金と蒼の騎士
「レティツィア=ブルグネティ………
『蒼弓の戦乙女』と呼ばれた貴方がこんな国境にいるなんてね」
思わぬ人物との遭遇にマリスはいつもの調子を引っ込めて口を開く。
流石のマリスもこの事態は想定外だったのだろう、完全にシリアスモードだ。
横にいるフィルも完全に緊張状態で頬に冷や汗が伝わってるのが見える。
そう言う私もさっきから勘が警鐘を鳴らしっぱなしで
下手に身動きが取れない状態だ、その様子を感じ取ったのか
リーゼも油断ならない視線を彼女に送っている。
そんな状態の私達にも関わらず、彼女………レティツィアさんは
笑顔を崩さないまま
「そう警戒しないで大丈夫ですよ、貴方がたが帝国の冒険者とは言え
我が国の危機を防ぐ為に尽力なさっていた事は存じておりますので」
そう言って手に持っていた豪奢な弓を背中に回して
カチッと音を鳴らして鎧に取り付け、手から離す。
その姿すらも瀟洒な雰囲気に溢れていて、武骨な鎧姿だと言うのに
上品なドレスを纏っているかのような雰囲気を醸し出してる。
改めて見ると凄い美人だ、ホントこの世界には美人が多いなぁ。
整った顔に女性にしては高めの身長、そして何より目を引くのは
蒼い光を纏っているようにすら感じさせる長い髪だ。
………『蒼弓の戦乙女』とはよく言ったものだね
この人の雰囲気にぴったりな気がする。
けど何だろ?どこかで見た感じが微かにする様な………
「それもどうやら無駄骨っぽかったみたいだけどね
貴方が来るって知ってたらマリス達もこんなことしなかったと思うし」
そんな感覚を抱いていると、レティツィアさんの言葉にマリスが答えてる。
確かに、この人ならばあのデカスライムも余裕で何とかしそうではあるね
実際、核を露出させて攻撃した私達と違って
遠距離から分厚い粘体を貫通した上で核を撃ち抜いたみたいだし。
「そうでもありませんよ、貴方がたがヒュージモススライムと白兵戦を行い
足止めをしていたからこそ被害もほぼ軽微な状態で私が間に合ったのです。
貴方がたがいなければ恐らく外壁内に侵入され、大きな被害が
出ていたでしょうから」
マリスの言葉にレティツィアさんは外壁の方を向いて答える。
それにつられて私も外壁を見る…と、そこかしこに何か溶かされた跡が見える。
うわ、あのデカスライム石も溶かすんだ………こりゃ確かに
外壁超えられてたら酷い事になってたね。
戦闘中の状況からして私達が前線でデカスライムの注意を引かなければ
恐らく火矢も間に合わなかっただろう、確かにギリギリの状況だったっぽいね。
「ですが、まさか前線で戦っていたのは貴方達の様な
少女達だとは思いませんでした、それに………」
そう言ってレティツィアさんは私の方へ向き、じっと見つめる。
「レベル0《SystemError》………ですか、貴方の様な方は
初めて拝見いたしました、その上武器も持たずに戦闘をしているとは………」
あ、そこはやっぱり驚くのね。
会う人殆どに言われてる気がするなぁ、余程この世界では
常識はずれな事やってるみたいだね、私って。
「それに神官と魔導士が冒険者をやっている上に
同じパーティにいると言うのも不思議な組み合わせですね………」
レティツィアさんは私達をそれぞれ見ながら呟いてる。
なんかもう珍獣扱いに近くない?私達って。
「中々に興味深いですが、今はそれよりも
今回の件について貴方がたからも報告願えませんか?
勿論、来客扱いとしてですが………」
ふむ、個人的には構わないけど………取り合えず皆はどうかな?
