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VRMMOをカネの力で無双する サブアカウント  作者: 鰤/牙
アイリス/邪悪なる意思
11/50

(4)

「そのようなことがあったのですか」


 キルシュヴァッサーは人数分のカップに茶を注ぎながら、渋い顔で言った。

 アイリスブランドのギルドハウスに、リーダー・アイリスを除く四人のメンバーが勢ぞろいしたのは22時頃の話である。


 人間の騎士ナイト・キルシュヴァッサー。

 魔族の従者サーヴァント・ヨザクラ。

 エルフの魔術師メイジ・ネム。

 人間の盗賊シーフ・オトギリ。


 そうそうたる顔ぶれ、というにはイマイチ迫力には欠けるのだが、まぁこれで全員だ。

 オトギリの語った夕刻の顛末を、一同はわりと真剣な面持ちで聞いていた。アイリスのメンタリティが意外と脆いことは知っているし、ここ最近、不安定な彼女を心配する向きもあった。そこに今回のアンチクロスの一件である。彼女の心が変な方向にひん曲がってしまわなければ良いのだが。


「だいたい、オトギリさん。なんでアイリスさんを引き止めてくださいませんでしたの?」


 ネムのオトギリを見る視線は冷たい。


「無茶を言うなァ。あの様子では誰が何を言っても無駄だよ。彼女は熱に浮かされたように出て行ってしまった」

「まぁ、ギルドハウスに死に戻りしてらっしゃらない、ということは、アイリスはまだ無事ということです。見たところ、ログアウトもしていないようですしね」


 キルシュヴァッサーはメニューウィンドウからギルドメンバーのステータスを閲覧していた。彼が入れたお茶は、ヨザクラがトレーに載せてオトギリとネムに配る。二人は軽い会釈をしてからカップを受け取り、オトギリは毒ナイフでそれをかき混ぜようとしたのでヨザクラからデコピンを食らっていた。

 ネムとしては、あまりオトギリの言葉には納得していない様子だ。いつもはキルシュヴァッサーの入れる、現実では味わえないようなフレーバーを素直に楽しんでいる彼女も、この場では唇を尖らせている。


「だいたい、アイリスさんは悪人ではありませんわ」

「しかし、アイリスが悪人ではないと仮定して、」


 ヨザクラは無表情のままカップを手に取る。


「彼女に付き従う我々が悪人でないかと言えば、そうとは言い切れません」

「はっはっは」


 キルシュヴァッサーは面白い冗談を聞いたかのように笑い声をあげる。


「ハッキング前科のある人工知能に、公判待ちの元取締役に、暗黒課金卿ですからなぁ。そこらへんのPKギルドの数倍は恐ろしいかもしれませんな」

「わ、わたくしはなにもありませんわ!」

「でも君、そろそろ行き遅れそうじゃないか。行かず後家は罪だよ」

「おっと、オトギリ殿。それ以上は私にもダメージが来ますので」


 のほほんとお茶をすするキルシュヴァッサーも、ギルド内では最強の腕っ節を持つ暗黒課金卿であるからして、オトギリも下手に煽ることはできない。月に10本という自己に貸した上限は存在するものの、アイテムインベントリにストックされた課金剣はアイリスによって強化され、数々のトッププレイヤーにも匹敵する破壊力を生み出すことができるのだ。課金剣を握ったときに、彼の済んだ碧眼が邪悪な赤光を宿すメカニズムは、有志の検証によっても明らかにされていない。


「お父様、アイリスを迎えに行くのですか」

「どうしましょうか。彼女も我々と顔を合わせづらいかもしれませんな」


 ネムは何やらうずうずしている。彼女としては、初めてのお友達であるアイリスを迎えに行きたくてたまらない、と言ったところか。さもありなん。ただアイリスの気持ちとしてはどうかな。彼女は芙蓉ネムとこそ顔を合わせづらいかもしれない。

 キルシュヴァッサーがひとり考え事をしていると、扉をたたく音がする。来客だ。

 一同が顔を見合わせた後、ヨザクラがハウスの扉を開けた。


「やぁやぁ皆さん、お揃いで」

「揃っていませんわ」


 扉の向こうで手を上げるエルフの男に対して、ネムはやや不機嫌気味に応じる。

 探索ギルド〝双頭の白蛇デュアル・サーペント〟リーダー・マツナガである。神出鬼没で知られる男ではあるが、こうして直接出向いてくるというのは珍しい。ヨザクラも彼の登場にいい顔を見せなかったが、マツナガは気にした様子もなく、ギルドハウスへと上がり込んだ。


