間話 視点 オーランド 【保護】
霧斗の知らない舞台裏のお話です。
お話の流れ的にここにしか入れられなかったのでぶっ込みました。
「俺はキリトです。信じてくれるかはわからないんだけど、ここじゃない世界からここに来てしまって。着の身着のままで、お金もほとんど持ってなくて……悪いけどここから一番近い街まで連れてってくれませんか?勿論少しだけですけどお礼も出します!」
ぺこり、と頭を下げてオレに願うのは小柄な少年だ。
迷い人のキリトはひょろひょろで、頼りなさげで、年相応には全く見えない。
黒い髪に黒い瞳。
小柄で、肉付きも薄く、どことなく漂う薄倖感。
十四、五歳ぐらいの変わった服を着た少年に見えるがなんとこれで二十一歳だと言うのだから驚きだ。
しかも、【鑑定】【アイテムボックス】のスペシャルスキルが二つも使え、【魔法】もエレオノーレが舌を巻く程の技術である。
にも関わらず、腰が低くて、素直でお人好し。
グリーンフライフォックスのクエストになんて全く関係無いはずなのに協力的で、しかも有用な情報をぼろぼろ溢してくれた。
おかげで絶対に失敗に終わるだろうと思われたこのクエストも大成功で終わった。
万一、毛皮が足りないと言われてもすぐに確保出来るだろう。
高級品のグリーンフライフォックスの毛皮がこうも簡単に手に入るのであれば、それを専門にやっても充分生活できる。
【鑑定】とはそれ程の有用性があるのだ。
「アレは何がなんでも確保したい」
「そうね、あの魔法の知識は絶対に欲しいところよね」
ヤンスの言葉に、エレオノーレが目を据わらせて答える。
ジャックも小さく頷いている。
エレオノーレが盛った睡眠薬をなんの疑いもなく口にしたキリトは、現在ヤンスの天幕でぐっすりと眠っている。
エレオノーレから聞いた時には驚いたが、彼の前では話せない事があるのだと言われれば、飲み込むしかない。
万が一にもキリトには聞こえぬよう、小声で話し合う。
「【鑑定】は間違いなく国に目を付けられる。そうしたらキリトに自由は無くなるだろう。それは迷い人として来た彼には酷だろう?」
キリトが言うには元の世界で神に(神候補だったか?)よって命を失い、その代価としてこちらの世界にやって来たのだ。
本人はハンターになりたい、と目を輝かせて話していたが、【鑑定】が使える事がバレてしまえば、その夢は叶わないだろう。
「【鑑定】だけじゃ無いわ。【アイテムボックス】だって信じられない使い方をするじゃない。アレは異世界人だからこその発想なのかしら?迷い人としての価値も高いわ。その知識だけでも目を付けられる可能性があるわよ」
確かにそうだろう。
毛皮剥ぎに使用した【アイテムボックス】に、獣脂とハーブを利用した獣脂オイル作り、今回は使えなかったがお湯を使った皮剥、本人曰く【言語対応】で会話に不足はない。
つまり、どの国に行こうとも会話に不自由はないという事だろう。
これだけでも、どれだけの価値になるのか……。
下手すれば全世界でキリトの奪い合いが発生する。
本来なら国が保護、するべきなのだろう。
その方が安全で、生活も安定するし、危険に晒される事もなくなる。
でもそれはキリトの目的とは合致しない。
彼が彼らしく生きる為には、オレ達が保護して、一人で好きに生きていける程度にこちらの常識を教えてやるべきだ。
オレ達に出来るかは、わからないが。
キリトが自由に生きられる様に。
「アレは、金になるぜぇ……」
悪い顔をして笑うヤンスが、実際にはただの世話焼きだと理解するまでにはだいぶ時間が掛かった。
コレはそういう体でオレ達で保護してやろうぜ、って事だと思う。
どうしても悪ぶりたいというか、誤解されやすい言い方をするのだ。
でも、何かあれば全力で助けてくれるし、困ってる奴を見逃せないんだ。
多分何があってもキリトをフォローしてくれるだろう。
「だからさオーランド、アイツ、ゼッテー逃すなよ?」
「そうよ?あの知識を逃してはダメよ?」
……恐ろしい笑顔で迫る二人に、少しだけ信頼が揺らいだ気がしたのは気のせいだろう。
アルスフィアットに向かう道中も、彼方の世界の話やハンターの生活など、楽しげに話すキリトに、やはり国に縛られてほしくないと思ってしまう。
二十一と聞いたが、どうしてもハンターに憧れを持つ十四、五歳の少年にしか見えない。
あどけなく、無邪気で、人を疑う事を知らない、下手すればもっと下にも見えるほどである。
オレ達が悪い奴らだったらどうするつもりなのだろうか?
