間話 ○視点 エレオノーレ 【魔法使いとしての矜持】
彼を初めて見た時は幼い少年で、年相応にスケベそうな視線を向けてくるだけの迷い人だと思った。
何度も胸元に視線が来ては、頑張って逸らしている。
いかにも異性に興味を持ち始めたばかりの少年少年した男だ。
突然だが、この国ではスレンダー美人が尊ばれる。
女神に近い美しい女性だから、と。
なので、豊満な身体つきの女性は嫌厭される。
貴族の中では特に。
奴隷や、妾にはそういった女性を選ぶ者は後を絶たないのに、だ。
下品な身体だ、と蔑んでおきながら鼻の下も手も伸ばす男共が大嫌いだ。
私は貴族の娘に生まれた。
幼い時分は随分と可愛がられたものだ。
エルフである父方のお祖母様の血が濃く出ていたからだ。
お祖母様譲りの青み掛かった銀色に、お母様譲りのゆったりしたウェーブの掛かった髪は父のお気に入りだったし、母方の魔力が多いものによく現れるという金の目は二つの家の傑作とも呼ばれた。
可愛らしい、美しい、と会う人会う人に褒められ、甘やかされ、大事にされて、私は幸せだった。
しかし、それは唐突に終わった。
十歳の春、生理が来た。
それと同時に身体がどんどん変化していったのだ。
顔や、身長は同じ歳の子に比べて幼く、小柄だったにも関わらず、胸が膨らみ、肩やお尻、腰回りなどがどんどん丸みを帯びてくる。
最初に態度が変わったのは母だった。
まるで汚いものを見るかのように私を見下ろすと、胸を潰すコルセットを着けるように侍女達に指示を出した。
あんなに毎日髪をすいて、頭を撫でて「愛しているわ、わたくしの可愛い子」と何度も繰り返したその唇で「その醜い身体をなんとかなさい」と吐き捨てられた。
触れる事すら気持ち悪くてたまらない、と突き放され、頭を撫でてくれる事は二度となくなった。
人の前に出ることすら許されず、ひたすらにダイエットを強いられた。
なのに、私の身体はどんどん変わっていった。
胸は服を押し上げ、腰骨は大きく張りだす。
食事はとても十分とは言えない為、手脚は細く、ウエストもほっそりとしている。
母からは「浅ましい愛人の様な体型だ」と何度も手の平に鞭を打たれ、何故そんな姿になったと嘆かれた。
母に次いで父、親戚、周りの目……
私自身は何一つ変わっていないのに、胸が膨らんだだけで、腰やお尻が張っただけで、みんなの態度が変わった。
下品な、とか、だらしない、とか、ふしだらだ、とか。
色々言われたわ。
何一つそう言われる様な事はしてもいないのに。
十五歳になる頃にはそれが嫉妬や下心からなのだと気付いたけれどそれまでは確かに傷付いていたもの。
そんな中で態度が全く変わらなかったのがエルフであるお祖母様だった。
お祖母様は私がハンターになる事を勧めてくれた。
このまま貴族の娘として生きるのは難しいし、変なジジイに嫁がされては可哀想……と、とても美しい顔で溜息を吐いた。
貴女には魔法の才能があるわ、と小さい頃から属性魔力に触れさせてくれ、手取り足取り教えてくれた。
お祖母様の魔法はキラキラキラキラ眩しくて、美しくて。
悲しい事も辛い事も全てを忘れる事が出来た。
ある程度の魔法を私が身に付けた事が解ると、お祖母様は魔法の練習中に、私を街の外に連れ出した。
街の外には見知らぬエルフのおじさんが立っていた。
「アタクシの可愛いエリー、ここでお別れです。この男は無口だけれど、気は利かないけれど、臆病だけれど、アタクシの信用する男です。きっと、きっと貴女を守ってくれるわ。この男からハンターに必要な知識を吸収して貴女は自由に生きるのですよ」
美しい涙を流しながらお祖母様は私をキツく抱き締めた。
お祖母様の温もりに、私は泣きながら頷くことしか出来ず、しがみついてわんわん泣いた。
その後お祖母様からおじさんに引き渡されて、手を引かれ歩きながら泣いた。
おじさんには、厳しくて嫌な事も沢山言われたけれど、それはハンターとして生きていく為には必要な事だったし、キチンと考えたら納得できる事ばかりだった。
理由も教えてもらえず『こういうものだ』と言われて、その通りに動く事しか許されない貴族の習い事とは全く違う、自分の血肉になる感じがした。
お祖母様に言われた通りに知識を吸収して、ダーリンと出逢い、おじさんと別れ、結婚して、オーランド、ヤンスと出会った。
魔法もお祖母様に教えられた事だけではなく各地で勉強して、自分で言うのもなんだけど、今じゃ私より詳しい人は中々居ないくらいになった。
なのに何故?
目の前では信じられない事が起こっている。
無詠唱でぽんぽん使われる高位魔法に多重魔法。
【鑑定】に【アイテムボックス】まで?!
幼い少年だと思っていた彼は、規格外の魔法使いだった。
古の魔法使い達の様に、物語の魔法使い達の様に、奇跡を起こす魔法使い。
それも彼の話を信じるなら今日、こちらに飛ばされてきて、初めて魔力を行使しているのだ。
これは、負けられない。
魔法使いとしての矜持に誓って、負けられない。
たとえ女神様の愛情をその身に複数たたえているとしても、それは譲れない。
そして私もすぐに無詠唱魔法を手に入れるんだから!
決意を新たに睨み付けるとビクッと跳ね上がり、視線を彷徨わせるキリトがまだ爆弾を隠しているとは全く思い付きもしなかったのだ。
そう、古の魔法と今の魔法の違いの指摘だなんて誰が思いつくものですか!
あっけなく雷属性の魔法が使えてしまった自分に驚いたりなんてしないんだから!
明けましておめでとうございます。
昨年中は大変お世話になりました。
本年もどうぞよろしくお願い致します。
女性目線のお話は書いていてとても楽しいですね。
なんとなく華やかでキラキラしています。
内容はそうでも無いですけどね。




