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君に届くは竜の声  作者: 月野安積
第一章 麓の村
23/42

俺、旅立ちの準備をする

この村にやって来てから、一体何ヶ月経ったろう。

初めて来たのは、秋が深まっていた頃だったから五ヶ月は経っただろうか。


最初の一ヶ月は殆ど何も分からないまま、毎日を過ごし。

次の二ヶ月はリイラを孵すために洞窟に篭った。そして、

新年を迎えて、村は更に雪深くなった。『冬の間は雪に阻まれ要塞になる。』とアンジェラは言っていたが、正にその通りだった。


街へ通じる唯一の峠道は雪で閉ざされ、通行不可能である。冬の間この村は誰にも知られる事のない、別世界の様になる。

まぁ俺にとってはすでにこの世は別世界なワケではあるが。


雪は俺の膝丈くらいまで積もっていたが、今日は天気がいい。

ばあさんとリイラが窓際で麗らかな日差しを浴びて、コックリコックリと居眠りをしていた。


俺は、洞窟から帰ってきてから、プリシラから字を学び、ユリアンからは周辺の国々の情勢や地理を聞いた。


この世界は、まだまだ戦争が終わっていない国や地域があるようで、今いるレオフレイド大公国は帝国の同盟国でもあり、また帝国から見て北の地域にあるので外国の進入は無いのだそうだ。

南に目を向ければ海峡を挟んで、そこも同盟国があり、その先には砂漠が広がる灼熱の大地がある。香辛料や熱帯地方ならではの果物などが主に輸入される。

そして、帝国を挟んで西と東であるが、まだまだ不安定な情勢の国が点在しており。

帝国が介入したり、こちらに飛び火する前に鎮圧したりと、中々大変なようだ。


王族達よ、本当にここに居ていいのか、という話なのだが。


「ラギとリイラと居たいから、いいんだよー、春になったら一旦お別れだろう? 」


一旦って何だ!、残念だが永遠のお別れだ、必要以上に関わる気は無い。

リンシェルンも基本この村に滞在していたが、フラっと居なくなる事がたまにあるので、

ユリアンの仕事を手伝っているのかも知れなかった。

けっこうな量の書類に埋もれているユリアンと、それを手伝っているプリシラの姿を見る事があったので、まったく仕事をしていないというワケでも無いようだ。

今のところは村に居ても、問題は無いのかも知れない。


俺はばあさんとリイラを起こさないように、そーっと家を出ると、隣の小屋にいるじいさんを尋ねた。

じいさんは自分で工房とか言っていたが、俺にはただの物置小屋にしか見えない。


「じいさん、忙しくしていた? 」


「あぁ、ラギ、今は大丈夫じゃよ、頼まれていた物もできとるよ。こんなのは作ったの初めてじゃけど、リイラの物も作ってみた」


じいさんは俺に厚い皮で作った、背負うタイプのカバンを渡してくれた。

そのカバンは横幅の広いランドセルに似ている、金具の部分も向こうの世界で使っていた物とほぼ同じだ。リイラが背負うと本当にランドセルにしか見えない。


あと、幅広のベルト、かなり長いのだが、これは腰に2重巻きにして使う。

それを受け取った俺は、ベルトを伸ばし、ランドセルの腕を通す部分に渡らせ丸い輪を作った。

後はこれがうまく腕に通るかどうかなんだが・・・。


「付けてみる」


俺はカバンを持って一度外へ出て、竜体になり、腕に通してみた。

鱗がちょうど逆鱗(さかうろこ)になってズリ落ちなくていい感じだ。

あれだ、ウエストポーチならぬブレスポーチだな。


首にかける事も考えたのだが、実は実験している時に悲しい事実が発覚した。

手が頭の上に乗らないのだ・・・・・。


思っていたより腕が短かった・・・。

そして、おのれの首は思ったより長かった・・・。


「ラギやどんな具合かの」


じいさんが何か手に持って、小屋から出てきた。


「大丈夫みたいだ、カバンも大きいし着替えや荷物も沢山入りそうだ、ありがとう」



俺は竜の姿のままで、じいさんにペコッと首を下げた。

じいさんは、俺の鼻をヨシヨシと撫でて、「もうちょっと頭を下げてくれんかの」

と言った。


言われるままに、じいさんの顔の少し下になるように頭を下げると、頭にカポっと何かを被せられた。

頭に・・・と言うか額に何かを巻かれて後ろを金具で留められた。


「なに? これ? 」


「竜具の額当てじゃけんど、分厚い皮で作って見た。額の部分が体の中で一番鱗が薄いと言われておるでな、障壁を展開するのは本当は貴石がいいんじゃが、わし、水晶で作った。わしらは金が無いから沢山餞別は無理じゃけど、これならラギを守ってくれると思うんじゃ」


