60 問題だらけの孤児院
兵士のおっさんは、出先の院長先生に連絡を入れてくれたらしく、初老の男性が大慌てで帰ってきた。
院長先生が帰ってくると、子供達は纏わりつきながら、各々に何があったのかを話し始める。
一度に全員が喋るのでまともに聞き取れないが、連れ去られそうになった少女が無事だと分かると、その場にへたり込んでしまった。
その時にはじめて、俺達部外者が居る事、更には出ていったはずのデイジーが居る事に気づいて、大変に驚いていた。
人数が多いので、と食堂に案内された。
話に聞いていた通りあちこちガタがきている様で、床の至る所に雨漏りのシミや、壁のヒビ、壊れてしまったドアのある部屋等が目に付く。
相変わらず不運な俺は、注意を受けた瞬間に床板を踏み抜いてしまった。
ジャックが通っても無事だったのになんでだろう。
なんだか釈然としないよな。
席に着くと、改めてオーランドが挨拶して何があったのか説明する。
途中、年長組の男の子だと思われる黒髪の男の子が、孤児側目線での状況を補足していた。
小さな子供達は年上の子供達に静かにする様に言われて、大人しくしている。
そして、デイジーをはじめ俺達『飛竜の庇護』が何故ここに居るかの説明になると、デイジーの事情を説明せざるを得なかった。
出来れば他の子達には聞かせたくなくて、デイジーに目配せすると、数人の年嵩の子たちを残して他の子達を遊びに行かせた。
恐らくそろそろ孤児院を「卒業」する子たちには聞かせておこうと思ったのだろう。
俺達の話に補足する形で、この孤児院を出てからどうしていたのかを訥々と語るデイジー。
長い話を静かに聞き終えると、デイジーと赤髪の子ネルケを、がっしりと抱き締めて「ごめんなぁ、こわかったなぁ、無事で良かった……」と繰り返していた。
デイジーも今までの辛かったことを思い出したのか、ネルケと二人で先生にしがみついて大声で泣き出した。
三人でひとしきり泣いて、落ち着くと院長先生は俺達に深く頭を下げる。
細身で、加齢のせいで重たげに見える瞼に隠された瞳は深い赤。
短く整えられた髪は白だ。
口髭や硬くなりひび割れた指先に短く整えられた爪、使い古された司祭の服と古びた眼鏡を着けている。
清貧という言葉がとても良く似合うお爺さんだ。
「子供達を助けて下さり、誠にありがとうございます。院長のルーベルトと申します。ご覧の通り申し訳ない事に、差し上げられるものは感謝以外に何もありませんが、よろしければここを宿代わりにご利用ください」
俺達は院長先生の言葉に甘えて、孤児院の空部屋に泊めてもらう事にした。
年長組である三人組が、俺達が使って良い部屋に案内してくれる。
女の子が一人と男の子が二人だ。
女の子は先程連れて行かれそうになっていた、赤髪にオレンジ色の瞳の大人しい女の子ネルケ。
男の子の内一人は癖のある黒髪に緑目の真面目そうな男の子ハンス。
先程オーランドの説明に補足していた子だ。
もう一人は薄茶のウェービーヘアのおかっぱで、瞳は薄茶の活発そうな子で、兵士とギルド職員を呼んできてくれたロルフ。
「なぁ、院長以外に大人はいないのか?」
「お母さんが居るんだけど、最近、あんまり体調が良くないんだ」
「お昼と晩御飯の時にはシスターが手伝いに来てくれるよ。でもご飯を食べたら帰っちゃうんだ」
「お父さんは薬代とか私達のご飯代の為にあっちこっち走り回ってくれてるから私達がここを守るしかないの」
オーランドが聞くと三人は口々に教えてくれる。
本来は院長先生の奥さんがいるらしい。
現在は体調を崩して寝込んでいる、と。
院長先生は奥さんの薬代やみんなの生活費のためにあちこち走り回っていて、ほとんど孤児院に居ない状態が続いているってことか。
案内された部屋は男女が別の棟で、ベッドが六つ置かれた部屋だった。
「すぐに掃除するから待っててよ!」と駆け出そうとするロルフを抑えて、クリーン魔法を使用する。
シーツなんかも予備の物を出してもらってからクリーン魔法を掛けて、ハンスとロルフを含めた六人でセッティングしていく。
俺の魔法を見た二人は目をキラッキラにさせてもっと見せてくれ!とせがんでくる。
なんだか弟に褒められている気がして悪くなかった。
調子に乗っていたらヤンスさんに「はしゃぐなよ」と笑われながらどつかれたけどな。
女性陣の部屋も似たような感じだそう。
掃除は任せるとしてシーツはクリーン魔法を掛けたものを渡したらエレオノーレさんに褒められた。
うっかり鼻の下が伸びてしまいそうになって引き締める。
「ニイちゃんキモい」とロルフに引かれてしまったので表情を作るのは失敗してしまった模様だ。
その晩は【アイテムボックス】に残っていた材料を大盤振る舞いして、ジャックとデイジーが腕を振るった。
料理当番だという子供達と一緒になって大きな熊さんが料理をする姿は大変微笑ましかった。
食材を少し分けてくれ、と鶏肉と野菜をいくつかねだったネルケに何をするのか聞くと「お母さんのためにチキンスープを作るのよ」と話してくれる。
この辺りでは体調を崩すと栄養補給の為に良く煮込んだチキンスープを食べるのだそう。
涙を堪えながら沢山の食材を出していくと多すぎる!と怒られてしまった。
そうして、テーブルに沢山並んだ料理は圧巻だった。
普段は粗食だという子供達は大喜びで、お腹がはち切れるんじゃないかと思うほどに食べていた。
子供達の笑顔に嬉しくなると共に、明るく賑やかな食堂に奥さんがいない事が気になった。
食事が終わり、まだ俺達と遊ぶと騒ぐ子供達に明日も居るから、と言い聞かせ寝かしつけると、デイジーは予定通り自分の手持ちの半額を寄付した。
ロヤマル金貨は一枚で大体百万円くらいの価値なので約一千万円の高額寄付である。
俺達もロヤマル金貨を一人一枚ずつ寄付していく。
院長先生は涙を流しながら「ありがとう、ありがとう」と繰り返して俺達の手を握っていった。
その手は硬くて熱かった。




