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VRMMOをカネの力で無双する サブアカウント  作者: 鰤/牙
アイリス/邪悪なる意思
17/50

(10)

『かんぱーい!!』


 アイリスブランドのギルドハウス前では、祝勝会が開かれた。ギルドハウスというあたりが、実に各方面に対して喧嘩を売っている感丸出しであるが、どちらかといえば今回のイベントの収穫アイテムを通行人のみんなにも味わってもらいたいという心憎い配慮に拠るものである。

 アイリスはストロガノフを撃破したのちイベントボス・キノコ大魔王に単騎で挑み一撃で粉砕されたが、当のキノコ大魔王もその後駆けつけたキルシュヴァッサー、ヨザクラ、ネム、ユーリ、秘書山モヒカン、そしてエドワードの手によって無事に討伐された。アイリスがキノコに屈する様は筆舌に尽くし難いものがあり詳細は省くが、初日のボス討伐はアイリスブランドによって為され、彼らの本懐は遂げられた形だ。


 キノコ大魔王からドロップしたイベント限定アイテムは、当然のように食材アイテムである。『デリシャスマオウタケ』という、ネーミングセンスのカケラも感じられないようなそのレアアイテムの処遇に関して、『後で高騰するかもしれないからとっておこう』という提案も出たものの、最終的には『全部焼いて食べよう』ということで合意が為された。

 アイリスブランドのメンバーの《料理》スキルは、かろうじてヨザクラのそれが実用性に近いものであったが、網の上で食材を焼くくらいならば大層な《料理》レベルは必要ない。グラスゴバラにひっそりと流通していた醤油ポーションを買い占め、アイリスブランド主催のバーベキューが敢行された。


「ネムくん、知ってるかい? ベニテングダケに含まれる毒成分であるイボテン酸はグルタミン酸ソーダの約16倍の旨味成分があるんだ」

「その話何度なされば気が済むんですの?」


 戦力としてまるで役に立たかなったオトギリは、ネムに粘着しながらキノコの毒について熱く語っていた。


 デリシャスマオウタケは、その名の通り大変デリシャスである。ヨザクラは無表情のままキノコを串に刺しては網の上にくべる作業に熱中しており、他のメンバーや、通りがかりのスタッフは醤油ポーションの漂わせる芳醇な香りを味わいながら、デリシャスマオウタケに舌鼓を打っていた。


 しかし、アイリスブランドのリーダーであるところのアイリスは、今ここにはいない。


「アイはどこに行ったんですか?」

「さぁ。ただ、しばらくしたら戻ると言っていましたかな」


 ユーリの問いに、キルシュヴァッサーが答える。

 なお、キノコ以外の食材はユーリや他のプレイヤーによって持ち込まれていた。デリシャスマオウタケの次に人気が高いのはギルマンサンマで、巨大七輪の上で全長1メートルにも及ぶ巨大サンマがちりちりと焼かれている。


「アイの演説、すごかったらしいですね」


 キルシュヴァッサーの淹れたお茶で、秋の味覚の余韻を楽しみながら、ユーリはそんなことを言った。


「ユーリ殿はあの場にいらっしゃらなかったのでしたか。大したものでしたよ」


 キルシュヴァッサーも、しみじみと語る。


 あの場でアイリスがアンチクロスを散々にこき下ろし、赤き斜陽の騎士団レッドサンセット・ナイツに喧嘩を売り、挙句ストロガノフ本人と四人の分隊長を撃破してイベントボスをかっさらうという一連の出来事は、当然のようにマツナガのブログでセンセーショナルに報じられた。結局、美味しいところはすべてあの男に持って行かれたような気がしてならないが、まぁ、それを恨みがましく思う必要もあるまい。


 彼らがダラダラと会話を続けているとき、当のマツナガがグラスゴバラのメインストリートに姿をみせた。


「やぁやぁみなさん、ごきげんよう」

「どうも、マツナガ殿。食べて行かれますか?」

「いやぁ、忍者は人から出されたものは食べないからねぇ」

「取って付けたようなロールプレイはいつか破綻しますよ」


 ダークグリーンのコートに身を包んだ美形のエルフである。もっとも、このゲーム内において美形であることは何の個性にもならないが。ストロガノフやキルシュヴァッサーのような厳ついオッサンの方がまだ希少性が高い。

