41 アルスフィアットに戻りたい
エレオノーレさんにキリキリ絞り上げられていると、遠慮がちなノックが響いた。
「キリトさん、食事、摂れそうですか?」
ぴょこっと顔を出したのはデイジーだった。
手にはトレイに載った小さな鍋と小皿、スプーンがある。
ふんわり香るのは、麦の独特の香りと青い薬草の香りだ。
あと少し生姜とニンニクの匂いもする。
その匂いに腹の虫が盛大に鳴った。
丸二日寝たまま、飲まず食わずだったのでびっくりするくらいに空腹だった。
「はらぺこです」
俺の返しに二人ともホッとした顔をすると、まずはこれから、とMPポーションを渡される。
薬草臭い炭酸の抜けたコーラみたいな味がした。
「少しずつゆっくり冷まして食べて下さいね。一気に食べるとお腹がびっくりして、痛くなったり戻したりしちゃいますから」
小皿には既に少量の麦粥が入っている。
掬って口に運べば、じんわりと染みる優しい味だった。
初めて食べる麦粥は思っていたほど麦の匂いはせず、一緒に煮込まれた薬草の、スゥッと鼻を抜けていく爽やかな青い香りが美味しかった。
小さく刻まれた生姜はさくさく、ニンニクはほこっとした食感で、お米よりもくにくにとした食感の麦と良く合った。
「美味しいでしょ?それ、ダー……ジャックとデイジーが腕にヨリをかけて、体に良いもの詰め込んで作ったのよ?」
「あむ!むむもご!(はい!とっても!)」
「お口に合って良かったです」
出来るだけゆっくり食べたつもりだったけど、美味すぎてあっという間に無くなってしまった。
少し物足りない様な腹心地ではあるけれど、今はこれくらいが良いのだとデイジーに説教されてしまった。
もう一鍋くらい食べたいけど仕方ない、諦めるか。
お腹が満たされると、次は睡魔が襲いかかってきた。
抵抗せずに身を任せて眠ると、身体はあっという間に回復していく。
次に目が覚めた時には、しっかりとした食事を出され、美味しく完食した。
そのままもう一度寝て、起きると、もういつもの自分の身体だった。
「やっぱり、あなたの魔力は多めだわ。枯渇の状態から完全回復まで約三日強。宮廷魔法使いでも充分に務まる魔力量よ」
エレオノーレさんが、枝毛を処理しつつ言い放つ。
横ではデイジーが、ジャックに手伝ってもらいつつ油を搾っている。
薬草を細かく刻み、他のいくつかの素材と、搾りたての植物油とを混ぜ合わせている。
小さな蓋つきの小瓶に詰め込んで、完成した様だ。
ジャックとハイタッチをしている。
可愛いなぁ。
ハイタッチとは言ったものの、高いのはデイジーだけで、ジャックは屈んで胸より下に手があるから、むしろロータッチ?
「ちょっと聞いてるの?!そんな魔力量が有るのに使い過ぎで枯渇、しかも戦闘ですら無いとか、大問題なんだからね?!」
デイジーとジャックの二人を見て、現実逃避していたけれど、無視できないレベルにエレオノーレさんが騒ぐ。
あうー!もう聞き飽きましたー!
耳を塞ぐと、更にギャンギャンと騒ぐ声がする。
そんなことより早くアルスフィアットに戻って納品を完了させたいのだよ、俺は。
俺のせいで評価が下がってしまうのでは?と思うと、居ても立っても居られない。
今回は予想外の臨時収入(それも大金)があったので、俺が倒れたことも加味して乗合馬車で戻る事になったのだ。
ハンター割を利用して。
今はその待ち時間だ。
オーランド達は早々に逃げ出して、外で素振りをしたり武器防具の手入れをしたりしている。
二人とも覚えとけよ?
そうして、ドタバタギャーギャーと騒ぎながら馬車を待つ事、三時間。
ようやく乗合馬車が到着した。
二頭立ての幌馬車で、俺達『飛竜の庇護』のメンバー六人と、お婆さんと孫、そして駆け出しの商人らしい青年の九人が乗り込んで出発だ。
人生初の馬車は、ガタガタと激しく揺れ、お尻が四つに割れてしまいそうだった。内臓にもかなり負担がくる。めちゃくちゃ辛い。
他の皆は平気な顔をしていたので、自分と同じく辛そうなデイジーに、こまめにヒールを掛けまくった。
馬車の旅は進み、なんとか無事初日を終えた。
途中、一緒に乗っていた子供が酔って、俺の上にリバースしたり(即クリーン魔法を使用した)馬車の車輪が壊れたりもしたけれど、比較的平和な道のりだった。
ちなみに、酔った子供はデイジーが魔法で癒したし、車輪の修理は、熊のジャックが最高に輝いていた。
近くの木を切り倒して、素材から手作りしてしまったのだ。
あくまで応急処置なので、街に着いたらちゃんと修理に出すように、と御者のおじさんに言っていた。
御者のおじさんは泣いて喜んだ。
ジャックの手を握り、ブンブン振ってお礼を何度も言っていたよ。
夜は幌の中で皆で雑魚寝だ。
俺達は自分達の天幕を使用して、見張りを立てる。
ハンター割は、サービスではなくこういう時に御者や乗客を守る為にあるらしい。
なるほどね。
そして二日目の朝に、最初の街アルスフィアットに到着した。
相変わらず、大きくて賑やかな街だ。
馬車から降りて、御者のおっさんにお礼を言うと、急いでハンターギルドに向かう。
皆はゆっくりで良いと言うが、納期の遅れは評価の低下だからな。
出来るだけ急いで納品しなくては!と納品カウンターに向かう。
「あらぁー、早かったですねぇ。何かありましたかぁ?」
ふわふわした薄茶の髪と、垂れ目で紫色の瞳の受付嬢が、見た目のままふわふわしたしゃべり方で早い、と驚いている。
「へ?」
「いや、思ったより早く依頼品が集まったからな」
パッと俺の口を塞いでジャックに渡し、オーランドが受付嬢と話し始める。今回はツイてた、だとか、今度皆で飯に行かないか?だとか。
俺はジャックにも、口を押さえられて、抱え込まれるようにして身体を押さえられた。
ジャックの巨体の陰に隠された形だ。
文句を言おうとしたら、ヤンスさんとエレオノーレさんに、視線で黙らされた。
恐いよぅ。
オーランドが、にこやかに話している間に、手元で文字を書いている。
覗き込むと「コイツのスキルをバラしたくないから裏から入れてくれ」ときったない字で書いてあった。
受付嬢はそれをチラッと見て小さく頷く。
皆からホッとした空気を感じた。




