入ってきたはいいが、キングキリヒトは会話を繋ぐということがどうにも上手にできない。話が途切れると、キルシュヴァッサーのお茶で喉を潤しながらだんまりを決め込むしかなかった。
しばらく時間が経つ。そろそろいい時間か。キングは空のティーカップをキルシュヴァッサーに返し、礼を言った。そのままギルドハウスを出ればよかったのだが、ふとショーケースの中が気になって振り返ってしまう。しばらく悩んだ後、キングはこう言った。
「サクラッコとヨザクラッコのブローチ貰っていい?」
「いいけど、」
キルシュヴァッサーとヨザクラが無言で喜びの舞を踊る中、アイリスだけが何やら複雑そうな顔をしていた。
「ショーケースの中身が売れたの今回が初めてだわ」
「よかったじゃん」
「よかったんだけどね……。あたしのでもネムさんのでもなく……」
キングキリヒトは、胸にサクラッコとヨザクラッコのブローチを並べると、ちょっと上機嫌になってギルドハウスを出た。
活動報告もあとで見てねー