 ときおり忍者なのか新聞記者なのかよくわからなくなるこの男は、菓子折りと称してカイザーサーモンとエッグプラントモンスの実を持ってきた。どちらも今回のイベントクエストでのみ習得可能な限定アイテムだ。ヨザクラが無言で前に出てそれを受け取ると、神妙な面持ちで火にくべはじめる。


「アイリスさんは? いないんですね」

「ふらふらとどっか行っちゃいました」

「ふーん」


 マツナガは周囲をぐるりと見渡してから、ユーリの言葉に対しては気のない返事をした。


「いや、正直俺も、アイリスさんがあそこまでひっくり返してくれるとは思ってなかったんでね。正直驚いてるんですよ」

「見くびってらっしゃったんでしょう。アイリスのことを」


 からかうような刺を滲ませた老騎士の言葉に、マツナガは肩をすくめる。


「でも当分は退屈せずに済みそうなんでね。結構なことですよ」

「確かに、結構なことですが。マツナガ殿」


 キルシュヴァッサーは、網の上で美味しそうに色づきはじめたエッグプラントモンスの実をひっくり返す。


「人のやってることを待つだけではなく、たまにはご自分で動かれてみては? グランドクエストの時や、パチロー様事件の時のフットワークが、今のマツナガ殿にはあまり見られないようですが」

「おや、痛いところを突きますねぇ」

「時間の経過は人を丸くさせますからな。定期的に研いでおかないと鈍ります」

「参考にしときましょう」


 と、このようなことをキルシュヴァッサーが言ったのには理由がある。今回のダークキリヒトの一件で、いろいろと思い出したことがあるのだ。正確には、思い出す機会はもう少し前にあり、あまりにも〝彼女〟と似通ったダークキリヒトの姿を、連想させているだけなのかもしれないが。

 アンチクロスの装備一式はオーダーメイドでもなんでもない。彼らの仮面も、鎧も、そしてマントも、市販のものであったり、ドロップによる入手が可能であったりするものばかりだ。従って、『悪役』らしい姿を求めていった結果、あのような装いにたどり着くことは、ありえない話ではないのだが。


 もちろん、ダークキリヒト本人が〝彼女〟であるとは思えない。ただ、根っからのゲーマーであったあの女性が、このナローファンタジー・オンラインのことを知らないとも思えない。〝彼女〟はいま、何をしているのだろうか。


「ところで、アンチクロスって結局どうなったんですか?」


 物思いにふけるキルシュヴァッサーの隣で、ユーリがたずねる。


「ザ・キリヒツ(業務用)に吸収合併されましたよ。事実上の解散だね。まぁ、アイリスさんにあそこまで言われちゃあ、続けられないでしょう。彼らに〝コロスカクゴ〟とやらが生じない限りは」

「結構なことです。彼らの格好は、あまり好ましく思えませんでしたからな」


 キルシュヴァッサーが言い、マツナガも頷いた。


「それはそうと、キルシュヴァッサー卿」

「なんですかな」

「アイリスブランドの今後の方針はどうするんですかね。分類は生産ギルドのままみたいですが」

「それはアイリスが決めることですが、」


 キルシュヴァッサーは視線を移す。彼がサングラス越しに見つめる先には、山のように積まれた醤油ポーションが置かれていた。ゲーム内でも作成難易度が高く、比較的希少性の高いこの醤油ポーションだが、おそらくグラスゴバラに流通していたすべてのものが、現在ここにかき集められている。


「ポーションの流通を握るのも面白いかもしれませんな」

「完全にマフィアじゃないですか。そういうギルド方針なんですか」

「はっはっは」






 アイリスは、ランカスティオ霊森海に来ていた。


 別に、深い目的があったわけではない。いや、目的もなくフラフラ訪れたかといえばそういうことでもないのだが。アイリスは、先日ここで出会ったばかりの、黒衣の剣士を探しに来ていた。

 ダークキリヒトそっくりの装いではあったが、あの剣士がアンチクロスと直接関係があったとは、少し考えにくい。結局、名前も聞かなかったし、フレンド登録もしなかった。彼に会えるかどうかは、完全に博打ではあったのだが。


