俺と囚われた人
俺が主に大きく移動するのは夜だ。
それは竜体であろうと、人型であろうとあまり変わりは無い。
仕事を終えた俺はリイラを胸に抱いて、闇夜の中帰路を急いでいた。
次の依頼主が帝都で待っている、あと二時間ほど走れば着くか・・・。
あまり都市が近いと竜体になった時に、降りる場所が無いので、ある程度町に近くなると人型になって走る。
『おとう、お馬さんの声が聞こえたよ』
「そうだな、こんな時間には旅団は移動しないから・・・さて何かな」
まだまだこの世界は一歩大きな国や都市を離れると、盗賊やら海賊やらが横行しているようであり。それが流通に大きな打撃を与えているようだ。
徒党を組んで襲ってくる盗賊団に対抗するために。国の財産を守る領兵や一般人が金を積んで雇う傭兵がある。どちらも兵団というのを組織して定期的に出発するキャラバンを領から領、国から国、あるいは出発地から目的地まで運ぶ。
少人数での旅は危ないからという理由で、商人も兵隊も一緒に行動しましょうってわけだ。
俺の仕事と言うのは、大雑把に言うと運び屋だ。
宝飾品関係組合のお抱え運送屋さんとでも言うべきか。
護衛兵が複数の商人旅団と旅するのが一般的だが、腕に自信がある者が多く、単独行動もする。
特徴は何よりも速く安全に品物を届けるという事。
大きな物は運ばない、一人で抱えて行ける物。主には貴金属、宝飾品。依頼によっては重要な書類であったりもする。そして俺はまず帝国内の近場で一ヶ月ほど、親方と呼ばれる人に付いて旅をし、仕事を覚えて修行期間が終わると独立した。
この親方に当たる人が、マールさんの旦那さんで、親方が所属する宝飾品を扱う帝国最大のギルド(組合)の運び屋の一員に所属する事になった。
修行期間は短くても本当は三年とかなんだが、こちらの事情を親方は知っているので独り立ちする時の証明書と言うか、修了書を適当にごまかしてくれた。
仕事は、ギルドからの依頼で動く時もあるし、お得意様からの紹介でギルドとは別に仕事を引き受ける時もある。
まぁ何にしても、俺はまだまだ駆け出しの新人である事には変わり無かったのだが、とにかく運ぶのが速い(当たり前だよ、飛んで運ぶし)・・・のでそこそこに依頼は切れ目無しにあった。
最近、帝国の東に位置するルズラムという国で内戦があったのだ。
そして内戦で国内がボロボロになった所に、こんどはその隣のファフウスという国が干渉してきて、暫定王となった先ルズラム王の唯一の嫡子である十六歳の王子様を誘拐して国に連れ帰ってしまった。
あぁやっと内戦終わって落ち着いたわ、やれやれと言うところにこの大事件で、ルズラムと同盟関係にあった帝国から元帥のシャイナ殿下と契約竜の光竜が助けに行った。
酒場なんかで漏れ聞いた話では、そのルズラムの内戦ってのもファフウスが仕組んだのだろうと噂をしているが本当の所は分からない。
またこのファフウスという国が滅茶苦茶で。略奪強奪を繰り返し、首都はもちろん町や村、田畑まで焼いてちょっとこの国は暫く住めないでしょうと言うくらい荒廃してしまった。
折しも季節は冬で、もうルズラムの国民はすべて奪われてしまって餓死して行き倒れるしか無かったのだが、国庫にそういう場合の余裕があった帝国が難民を受け入れた。
難民も、どこの国の人とか言うパスポートみたいな物はもちろん無いから、とにかく困っている人をゴソッと帝国は一時的に保護した。
その中に、ルズラムの兵士ももちろん居て彼らは協力的で難民村の秩序の一旦を担っていてくれたのだが、何と、ファフウスの脱走兵もこの難民の中に混じっていて国を粛清した逆恨みか何か知らんが、何か困った事無いですか~と呑気に飛んで現れた青竜に大怪我を負わせた。リオン的には竜の姿を見て、ルズラムの人に心強く頼もしく安心してもらえたらという狙いがあったのだが・・・。
その事件の後、脱走兵は速攻で逃げてしまった。帝国や他の第三国に散らばって行ったらしい。
そいつらがまた盗賊になったりして、最近はそれがとても問題になってる。
まさに落ち武者だな。
『あれぇ、お馬さんだけだ。リイラお馬さんとお話していい? 』
周りに人の気配が無い、馬だけが道端の雑草を食んでいた。
俺は、高い木の枝に立って辺りを見回していたが音を立てずに地上に降りた。
「乗用馬じゃないな、馬車から離れて来たのか」
リイラがそっと馬の首筋に触れた。
馬は一瞬ブルっと震えて、リイラと目を合わせた。
『寒くて遠いところから来たんだって・・・』
「主人はどこにいるか分かるか?」
『分からないみたい・・・。かわいそう、かわいそうって言ってる』
「リイラ、おとうが戻るまで竜になって空に居てくれ」
