間話 ○視点 オーランド 【異世界の少年……青年?】
クリスマスですので間話を投稿してみます。
オーランドから見た霧斗との出会いのお話です。
三話と読み比べて楽しんでいただければ幸いです。
「助けてオーランド!」
オレは今までこの言葉を断れた試しがない。
この言葉は困って助けを求める人からオレへの信頼の証だからだ。
小さい頃、父さんから聞いた父さんと母さんのハンター時代の話はオレにとっては寝物語で、教科書で、憧れだった。
母さんはオレを産んで、一年程で亡くなってしまった様で、父さんと婆ちゃんに育てられた。
婆ちゃんには「困ってる人は助けてあげなさい。それが巡り巡って自分を助ける事に繋がるのよ」と耳にタコが出来るくらいに何度も何度も教えられた。
ハンターになってもそれはオレの中で息づいていた。
そろそろ買い替えを検討している革靴の下見に来た防具屋オリハルコン。
無愛想だが確かな腕と、人情味溢れる親父さんと、おっちょこちょいだけど明るくて元気な看板娘レジーナ。
誠実な商売と、時折してくれるサービス、的確なアドバイスなど、ハンター仲間からはちょっと名の知れている店だ。
そんな店の看板娘から「助けて」と泣きつかれたら助けるしかないだろう?
「防具屋オリハルコン最大のピンチだよ!」
泣きべそをかいてオレのマントを掴むレジーナ。
歳は十五。
成人したばかりだ。
話を聞くと、なんとお貴族様絡みの無理難題だった。
自分と同じ歳の娘に、この冬のコートを作らせて誰が一番美しく、可愛らしく、最先端のデザインを身につけるか、という催しを行う事となったと告げられた。
御用達の仕立て屋や魔道具屋は使用出来ない為、やむなくオリハルコンを選んでやった、とここの領主の娘からいきなり呼びつけられたらしい。
挙句「わたくしの身に付けるものを作製するのだから最低でも店主でなくては」と、レジーナが急に店長にさせられ、この冬の頭にグリーンフライフォックスの新しくて可愛くて美しい魔法のコートを用意する様に、と言われたそうだ。
「無理だろう?魔道具の防具なんざ年単位で作製するもんだろう?その上デザイン性まで求めるのなら尚更だ。何を考えてそうなった」
「本当それ!素材を集める時間も無いのに期限が決まってるとかもうどうにもならないよ!せめてコートの形にした魔道具、だけならまだしも素材の指定まであったらどうにもならないよぅ!」
手当たり次第に依頼を出したけれど、納品期限が短い上に捕まえにくいグリーンフライフォックスの依頼を受けてくれる人なんて、当たり前だが居なかったのだ。
そして白羽の矢が立ったのがオレだった訳だ。
オレ達もCランクパーティとはいえ、相性が悪く、捕まえにくいグリーンフライフォックスをこの期間でとなるとかなり厳しい。
間に合わない九に、数だけならなんとか、が一、くらいの割合だろうか?