 結論から言うと、会えた。

 よくもまぁ好き好んでこんなフィールドに足を踏み込むものだと思ったが、あの御曹司も暇な時はしょっちゅうここに顔を出していたらしいし。そもそも人のやることにケチをつけるような狭い性根でもない。アイリスは素直に再会を喜んで、黒衣の剣士に声をかけた。


「おつかれ、また会ったわね」


 ソロで森を散策していた剣士は、立ち止まり棒立ちになると、そのままぐるりと振り返った。相変わらず動作が妙に不自然なプレイヤーだ。


「君か」

「うん。イベントに参加して美味しいものたくさんゲットしてきたけど、食べる?」

「いや……ああ、いや、そうだな。もらおう」


 剣士はしばしの逡巡の後、アイリスの手からデリシャスマオウタケを受け取る。

 剣士はキノコを受け取っただけですぐに食べるようなことはなかったが、代わりに棒立ちのまま話を振ってきた。


「そういえば、ぶい速のまとめ記事に載っていたのは、君か?」

「ああ、マツナガさんのブログよね。うん、あたしよ」

「ずいぶんとハメを外したな」


 マツナガのブログのまとめ記事には、動画サイトへのリンクが貼られている。動画タイトルは『【ナロファン】邪神アイリスの覚醒演説』となっていた。動画再生数も順調な伸びを記録しているらしいが、アイリスは見たいとも思わない。


「私のアドバイスの方は、あまり役に立たなかったようだが」

「あー、あれねー」


 アイリスは頬を掻いた。


 剣士からのアドバイスは、過去の楽しかった日々を形として残すにはどうするかという話だった。彼女としてはそのやり方を否定するつもりはいっさいないのだが、結果として言葉にしてこき下ろしてしまっているので、いささか後味も悪い。

 アイリスの本音を語るならば、御曹司のおかげでナロファンで過ごした夏が楽しかったのは事実である。だが、それをまるきり肯定することは、御曹司がいなければナロファンでの生活が楽しくないと言ってしまうような気がして、アイリスにはあまり面白くない。


「あたしはねー、あいつがいなくっても、このゲームをしっかり楽しんでるんだって、そう思いたかったのよ。いや、今でも間違いなくそう思ってるけどね?」

「だから御曹司は死んだ、もういない、と」

「そうそう」


 次にあのいけ好かない男と直接会えるのが、いつになるかはわからない。そもそも、そんな日が来るという確証もない。ただ、アイリスは声を大にして言いたかった。あんたなんかいなくとも、自分はこのゲームをしっかりエンジョイできているのだと。だから安心して隠居していろ、とも言いたかったが、あの御曹司はわざわざこちらを心配して仕事が手につかないような繊細な柄でもないので、さておくことにする。


「そういえば、せっかくだからフレンド登録しない?」


 アイリスは珍しく、自分からその申し出をしてみた。だが、棒立ちの剣士はしばらく黙ったまま突っ立っており、その後しばらくして首を横に振った。


「申し訳ないが、あと数日もすればしばらくログインできなくなる身だ」

「そうなの?」

「そうなの。君の申し出は嬉しいが、またしばらくして、機会があったらということにしよう」


 何やら、体よく断られてしまった気がするな。気にするほどのことでもないが。


「じゃあせめてアバターネームくらい教えてよ。非表示にしてるけど」

「名前か……」


 またも剣士は、棒立ちの逡巡を見せる。彼の見せる無機質な態度はどうにも気になって仕方がない。

 しばらく後に、剣士はこう名乗った。


「ワイアール・カイザー」

「ださっ」

「………」


 人の口に戸は立てられないというが、アイリスの場合は少し意味合いが異なるか。彼女はときおり、オブラートという言葉とは完全に無縁な生き物となる。原則として、アイリスは鬼なのだ。カイザーと名乗る男はどう思ったか知らないが、まったく表情を変えずに、しかし何も言わなかった。


 彼らはそこからしばしの歓談の後、互いに別れを告げてランカスティオ霊森海を後にする。


 アイリスはカイザーのことが気になって、それから数日の間霊森海に通いつめたが、彼が口にした通り、ある日を境にしてまったく姿を見せなくなった。彼女が黒衣の剣士と再開するには、さらに数ヶ月を待たねばならない。

各キャラに焦点を当てた複数の短編を投下後、

次章『キリヒト/フェアリィ・ダンス』を掲載予定。


『VRMMOをカネの力で無双する サブアカウント』は、それで終了する予定です。

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