「こうしてお話をするのも久しぶりですねぇ」

「僕は初めてだなァ」

「あら、あんたはそうでしたっけ。中の人は前社長なんですよね? はじめましてマツナガです。ブロガーやってます」

「あぁ、うん。君のサイトはよく見てたよ。秘書山くんが」

「公判前にインタビュー記事書かせてくださいよ」

「いいよ」


 二人のネチョネチョした性格の男が、うすら笑いを浮かべながら握手し合う光景は、潔癖気味なネムからすればとうてい制止に耐えうるものではない。キルシュヴァッサーとしても、あまり人工知能の情操教育にはよろしくないものであるように思えて、とりあえずヨザクラの両目を塞いだ。


「マツナガ殿、ご要件を伺いましょう」


 キルシュヴァッサーが言い、ヨザクラは目を塞がれたまま、まだ誰も口をつけていないティーカップをマツナガに差し出した。


「あぁ、アンチクロスがこのギルドハウスに来たって聞いたからね。何かあったのかなって思いまして。今じゃすっかりおとなしくなったと言っても、まぁ、あの・・アイリスブランドですからねぇ」

「特になにもありませんわよ」

「そう? 俺はてっきり、アイリスさんがアンチクロスのリーダーに誘われているのかと思ったんですが」

「ど、どうしてわかりますの!?」


 言ってから失言に気づくネムではあるが、まぁ遅い。マツナガは肩をすくめた。


「あなたも嘘つけないね」

「誘われたアイリスは、自分が悪人呼ばわりされたショックから自分探しの旅に出ました」

「そうですか。あの子もハート弱いから仕方ないね」


 マツナガはメニューウィンドウからアプリケーションを呼び出し、メモ帳に何かを書き込んでいく。


「マツナガ殿、アンチクロスとはどういったギルドなんでしょうかな。もちろん私も多少は知っていますが、なにぶん、会ったこともありませんし」


 キルシュヴァッサーの言葉に、マツナガはふと手を止めた。しばし何かを考えた後、また別のアプリケーションを開いた。VRキャプチャーを備えた画像管理アプリである。マツナガは画像を何枚か選ぶと、『出力』のパネルをタップした。何もない空間から、数枚の紙切れが出現し、ひらひらとテーブルの上に落ちる。アプリケーションによって出力印刷された画像ファイルだ。非常に便利な機能だが、数分経つと消えてしまう。

 おそらく隠し撮りであると思われる写真は、いずれもアンチクロスの活動風景を収めたものであるらしかった。黒衣に仮面、黒いマント。同じ装いをしたアバター達が、探索中のギルドを巧みに追い詰め、狩っていく過程が収められている。


「あまり愉快な写真ではありませんわ」

「潔癖だなァ。良いじゃないか。しょせんゲームなんだし」


 ネムとオトギリの反応は対照的だ。キルシュヴァッサーの意見は、どちらかといえばオトギリの方に近かった。ゲームだから、気軽にPKに興じていいとまでは言わないが、少なくともこの写真を見る限り、アンチクロスは相手を選んでいる。追い詰められた方はそれなりにPvPプレイヤーバトルを楽しんでいるし、目の当たりにした擬似的な『死の恐怖』に怯えるプレイヤーは見受けられない。


「なるほど、」


 キルシュヴァッサーは、口元を少し釣り上げた。


「お父様?」


 ヨザクラがきょとんとした表情で首をかしげる。その様子を見て、マツナガはうすら笑いを作った。


「ああ、わかりますか。さすがはキルシュヴァッサー卿」

「わかります。が、これは別に我々に有益な情報ではありませんな」

「まぁ、そうでしょうね」

「あと、個人的な好みを言えば……」


 キルシュヴァッサーは、さっそく消え始めている写真を手に取り、眺めた。アンチクロスの正装を見るのは、彼もこれが初めてとなる。


「彼らの格好……。あまり好きではありませんな」

「おや、奇遇ですね。俺もですよ。センスは良いと思うんだけどね。俺もあいつらの正装は好きじゃない」


 やがて写真は消えてしまう。マツナガはアプリを閉じて、帰り支度を始めた。


「そういえば、もうすぐ新しいイベントが始まりますねぇ。〝秋の味覚狩りフェスタ〟」


 ぽつりと、マツナガが言う。キルシュヴァッサーも頷いた。


「ええ。一朗さまの話を伺う限りでは、そこそこ期待できそうですよ」

「騎士団はアップを始めていますよ。まぁプレイヤーがたくさん集まるんだ。アンチクロスも黙っちゃいないでしょうねぇ。大層な祭りになるんじゃないですか。いやぁ楽しみですよ」