一緒に来ていた三人と話し合う事、十数分。
とにかく、『飛竜の庇護』の指名依頼として受けるが、品質に関してはクリアできなくても失敗の扱いにしない様にヤンスが交渉した。
お嬢様のサイズ的に十五匹分の毛皮があればギリギリなんとかコートの形には出来るだろうとの事だ。
品質を問わず、数が揃ったとしてギリギリなめしとか縫製とかが間に合う様に算出された採取期間が、一週間だった。
あまりにも短過ぎる。
早速ギルドに向かって指名依頼と受諾処理をして、準備を整えて大草原に向かう。
移動と野営地設営に一日、帰りにも一日掛かると計算すると、五日の間に十五匹、一日で約三匹狩らなくてはならない計算だ。
出来るだけ早く向かわなくては。
森を抜けて少し山に入った所にある草原によく出現すると噂のグリーンフライフォックス。
名前の通り緑色の毛が草原に紛れて見つけにくい上に素早く、フライとつく通り風魔法を使って宙を駆ける事もある。
かなり警戒心が強く、頭や首を狙うしかない為エレオノーレかヤンスの遠距離攻撃か、近づいての一刀両断しかない。
しかも出来るだけ毛皮を汚さない様に。
無理無理の無理だろ。
それでも、馴染みの防具屋がお貴族様に無理難題をふっかけられたのを見過ごして、処刑されるのは見たくない。
やれるだけやって、お嬢様のお父上、子爵閣下に今回の依頼が無理難題で期限が短過ぎる事と、この中でここまではできました、本来であればこれくらいの準備期間と作製期間を頂きたい、と話を付けるしかないだろう。
そう思いながら狩りを続けるもののやはり状況は芳しくない。
今日はヤンス達がギリギリまで粘って集める事にして、オレだけ先行して今日の野営設営する事になった。
一昨日から使っている場所で、ほとんどの下準備は終わっている。
戻ってくる途中に拾っておいた枯葉や焚き木を積み上げ焚き火を起こす。
火種があれば簡単だ。
予備の薪に火が延焼しない様に少し離れた位置に石を積んで保護する。
天幕を設営する場所には小石や木の枝、木の実などの異物がない様に拾って草むらへ投げ捨てる。
皆んなから預かってきた天幕を手早く設置して、乾いた落ち葉を敷き詰め敷布を置く。
この落ち葉が有るか無いかで大分違うので面倒でもキチンとやる。
石を積んで簡易かまどを作成したら山菜採りだ。
実はこれが苦手だったりする。
何が食べられて、何が食べられないのか中々区別がつきにくい。
どう考えても毒キノコだろうと摘まなかったキノコは無毒な上美味であったり、コレは絶対に美味い!と思える肉厚な傘のキノコは毒キノコだったりするし、木の実は区別がつき難い癖に腹を壊しやすい。
山菜は正直、全部同じ葉っぱに見える。
とりあえず片っ端から集めて、ジャックとヤンスに仕分けてもらうしかないだろう、と開き直り、採取用の麻袋を持って茂みに分け入る。
するとそこには奇妙な先客が居た。
黒い髪に黒い瞳。
小柄で、肉付きも薄く、どことなく漂う薄倖感。
十四、五歳ぐらいの変わった服を着た少年だった。
面差しもこの辺りでは見ない感じだ。
なんというかミステリアスな感じ?
彼はしゃがみ込んでジッととあるキノコを見つめている。
茶色で、傘が広く、塩を振って焼いて食べたら美味そうなキノコだったが、ふいっと視線を逸らして別のキノコを採っていた。
「コレ、取らないならもらっても良いか?」
美味そうなキノコを採取して、彼に声を掛けてみる。
びくりと肩を揺らし、此方を振り向く少年はびっくりとキョトンを足して二で割った様な表情で首を傾げる。
「え?」
しばらく固まった少年は目をまん丸にして言い放った。
「……誰か、殺したいんですか?」
「は?」
「ソレ、一口食べたら人生終わるキノコですけど、誰かに食わせるんですか?」
急に表情が抜けて冷たい空気を漂わせる。
無表情の彼は人外の“ナニカ”に見える。
そして、彼の言った言葉が理解できた途端全身から冷や汗が吹き出す。
「……え?コレ毒キノコなのか?こんなにうまそうなのに?」
見れば見るほどうまそうだ。
ぷりぷりとした広めの傘。
毒キノコみたいに派手な色もしていない。
初対面ではあるけれど、揶揄っているのではないかと思えるほどだ。
「ソレ食ったら生きたままそのキノコの苗床になって一生をそのキノコに捧げる事になりますよ。それでも良ければどうぞ」
「げっ!」
正に冷たい視線そのものな目でオレを見て、はっきりと毒キノコだと言う少年。
これは嘘でも冗談でもなさそうだ。
慌ててキノコを投げ捨てる。
なんとなくばっちくて手を振る。
ばちゃり!
唐突に目の前で水が弾けた。
雨でも魔物からの攻撃でもなんでもない。
「…………」
「…………」
恐らく目の前の少年が魔法を使用したのではないだろうか?