『わかった』
風を纏って竜になったリイラの鼻をポンポンと叩くと、リイラは空高く舞い上がった。
盗賊に襲われたのだろうか。あいつら馬は盗んでいかなかったのだろうか。
俺は水晶の剣を背中から手に持ち替えて街道を走った。
しょっちゅう・・・という事では無かったのだが、たまにこういう事態に遭遇した。
襲われている最中の事もあったし、略奪が終わった後の事もあった・・・。
しかし、帝国の首都からそうも離れていないこの場所で、何と大胆な事か。
あれか・・・。
俺は箱型の大きな馬車を確認した。
少し傾いでいるので、車輪が外れたか轍にはまって動けなくなったか・・・。
しかし、外に人が居ない。
一人ではどうしようも無かったので助けを呼びに行ったのか。
俺は額に剣を当てて、少し竜力を注入した。
こうしておくと、剣を交えなくとも振り払う様にするだけで相手が吹っ飛ぶ。
矢が飛んできても障壁も展開できる。
俺は少し離れた所から跳躍して、馬車の天井に乗った。
襲われたってわけでも無いのか・・・。
馬車には修羅場になった後の刀傷も無いし、怪我人も死体も無い。
チャリチャリ・・・・。
中から金属が擦れ合う音が微かにして、俺はしゃがんで馬車の天井の板の隙間から中を覗いた。
馬車の中は真っ暗だったが、俺には少しは見える。
まず、細い足が見えて足枷と鎖が見えた。
うはっ、囚人の護送用馬車だったのか。
うーん? 一人じゃない。
何人か居るようだが───。仮に囚人用だったとして、護送用の領兵なり付いてないのはおかしい。
もう少し中をよく見ようとして、膝を天井の板に付けたところでバキッと鋭い音がして、板が折れ、おれの片足が太腿までハマってしまった。
「あぁぁぁ、やっちまった」
これじゃ、ウチの天井をブチ破って穴を開けてしまったアルファーの事を言えないな。
「誰だ・・・、クスリを、くれ、何でも言う事を聞くから・・・」
足がハマって、えいっえいっと必死で抜いていた俺に小さくつぶやく言葉が聞こえた。
薬?なんだ病人でもいるのか。
・・・抜けない、足が抜けない・・・。うおお、今回の旅始まって一番のピンチかも知れん。
誰か戻って来るまでに何とかしなければ。
もうどうなっても知らん! 足を力任せに引き抜くと、一緒に板がバキバキっと一枚めくれ上がってきた。
よし、俺トンズラするぞ!!
領兵なんぞに見つかって面倒事を起こしたくない。
「ま・・・まってくれ、私たちは囚われているのだ・・・助けてくれ。女、子供もいる」
足を板からやっと外し、馬車から降りようとした俺に、壮年の男の声がした。
「どなたか分からんが、わしらは薬漬けにされてしまってもう動けん。頼む一生のお願いだ、この子達を助けてくれ!!」
薬漬けだと? 俺は立ち止まってもう一度中を伺った。馬車の中から天を仰ぐ五十代くらいの男が見えた。
「薬をくれ・・・」
馬車の奥から違う男の呻きに似た声も聞こえる。
最初に聞いたのはそっちか。
あぁもう、道端に居たウマッあいつさえ見つけなければ・・・。
「おじさん、そこどいて天井破るわ・・・」
俺は三枚ほど板をメリメリ捲って下に降りた。
「頼む・・・わしらの事を殿下───。いや陛下がお探しだと思うのだ」
「おじさん、とりあえず怪我だらけだし。この中に居る人たちもボロボロだから何とかしよう、あぁ、今詳しい事は結構。ちょっとこれ持ってくれる?」
俺はベルトに付けた小袋から、碁石のような水晶を何個か取り出し、両手でグッと握った。
小さな水晶は数個の星が宿り、くるくると星が小さな虫の様に廻っている。
「病気が治おるわけじゃない、少し体が楽になるだけだ。一日経てばソレは普通の水晶になる・・・握って、一回だけなら障壁も張れる」
おじさんは、暗闇の中でポッと光が点った水晶を手に取り、俺を凝視した。
「貴方は・・・?」
「通りすがりの仕事帰りの通行人です、誰が何と言っても通行人です」
俺は倒れている人たちの手に水晶を握らせて回った。
男性や女性、十代位の男の子、女の子。
このおじさん。
女性と子供は眠っているのか気を失っているのかピクリとも動かなかったが、何とか息はある。
「わしらは・・・ファフウスに帰る途中で奴隷狩りに逢ってしまって南に売られる途中だ・・・」
帝国に奴隷制度は無い。こういうのは保護対象なんじゃないだろうか・・・。
俺は憲兵じゃないから判断は出来ないが。
おじさんは腕をまくって蛇の焼印を見せた。
薬をくれと言っていた男がククッと笑いながら泣き始めた。
「あの国はもうオシマイなんだよ、義のある騎士もまともな貴族も全て家畜以下の扱いだ」
「ナルス、正気に戻ったのか」
