とんぼ帰り
「………で、直ぐに戻ってきちゃったという訳ね」
テーブルに頬杖をついたマリーさんが苦笑しながらそう口にする。
至高騎士からの依頼を受けた私達は、その足で
即座に帝都へと引き換えし、人形達の宴へと戻っていた。
旅立ったその日に戻ってきた私達に一瞬驚いた表情を見せた
デューンさん達だったが、直ぐに何かあったと察してくれた様だ。
「相変わらず波乱万丈な事ばかり起こってるわね貴方達
旅立ったと思ったら1日足らずでそんな濃密な体験して帰って来るなんて
御伽噺でもそんな展開は無いわよ、ふふふっ」
一通り事情を説明を聞き終えたマリーさんが愉快そうに微笑む。
「ええ、自分でも心底そう思うわ
レンに出会ってから毎日が騒がしくて退屈してる暇なんて無いわ」
フィルが苦笑しながら私を見つめてそう呟く。
いや、確かに苦労をかけてる自覚はあるけど
騒ぎを引き当ててるのは私だけじゃないような気がするんだけどナー。
「マリスは充実しまくってて大満足だよ♪
こっちから引っ張る必要も無いくらいトラブルが向こうから
やって来てくれるんだもん、もう最高だね♪」
うん、マリスならそう言うと思ったよ。
マリスの魔法や知識には物凄く助けられてるんだけど
暇になると何処からかとんでもないトラブル引っ張ってきそうで怖いなぁ。
「我はマスターの行く先であれば例え何があろうとも
付き従います、それが例え地獄であろうとも躊躇う気はありません」
う~ん、個人的にはリーゼにはもちょっと自分の事を優先して欲しいかな。
というかこの世界にも地獄の概念があるんだね。
「うん、大体の事情は分かったよ
それで………これからどうするつもりなんだい?」
私達の報告を静かに聞いていたデューンさんが問いかけて来る。
「帰って来る前にギルドで確認したんですが、国を挟んじゃってるので
正式な依頼が来るまでには3日ほどかかるそうです。
ですが、1つ問題がありまして………」
「問題?」
私の言葉に、デューンさんが聞き返して来る。
「はい、私達が至高騎士から依頼を受けた数日前に
帝国側から同じ依頼がギルドに来たそうなんです。
依頼がブッキングしそうなのでマイーダさんが今調整に入ってる
みたいなんですが、前例のない事みたいでちょっと手間取ってるみたいです
なので、本格的に動く事になるのは少し時間かかりそうな
気配なんですよね………」
「あれま、それはタイミング悪いわね」
デューンさんへの返答にマリーさんがきょとんとした表情をして返す。
「取り合えずは差しさわりのない範囲で下調べをするつもりですが………
その前に2人に聞きたい事があるのですが宜しいでしょうか?」
「………それは僕達が彼女達に食事を提供している件、の事だよね」
まぁ、流石に察するよね。
恐らくその件でロテールさんも人形達の宴の様子を見に来たくらいだし。
「誤解しないで欲しいけど、別に2人を疑ってる訳じゃないわ
もしこの件に関係してるのなら、貴方達の行動は余りにもリスクが高すぎるし
何より私達を人形達の宴に住まわせることはしない筈だもの」
「脅されてたりして私達に解決して欲しかった、って線なら別だけどね~」
私の言葉をフィルとマリスが補足する。
そんなに長い付き合いじゃないけど、この2人が女性を攫って奴隷に堕とす様な
外道を平気で行える人物じゃない事は確信してる。
それに、いくら善人面しても内面のどす黒さってそうそう
隠し通せる様なものじゃない。
あの手の人間達にとって他人を蹂躙する事はもはや麻薬のような物だ。
―――そんな悦楽を、あいつ等が隠せる訳が無い。
「レン?」
不意にフィルが私の名を呼ぶ。
………とと、思考がズレ始めた、今は関係ない事だね。
「………信用してくれて有難う
僕等は脅されてたり、彼女達を陥れた奴らと関わりがある訳じゃないよ
僕等………僕が彼女達に食事を提供しているのは、あくまで僕自身の
感情的な事柄なんだ、マリーさんはそれに付き合ってくれてるだけだよ」
少しの沈黙の後、デューンさんは少し物悲しそうな微笑を浮かべて語る。
―――その表情を見て私は確信を深める。
うん、この表情をする人があんな外道な事を出来る筈がない。
むしろ、この人は………
「ふむむ、デューンお兄ちゃんの個人的な事情は知んないけど
それ以外は大体予想通りかな~