敵意や殺意は感じないものの、如何にも「失敗しましたーーっ!」って表情をしている。
え?オレを狙って攻撃したんじゃないよな?
じわりと警戒を強める。
漂う微妙な空気。
一拍の後に彼が集中を始めたのがわかる。
眉間に皺を寄せているが、魔法を使用する前の光の粒すら出ていない。
残念ながら彼にはもう魔力が残っていないのではないだろうか?
そう思って声を掛けようとしたタイミングで、たぷん、と人の頭くらいのサイズの水球が浮かんでいたのだ。
唖然。
それしか言えない。
え?今詠唱したか?
そもそも魔法を使用する時に発生する起動光、キラキラした光の粒の一粒たりとも出ていないぞ?
しかも水球ってかなり高位魔法じゃなかったか?
エレオノーレが自慢げに語っていた気がするんだが……。
「手も洗っておいた方がいいですよ。キノコは胞子で繁殖するから。万が一口に入った時がやばいです」
「……」
何事も無かったかの様に声を掛けられる。
驚き過ぎて頭が追いつかない。
身動き出来ないオレを見てコトリ、と首を傾げた少年は水球に手を突っ込み洗うと、信じられない事に水球をオレの方へ動かしてきたのだ。
それも攻撃とかじわじわと、ではなくすーっとオレの目の前まで持ってきて止めたのだ。
どんな魔力量と魔力操作だよ!?
「どうぞ?毒とか入ってませんよ?」
「お、おぅ…すまん……」
なんかもう自分が目にしてる事がよく分からなくなってきた。
彼の言葉におっかなびっくり手を入れた。
普通の水だ。
ちょっと冷たいくらいの水。
ポーチを開けて縁に付いている携帯石鹸を取り出し洗う。
エレオノーレがしつこく石鹸を使えというのでうちのパーティは皆持っている。
正直面倒いし、金は掛かるし、管理は大変だしで勿体ない気がしている。
使わない方が面倒だから我慢して使うけどな。
ズボンで手を拭くと少年に向き直って名乗って礼を言う。
「俺はキリトです。信じてくれるかはわからないんだけど、ここじゃない世界からここに来てしまって。着の身着のままで、お金もほとんど持ってなくて……悪いけどここから一番近い街まで連れてってくれませんか?勿論少しだけですけどお礼も出します!」
少年、キリトは迷い人だった様だ。
成程。
見慣れない服に顔つきだもんな。
そう言われたらしっくりくる。
そりゃあ困るよな。
着の身着のままとかで知らない森の中に放り出されたら、ハンターとして慣れているオレでも困る。
勿論助ける一択だし、正直礼なんて一言もらえればそれだけでいいんだが、ハンターパーティとしてはアウトだ。
いくらパーティリーダーとはいえ、仲間に相談しないわけにはいかない、と話してパーティの野営地に連れて行った。
「オーランドさん!やばい!熊に晩飯狙われてる!」
野営地に帰ってきて料理していたジャックを見て、大慌てで袖を引くキリトに笑わされた。
ウチのパーティで定番の話題である、ジャックの嫁がクォーターエルフだと話してみると、両手と膝を突いてドン凹みしたりとかなり面白い男だった。
「じゃあオーランドは三つも上なのか」
「は?」
自己紹介をしている時にそれは発覚した。
十四、五歳だと思っていたキリトが、なんと二十一歳だと言うのだ。
どこからどう見ても成人したての、その中でも非力で頼りなさげな少年にしか見えないのだが……。
「あ!先祖にエルフとかドワーフがいるんじゃ無いか?」
「エルフもドワーフも混じってません。混じりっけなしの日本人です。そもそもうちの世界には人間以外に喋ってコミュニケーション出来る生き物は居ないから」
あっさりとオレの説を否定するキリト。
いや、その顔で言われても説得力皆無だからな?
とても信じ難い。
この時はキリトがオレ達の仲間になるとは全く思っていなかった。
こんなひょろひょろで、頼りなさげで、年相応には全く見えない男を街まで案内するだけの簡単な仕事だと思っていたのだった。