そう思って仲間に相談しようとした瞬間、マリスが私に
そっと耳打ちをする。
「レンお姉ちゃん、一先ず受けた方がいいと思うよ
内容次第だけど、上手くいけば王国内で動きやすくなるかもだし
逆に拒否するとひっ囚われる可能性が出て来るからね」
む、その可能性も在るか………
となるとこの場で断るのは得策じゃないね。
「分かりました、私達の知る限りの事を報告させて頂きます
みんなもそれでいいよね?」
私の言葉に皆はこくりと頷く。
「ご協力有難うございます、ですがこのまま立ち話も何なので
一度国境砦の一室へご案内させて頂きます」
レティツィアさんはそう言って慇懃に一礼すると
すたすたと外壁に向かって歩き出す。
一見隙だらけの行動だけど………こりゃまいったね。
この人も今の私じゃ勝ち筋が見えない、本物だ。
世界は広いという事を痛感するなぁ………異世界だけど。
とりあえず、言う通りについて行きましょうかね。
私達はレティツィアさんに連れられるまま国境砦を練り歩く。
途中砦内で王国兵がすれ違いざまに次々とレティツィアさん敬礼をしてる。
これだけでこの人が王国軍にとって重要人物だって言うのがよく分かるね。
まぁ、私達に視線を移した瞬間怪訝そうな顔をする兵士が大半だったけど。
そんなこんなで砦内の一室に案内される。
………どうも応接室っぽいね、それもかなり上客用の。
椅子の1つを見ても木製なのにピカピカに磨き上げられてて、壁には高そうな絵
そして天井にはシャンデリアっぽいものがぶら下がってる。
帝国の貴族邸もそうだったけどこの辺りの感覚は異世界も変わらないっぽいね。
レティツィアさんは部屋に着くなり笑顔のまま
「どうぞ、おかけ下さい」
と言って私達を促す。
拒否する理由も無いので私達は部屋にある長机に備え付けられた
豪奢な造りの椅子に腰かける。
それを確認したレティツィアさんはつかつかと長机の上座に座り
「それでは早速ですが、報告の前に貴方がたのお名前と
宜しければ王国に来た目的などもお教え願えませんでしょうか?」
おっと、そう来たか。
確かにそれが1番大事だよね、向こうからしたら私達は
珍しい人種だろうけどぶっちゃけ馬の骨以外の何者でもないし。
すかさずフィルが「いいの?」と目配せをしてくる。
まぁ隠す様な事でもないし、ここは正直に全部言った方がいいかな。
私は小さく頷いてから冒険者証を出し、自己紹介を始めた――――
………
………………
………………………
「そう…ですか、元の世界に帰る為に勇者の足跡を
訪ねるところだったのですね」
レティツィアさんにひとしきり自己紹介と旅の目的を伝えると
一つこくんと頷きそう呟く。
「この度王国へ訪ねた理由はそれが全てです
帝国のギルドからも何も請け負っていませんし王国のギルドで
仕事を請け負うつもりもありません、完全な私用です」
フィルが凛とした声で答える、こういう時は1番身分がはっきりしてる
フィルが発言したほうがいいと思ってフィルに目配せしてみたら
即座に意図を理解してくれ、率先して受け答えをしてくれた。
それなりに説得力はあったようで、レティツィアさんは終始疑った様子も無く
温和な表情で耳を傾けていた。
「事情は把握しました、取り調べのような真似をして申し訳ありません。」
フィルの説明に納得してくれたのか、レティツィアさんはそう言って
僅かながらも頭を下げる。
へぇ、国の要職についてる筈なのに他国の冒険者に頭を
下げる事が出来る人なんだ。
思ってたよりも義理堅い人なのかもしれない。
だけど、頭を上げたレティツィアさんは真剣な表情になり。
「ですが貴方がた………いえ、他国の冒険者が
決められた場所以外に立ち入ることは現在禁じられています
このまま王都へ向かう事は可能ですが、自由な行動は出来ません」
「えっ?」
意外な言葉に思わず声が出てしまう私。
「どういう事ですか?王国は現在冒険者を集めていると
聞き及んでおりますが」
すかさずフィルが質問する、確かそんな話だったけど
他国の冒険者を集めるだけ集めておいて行動に
制限をかけてるって事はどういう事なんだろう?
「それは………」
言い淀むレティツィアさん、これは厄介事の予感がするね。
そう思った時、応接室のドアが開く。
その瞬間、前に感じた強者の気配が私を射抜く。
思わず振り返る私、そこには………
「そこから先は、僕が説明したほうがいいだろうね」
レティツィアさんに似た豪奢な鎧を着た、金色の髪の騎士が
微笑を浮かべながら立っていた。