事を帝国に訴えて大っぴらにしないのも保身とあの人達の安全の為だよね」
「うん、叶うなら彼女達を解放してあげたいけど
流石に僕の力だけじゃどうしようもないの分かり切ってるし
人を攫うなんて大事を平気でこなせる連中だ、それなりの規模の組織な上に
そんな連中を子飼いに出来るって時点で結構な権力を持ってる人物が
関わってるのも明白だしね」
口調は穏やかだけど、デューンさんの口の端が僅かに歪み
無意識に握っている拳が僅かに震えてるのが分かる。
………その悔しさは痛いほどわかるよ、デューンさん。
「そんな訳だから、僕が君達に渡せる情報は何もないに等しいんだ
役に立てなくて申し訳ない」
そう言ってデューンさんは頭を下げる。
………この人が頭を下げる理由なんてどこにもないのにね。
「私も彼女達に関する情報は何も出せないわ
私はただデューンを手伝ってただけだからね
………同じ女としてどうにかしてあげたい気持ちはあるけど」
それに続けてマリーさんも目尻を若干上げ、眉間に皺を寄せながら口にする。
「だから、僕達に出来る事があれば何でも言って欲しい
出来得る限りの協力はすると約束するよ」
デューンさんは頭を上げ、真剣な眼差しでそう口にする。
若干雰囲気が重くなるフロア、けど次の瞬間
「おっけ~、そんじゃデューンお兄ちゃんが『1番美味しいと思ってる料理』を
お願いするね~」
重苦しい空気をぶち壊す様なのんきな声でマリスが妙な事を言う。
一瞬して妙な雰囲気になるフロア、いきなり何言ってんのマリス!?
「えーっと…マリス?
何でいきなりそんな事を………」
マリスの意図が分からず困惑しながらも聞き返す私。
「ん?だって今デューンお兄ちゃん出来る限りの事は何でもするって言ったじゃん
だからマリスがやって欲しい事を言っただけだよん」
いや、確かにそう言ったけどさ
流石にそれはちょっと意味が違うと思うんだけど………
「マリス………アンタが変人なのは分かってたけど空気読みなさいよ
空腹なのか知らないけど、今はそんなこと話してんじゃないわよ」
フィルが呆れ顔でマリスに文句を言う。
マリスの事だから流石にお腹が空いたから言ったんじゃないとは思うけど
それにしたって空気読めなさすぎの様な………
「まぁまぁ、分かったよマリス
君が存分に力を振るえる様腕を振るって来るから少し待って………」
「あ、デューンお兄ちゃんストップ
マリス今すぐ欲しいなんて言ってないよん」
苦笑しながら調理場をへと向かおうとするデューンさんを引き留めるマリス。
えっと、マリスホントに何がしたいの?
「………どういう事かな?」
デューンさんも私と同じ気持ちだったらしく、声色に困惑が混じる。
「今のマリスの注文は依頼が完了した後の事だよん
多分だけどこのお店に大勢お客を連れてくる事になるだろうから
その準備をしてて~って事だよん」
マリスの言葉にフロア内に沈黙が走る。
次の瞬間、まるで光が差したような感覚でマリスの意図を理解する。
「………ふっ、あはははははは!
そういう事だね!!マリス」
同じく意図を察したデューンさんが呵々大笑する。
マリスはデューンさんに『1番美味しい料理』を頼む事で
必ず彼女達を助けるとデューンさんに誓った訳だね。
………回りくどいけど、粋な事をするねマリス。
「アンタね………分かり辛いのよ」
同じように意図を理解したフィルがマリスを睨みつけながら言う。
「だって普通に言ったって面白くないじゃん
けど、これで皆も気合入ったっしょ?」
………確かにね、元々やる気満々だったけど
これでさらにやる気も増した、士気向上が上手いねマリス。
「ふふふっ、それじゃデューン
いつお客様が来ても良い様に準備してましょうか」
「ああそうだね、これは相当気合を入れないとね」
デューンさんとマリーさんは2人顔を合わせた後、明るい顔で頷き合う。
重苦しい雰囲気だったフロアが一気に明るい感じになる
マリス、もしかしてこれも狙ってた?
「んっふっふ~、んじゃ気合も入ったところで早速行こうかね」
「行くってどこによ?」
ニコニコしながらフロアから出て行こうとするマリスにフィルが問いかける。
「決まってるじゃん、悪人の情報を集めて貰うんだったら
同じ悪人が適任だよね♪」
マリスはそう言うと、にやりと不敵な笑みを浮かべた。