ジジババには、先日、春に一度帝都へ行くと伝えた。

リイラも連れて。


目の上の事なので良く見えなかったのだが、俺の額の部分には水晶で作った、腕の長さほどの角のような物が見えた。あまりに精巧で本当に角が生えたみたいだ、鋭利なそれは(ホーン)と言うより(ソード)のようだ。


「リンシェルンさんが洞窟から一本持って来てくれたんじゃ、それを加工してみた」


「でも、じいさん、これは荷物になるから持っていけない」



『額当ての部分は私が持っていよう、水晶剣の部分は鞘と柄を使って腰に下げればいいだろう』


いつの間にかリンシェルンが近くまでやってきた。

俺の額を見つめながら、興味深そうに水晶に触って見ている。

リンシェルンの傭兵も3人ほど一緒だ、俺を遠巻きに見て目を丸くしている。

あぁ、あの人たちには竜の姿を見せた事が無かったかも知れない。




そうそう、彼女と俺が一緒に居る事で、一つリンシェルンにとってうれしい事が増えた。

どういう事か、念話の広域展開が出来るようになった事だ。

俺が近くに居ないとダメとかでは無く、リンシェルンが試してみたところによると、竜、人と関係なく同時に数人と念話ができるようになったというのだ。

『ラギ、私にみんなと話しができるように願ってくれたの? 』


どうやら、念話というのはリイラを見ていても、一対一みたいな感じだったから、これは自分には聞こえても他の人には分からない。竜からしてみれば、同じ事を一人ひとりに繰り返して念話するか、紙に書くとか簡単な手話みたいな事をしたりとか、大変そうだなぁとは思ったくらいで、具体的にこうなれ!  と思ったワケでは無かったのだが・・・。

これも俺の力なんだろうか、プラスに働く力ならいいのだが・・・。




『ちょうど今練習している剣と同じ大きさだし、じいさまにうまく持てるようにしてもらえば荷物にならない。額当ての部分だが、皮ではちょっと強度が無くて実用的じゃないな、いる、いらないは別にして鋼鉄にした方がいいだろう・・・。障壁を張るくらいならいいが、突いたり薙ぎ払ったりは無理だ、根元がモゲる、要改良だな』


そう、俺は今、剣技の練習をしている。

竜力を一般人に落として、リンシェルンの後を追うようにやってきた10人弱の傭兵達に毎日揉まれている。

アンジェラが帰った後に入れ違うように護衛としてやってきたらしい。

一般人が剣なぞ持っていて大丈夫かい、と思ったがこちらには銃刀法違反とかそういう罪は無いようで、旅する時や年頃の婦女子は短剣なんかを、どこかに隠し持っているようだ。


『竜力を込めてみたらどうだろう、ルーシア、バーミリオン、シルビア、来てくれ』


ルーシアは肩までの薄い金髪の美女、シルビアは茶色の短いはねっ毛の女の子、バーミリオンは銀に近い短髪の物静かな男だ、20代半ば頃か、俺と年齢は変わらないようだ。

今のところ、この3人が主に俺の剣の師匠で、剣の持ち方から何から何まで訓練中だ。


3人が恐る恐る近づいてきた。

シルビアが声を震わせながら言った。


「ラギさん? ラギさんなの? ・・・本当に竜だったんだね、超絶美形でも無いし、剣を持たせたら最弱ヘッピリ腰だし、・・・だいぶマシになったけど。何より喋っていたし・・・」