「あぁ、ここはどこだ? 」
「あと、帝都まで馬車だったら六時間ってとこかな、森の中の街道だ」
俺は子供たちを二人一度に抱きしめながら答えた。
「何でこんな所に、放っておかれている? 何があった? 」
おじさんは俺を見てぼーっとしていたが、はっとして居住まいを正した。
あまり威圧感が無いので警戒するほどでは無いようだが、うっすらと感じる。
おじさんは外国の貴族なのかも知れない。
「犬の声が聞こえたような気がした・・・。この辺りは狼が出るのか?」
「狼じゃなくて、野犬の群れに襲われたって話をたまに聞くな」
あの馬、よくぞ無事だったな・・・。
いや、今頃襲われているかもなんだが、野犬くらいだったら動物大好きなリイラが追っ払ってるかも知れない。竜は生き物の頂点と言われているからか、野犬からは遠巻きに囲まれた事はあったが襲われた事は無かった。
「この中に居たから助かったのかも・・・。さて、足を貸して外すから、子供と女性のは外しておいた」
「えっ?何を」
ナルスと呼ばれた俺とあまり歳の変わらないように見える青年が、訝しげに顔を歪めた。
俺は女性の状態を確かめていて、女性が目を閉じたまま微かに彼の名前を呼んだのが聞こえた。
俺は女性を抱き上げ、彼の元に運んだ。
「知り合い? あんたの名前呼んだみたいだったけど」
「うぁぁぁぁぁ!! エルカ!!! エルカッッ!!!」
ナルスは俺の腕の中から彼女を受け取り、彼女を掻き抱いた。
その時に、ほんの少し何かの薬の臭いがしたが、よくある薬草の香にも似て・・・。
「少量なら意識が多少混濁する位なのだが、常用すると中毒になる薬をずっと飲まされていたのだ。飲まないと殺すと脅されてな、ナルスはエルカの分まで隠れて飲んでおったから早くに中毒症状が出ていた・・・ゴホゴホッ・・・」
「子供たちは? 」
「子供には少量でも命に関わるので飲まされて無いようだったが、逃げないように食事を抜かれていた・・・」
「エルカ、目を覚ましてくれ、エルカ・・・」
ナルスが愛おしげに何度も頬と髪を撫でて、ほんのりと彼女が目を閉じたまま微笑んだ。
その間に俺は、おじさんとナルスの鉄の足枷をバキバキと引き千切っていった。
おじさんがそれを見て驚愕の表情をうかべた。
竜力抑えてないんでね、バカ力ですよ、ええ、リンシェルンにはたまに負けますけどね。
何か言いたそうなおじさんを放って置いて、もう一度子供の方へ戻った。
この人達、家族かなと思ったけれど違う様だな。
帝国では奴隷狩りなんて一級犯罪だろうが、それ以外では普通に行われていると聞く。
貧困に陥った村が子供を売るなんてこともあるのだろうが、帝国内を通るとは奴隷商人も勇気があるもんだ。
さっきの馬を連れてきて、このまま帝都へ連れて行くしか無いな・・・。
そうと決まればさっさと移動しよう。
憲兵を連れて来る事も考えなでも無かったが、その間に奴隷商人が帰って来ないとも限らない。
「俺、帝都戻る予定なんで良かったら連れて行くけど、それでいいか?」
「すまん、迷惑を掛けるが・・・ところで、私の推測では貴方は・・・」
おーーーとーーーうーーー!! おーーーーとーーーーうーーーー!!
ドスドスドスという何か大きい物が走って近づいて来る足音と、カポカポカポという馬の蹄の音が聞こえてきた。
あああ!! 空に居ろって言ったのに!!!
リイラが竜体のまんまで、俺がひっぺがした馬車の天井からヌッと頭を突っ込んで来た。
ヒッと息をつめる音が男二人から聞こえた。
『おとう、こんな所に居た。あのね、あのね聞いてちょうだい、とうとうリイラはやりました!!』
「・・・なにを?」
『えへん!! 今日からリイラは親分さんになりました!!』
「・・・・ハァッ?!」
『手下のみなさーん、おとうにご挨拶してねー』
急に馬車の外に、多数の気配が近づいてきた。
おじさんもナルスも何かを感じたのか、体を強張らせる。
囲まれたな・・・。
俺は鞘に入れて腰に刺していた、剣をスルっと抜いて馬車の後部入り口の扉を足で蹴破った。
「・・・・・手下?」
そこには、行儀良く百匹近い色んな種類の犬が、座って尻尾をふっていた・・・。
何だこりゃ・・・。
「あんた達は一体・・・」
ナルスが怯えたような声を上げたが、俺は脱力して膝をガクっと付いた。
『おとうは大親分なんだって!! よかったね!! 』
「おぉ、やはり貴方は・・・りゅ・・!!」
俺は思わず膝を付いたまま振り返り叫んでいた。
「ただの仕事帰りの通行人!!、 誰が何と言っても!! そういう事にしておいて・・・」
俺の叫びは虚しく暗い森の空に響いて行った───。
敢えてオヤビンでお願いします。