そして、稀に見る不運。
何故この短時間で鳥のフンがそこまで落ちてくるのだ?
まるで吸い寄せられる様に落ちてくる。
足下は注意不足と言えるが、鳥のフンに関しては運と、察知力と瞬発力だろうか?
そのどれもがあるとは思えないが。
領事館にエレオノーレとジャックが連れて行った後、オレ達はレジーナに毛皮を届けた。
お互いに失敗前提で動いていた中で、充分過ぎる程の毛皮を確保したオレ達に目を丸くして驚いていた。
変わった迷い人と出会い、協力したとだけ説明をした。
こちらに来たばかりなどとは漏らさない。
言葉が通じるのだから、こちらに来て時間が経っていると誤解させるべきだ、とヤンスが言う。
「お願い、その迷い人と話したい。本当ならもう決まっていないといけないデザインなんだけど、行き詰まっているの。別の世界のデザインがあれば何か掴めるかもしれない」
話を聞いたレジーナは掴みかからんばかりの勢いで願いでた。
協力すれば、この家に泊めてくれる上に、追加料金も支払うとの事。
それは願ってもいない高待遇である。
早速キリトに協力してもらおうと迎えに行こうとすると、ヤンスが待ったを掛ける。
先に詳しく説明したらキリトが逃げてしまうかもしれない。
あのお人好しなら、連れてきてしまえば絶対に協力してくれるだろう。
なので、何も言わずに連れてこい、と言われたのだ。
(それって周りにキリトが迷い人だと知らせるなって意味だよな)
万が一迷い人だとバレてしまえば、その知識を求めて色んな奴らが群がってくるだろう。
今のレジーナの様に。
幸いにして、見慣れない見た目だが、言葉は通じる。
スキルのおかげか発音も綺麗だし、余計な事を言わなければ異国の親を持つ子供か、他所から移ってきた少年にしか見えない。
それを精一杯利用しようという事だろう。
レジーナに迷い人だと漏らしたのも、目で責められた。
う、悪かったとは思ってるよ。
そうして連れてきたキリトは、見慣れぬ絵を描き、信じられない有用性を示してしまった。
オレはキリトを保護する為に早くパーティに誘えと二人から圧力を掛けられ、話をする事になる。
しかしながら、キリトに「お前が役に立つから、国から目を付けられない様に保護してやる」など言えるわけがない。
横に座る二人からは、無言の圧が増えていく一方である。
「新しくお仕事を受けられるならここでお別れでしょうか?ありがとうございます。大変お世話になりました。おかげで一人でもなんとかやって行けそうです」
とうとうキリトから、お別れでしょう?と切り出されてしまった。
下手くそな作り笑いで、話すキリトは迷子の様に泣きそうな顔をしている。
「〜〜〜〜っ!あーーっもう!俺は難しい話なんかできん。よし、言うぞ!キリト、オレ達のパーティに入らないか?」
自然に誘え、入りたくなる様に声を掛けろ、と散々言われていた結果がコレだ。
なのに、キリトは目を丸くして、オレを見ている。
誘われるとはカケラも思っていなかったって顔だ。
顔をぐしゃぐしゃにして泣き出しそうなキリトをヤンスが揶揄う。
子供の様にムキになって否定するキリトはほんの少し泣いただけですぐに笑顔になった。
無事、細かい事情を説明せずにパーティメンバーにする事ができた。
あとは常識やこちらの知識を教えて、自衛できる様にするだけだろう。
能力を推し量る為に受けた採集クエストに、目を輝かせる。
キリトは初クエストにはしゃぎ、買い物にはしゃぎ、魔法の実験ではしゃいだ。
それはもう、言葉に出来ない程に常識外れで。
本当にどこでどう育てばそうなるのだ?と思える程に常識も警戒心も無い。
……この先を思うと頭が痛くなる。
更にレジーナの前でもはしゃいだ。
頼まれてもいないのに、ぼろぼろと商品のアイディアをこぼしていく。
それは、レジーナが夜這いをかけようとする程に有用だった。
事前に気がついたヤンスが部屋を変えて、レジーナを出迎え、充分に揶揄った後、当身で眠らせて部屋に戻した為、キリトは全く何も気が付いていなかった事だけは幸いであったが。
……コレは本当に先が思いやられる。