 マツナガにいやらしい笑みに、キルシュヴァッサーは片眉を上げる。


「何かおっしゃいたいようで」

「よろしいお教えしましょう。アイリスブランドが輝く最後のチャンスだって言ってるんですよ。キルシュヴァッサー卿。知ってますよ。アイリスさんも悩んでるんでしょう。まぁ、このまま埋没して、過去の栄光を飾ってひっそりと生きていくのも悪くはないと思いますがねぇ」

「ナンセンスですな」


 キルシュヴァッサーがぴしゃりと言い、ギルドハウスの空気が一気に引き締まった。


「アイリスブランドはあなたのブログを面白おかしくするためのおもちゃではありません。よろしいか、マツナガ殿。アイリスブランドのあり方を決めるのは、あなたではない。我々でもない。そしてもはや、イチロー様でもありません。アイリスです」

「………」


 それを聞いてなお、マツナガのうすら笑いは絶えたりしない。


「アイリスがアンチクロスのリーダーになると言うのなら、我々は黙って解散いたしましょう。ひっそりとギルド運営をすると言うなら従いましょう。イチロー様がリーダーであった時のように、常に騒ぎの渦中にありたいと言うのなら、そうあるよう努力しましょう。あなたが我々にどう言おうと、意味はありませんな。ナンセンスです」

「参考にしときましょう」


 マツナガはそれだけ言って、軽い会釈とともに出て行った。キルシュヴァッサーが何やら視線を感じて振り返ると、ネムが瞳を潤ませながら両手を合わせている。白銀の老騎士は少しだけ薄ら寒い心地となった。


「素敵……。まるで一朗さんみたいでしたわ! キルシュヴァッサー卿」

「それは褒められてるような気がしませんなぁ」

「僕は悪口にしか聞こえないなァ」


 三者が三様に好き勝手を言うなか、ヨザクラはティーカップの数を数えながら、さりげなくひとつを持ち逃げしたマツナガのことを考えていた。





 結局、アイリスはその黒衣の剣士に長々と付き合う羽目になった。理由は特にない。帰るタイミングを見失ったといえばそうだ。気分を紛らわすために戦っていたかったといえばそうだ。途中で帰ってしまうと自分が薄情者に思えてしまってイヤだったといえばそうだ。ただ、突き詰めてしまえば理由は特にない。

 剣士のプレイヤースキルは目が覚めるようなものだった。レベルやステータスは大したこともないのだろうが、とにかく動きが軽快で凄まじい。魔術師系のキャラクターであり、なおかつガチの戦闘職ではないアイリスには、詳しいことはわからなかったが、動体視力と反応速度だけを挙げても驚異的だ。


「それ、セカンドキャラとかじゃないわよね」

「初めてだ」


 一通りの獲物を片付けてからの、会話である。剣士は棒立ちになったまま、少しアイリスから視線を外した姿勢のまま答える。


「他にVRMMOは……って言っても、有名なのはナロファンくらいしかないわよね」

「ああ」

「天才って奴なのかしら……わりとポンポンいるもんなのね……」


 黒衣の剣士に、アイリスはなぜこんなところでソロプレイをしていたのかとたずねた。ランカスティオ霊森海は見通しが悪く、障害物も多いため、ヘビーユーザーには〝狩場〟として好まれないポイントだ。出現するMOBも取り立てて有用なものが少ない。レベル上げやステータスアップの作業にも、もっと適した場所はあるはずだった。

 黒衣の剣士は、しばしの沈黙の後に、『なるべくひっそりとレベルを上げたかったから』と答えた。それならば確かに最適なフィールドではあるが、それにしたって変な解答である。剣士は、回復作業がおおよそ終わると、メニューウィンドウを閉じて言った。