剣を脅しにしか使えない男、ラギと言われ続けて早2ヶ月、俺の本性を見てびびったようだ。


『ラギは軽く、竜力を込めてみてくれるか? そしてお前たち3人で水晶に向かって剣をぶつけてみてくれる? 』


3人は驚いた表情のままで、スラっと剣を抜いた、・・・練習用じゃなくて、本物だし・・・。

俺は3人に向かって頭を突き出し、額に向かって竜力を込めた。

暖かい石を額に乗せている感じだ。

とたんに、水晶が淡く光だした、透明な水晶体の中に無数の光の粒が踊っている。


「竜に刃を向けるなぞ、貴重な体験だな。本気でいいのか? リン」


バーミリオンが低く唸るようにリンに確認した。


『竜の障壁、3人ごときで敗れるとは思わないが、まぁ練習だ』


「わたし、無理、黒竜の目を見ていたら動けない・・・」

ルーシアが後ろに一歩下がった。


最初にバーミリオンが上から切りかかってきた、俺は風で壁を作る感覚で正面に力を入れた。


バン!! バン!! と俺の目の前で剣が跳ね返される。

空気の層が空間を歪めるように、まるで水の中に水滴が落ち、波紋が広がるように、衝撃が吸収されていく。


引いていたルーシアも2人と一緒に、何度も俺に切りかかってきたが、その刃は俺に当たる事は無かった。

これが、竜の障壁。


「リンシェルン、これは前方範囲か? 全体範囲? 」

俺は気になって聞いてみた。


『意識すれば、いけると思うが、けっこう竜力を使うぞ、攻撃を加えられた方向に展開するのがいいが、たまに飛び道具で一斉放射とかあるから、そういう時は全体だな』



そういう状況にならないように、心の底から願う・・・。




家の前の方からひそかに、きゃっきゃっと言う子供の声が聞こえた。


『ストップだ、そこまで、ラギ、感覚は分かったな』


ミリー達がリイラを誘いに来たようだ。


「悪いけど女性は向こう向いててもらえると・・・」


バッと女性2人が真っ赤になって後を向き、リンシェルンは服を拾い集めてくれた。

俺は人型になって、服を受け取り、じいさんの小屋に走りこんで、慌てて扉を閉めた。


「あーリンおねえちゃん、はっけーん、はっけーん」

「傭兵さーん、こんにちはー」

「ラギにいちゃん、いるかな、書き取り用の本持ってきたんだけど」


俺は服を着ながら、子供たちの声を聞いていたが、ふと後ろを振り向いて見ると、そこに何故かバーミリオンがいた。

カバンと水晶剣を一緒に持って入って来てくれたようだが。


「・・・・何? 」


「・・・・、その姿がラギの本当の人型なのか? 」


「あぁ、いつもは竜力で抑えているから、なかなかの鬱陶しい姿だろう、悪いな、今抑える」


「ラギ、一つ頼みがあるのだが」


何だろう、この人は本当に必要以上の事は喋らない人だが、何度か白竜亭に夜、静かに酒を飲みに来ていて、故郷の海の向こうの砂漠の国の事を青い瞳を細めながら話してくれた。

俺はガリムさんに頼んでいた、世界地図を引っ張りだして、都市の位置や距離なんかも、ついでに食事をしていたユリアンに教えてもらった。

いつかは、行って見たい。



バーミリオンが静かに言った。


「騎竜訓練をしてみないか? ・・・俺はリンシェルンで騎竜は慣れているんだ、いつか人を乗せて飛ぶこともあると思う。・・・無理にとは言わない、どうだろう?」


騎竜訓練? あぁ、人を乗せるのか。


「俺は乗り物じゃないし、多分乗ったら死ぬぞ、特に着地は最悪だ過去2回大転倒している、俺だけだったら、『あー痛かった』で済むが、人はそうはいかない」


バーミリオンが口ごもった。

俺はあまり気が進まない、それに正直、乗せるなら女性がいい・・・。

いや、冗談抜きで本当に・・・。


「すまん、俺がただ乗ってみたいだけだった、身震いがするほどかっこよかったから、乗れたらどれだけ素晴らしいだろうと、俺が勝手に思っただけだ。身の程知らずだった・・・」


その、いつか人を乗せる時に大事な人だったらどうだろう、俺は怖くて乗せられない・・・と、いうのも少し情けないような気もする。いい機会なんだろうか、あぁしかし、練習するならきれいなお姉さんがいいのだが・・・。


「死ぬ気で練習に付き合ってくれるなら、あと、怪我しても知らん。リイラの飛ぶ練習もしたいと思っていたし、それでいいなら」


バーミリオンの顔が嬉しそうに輝いた。


「本当か! ・・・・よっしゃ! 」


何がよっしゃだ、慣れてきたらさっさとルーシアかシルビアに変わってもらおう、2人が竜に乗れるか知らんが。


色々な準備があって、着々と進んで行き、俺の旅立ちの日は確実に近づいていた。



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