「そんなところにわざわざ出向いてくる君も、奇妙なものだと思うが」

「うっ……」


 まぁ会話の流れからして当然の疑問ではある。アイリスは硬直したが、すぐに首を左右に振って、おそるおそるたずねる。


「あ、あのさ……。人の相談に乗ってる時間って、ある?」

「多少ならば。少ししたらログアウトしなければならない」


 そういう剣士の言葉に、こちらを疎むような空気はなかったので、アイリスは素直に心情を吐露させてもらうことにした。この時はじめてわかったのだが、どうやらアイリス自身、誰かに話を聞いてもらいたかったのだ。だがそれは、自分のことをよく知っているキルシュヴァッサーやネム、ユーリなどではなく、もっと気軽に、かつ客観的に意見を言える人物が良かった。


 ひとまずアイリスは話すことにした。

 まずは自分の境遇。ある人物からギルドリーダーの座を譲り受けた事実。それと共に感じた重責。ゲームの楽しさを忘れてしまうほどに、身動きの取れないアイリスのこと。そして、そこに突然舞い込んできた、他ギルドからの引き抜き。ついでに自分が悪人扱いされて非常に不愉快であったことも説明した。


「なるほど」


 黒衣の剣士は、頷きこそしなかったが、棒立ちのままそう言った。


「私からアドバイスできそうなことは特にないが」

「まーそうよねぇ……」

「君は、前任リーダーと過ごした2ヶ月のことをどう感じていたのだろうか」


 そのように問いかけられて、アイリスは顔をあげる。

 同時に去来するのは、ツワブキ・イチローと出会い、共にアスガルド大陸の端から端までを駆け抜けた思い出の数々である。駆け抜けたというよりは振り回されたも同義であったし、得てしてこういう時には美化されがちな思い出たちも、一向にキレイになる様子がなかったのだが、とにかくまぁ色々と去来した。

 アイリスは、彼には散々恥をかかされた。めちゃくちゃ怒鳴った。いろんなプレイヤーと出会い、言葉を交わし、なぜか敵意を向けられた。逆ギレした回数などいちいち数えてはいられない。不愉快なことはたくさんあった。


 だが、


「楽しかったわねー」


 そう、楽しかった。それは偽らざる本心である。


「私が思うに、君が大事にしたいのはそこだ」


 剣士は棒立ちのまま告げる。


「君が、君のギルドを背負い重責を感じてるのは、その楽しかった日々が風化することを恐れているからだ。過去を肯定し、それを残していきたいと思うのは決して悪いことではない。だが君は風化を恐れるあまりなにもできずにいる。その先にあるのは緩やかな衰退だけだ。結局、手も足も出ずに思い出だけが死んでいく」


 その言葉には、身振りも手振りも伴わなかったが、代わりに強い熱がこもっていた。アイリスは、自然と耳を傾けていた。静かに頷いて、言葉が心の中に浸透していくのを感じる。次の問いかけは自然と口をついて出た。


「どうすればいいの?」

「戦え」


 剣士は言った。


「伝説のつくり方は簡単だ。戦って、勝利すれば良い。すべてを蹴散らして、鮮烈な記憶を残せ」

「あの、あたし、そんな強くないんだけど……」

「戦い方は君次第だ。そこは自由にすればいい。そして、ここでひとつ重要なことがある」


 剣士は、そこではじめて、人差し指を立てる動作をみせた。


「必ずしも前任リーダーの真似をしようとはしないことだ。もしも演じるならば、君が楽しかったと思う、その頃の自分を演じろ。君は君にしかなれない」


 どうやら、話はそこで終わりらしい。剣士は人差し指を立てた仕草のまま、しばらく動きを固まっていた。アイリスが黙って言葉を反芻していると、何やら決まり悪げに腕を下ろす。


「すまない。熱くなった」

「い、いや。なんかありがとう。いちおう参考にしとくわ」


 剣士はメニューウィンドウを開いた。そろそろログアウトか。引き止めて申し訳なかったな、と、思っていると、黒衣の彼はゲームから姿を消す直前に、このようなことを言った。


「ひとつだけ言おうと思っていたんだが、」

「なに?」

「〝悪〟というのも、やってみるとなかなか気分がいいものだぞ」


 その言葉を最後に、黒衣の剣士の存在は、ナローファンタジー・オンラインから遮断された。

 ひとり残されたアイリスは、複雑な表情を作りながらも、最後の余計な言葉の意味を考えることにした。

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