竜の庭 (番外)
時系列的には、卵が盗まれかけた後、青竜が怪我をする前です。
王宮の最奥にその離宮はひっそりと建っている。
建物の手前には広い芝生と、それを囲む様に花園が広がっていた。
『リン、リンシェルン』
花園の中には、一頭、赤い竜が寝そべって尻尾をユラユラ動かしながら、目の前を飛び交う蝶を目で追っていた。
『蝶は食べれないよ』
赤い竜は、横から歩み寄ってきた人物に眼差しを向けた。
青年は濃い青い髪と、同じ瞳を持ち、片目にはモノクルと呼ばれる片眼鏡をかけている。
宮廷の文官の制服である、茶色の膝丈までの上着を着ており、片手にはピンクのワンピースと布製の靴を持っていた。
『人型になったら?』
竜はふぁぁと大きな欠伸を一つして、小さな風を一つ巻き上げて人の形を取ると、青年の手から衣服を受け取った。
髪は赤なのだが、その色は深く落ち着いた色合いをしている、そしてその瞳も髪と同色だった。
彼女は素早く着替えると、青年に向き直った。
『臭いを辿って追い詰めたんだが、自害されてしまった。すまない、証拠を手に入れる事はできなかったよ……』
『いや、こちらこそ悪かった、僕とアルファーは調停式典の真っ最中で動けなかったからね』
青年はフッと微笑んで、リンシェルンと呼んだ赤竜の少女の手を取った。
右の手の甲には、青い爪の先ほどの鱗がきらめいている。
『休憩時間を抜けてきたんだ、ちょっとお茶にしよう。詳しい話を聞かせて、アルと殿下方と相談したいから』
少女は一瞬、自分にも同じものがあった場所に手を触れたが、そこはツルンとした人間の皮膚しかなかった。
『契約者がいるヤツは便利でいいな、意思の疎通が簡単で。王族をアゴで使いまくっているリオン殿、ご尊敬申し上げるよ』
『リン姫、契約者の事、まだ後悔してるの? 自分のせいで……』
宰相補佐をしている青年は、リンの手をきゅっと握った。
彼女があの時、錯乱して慟哭し、アルファーと自分で押さえつけて慰めた。
真面目な堅物で喜怒哀楽の薄いアルファーが、まさかのもらい泣きしてしまい、阿鼻叫喚とはこの事かと、リオンは思ったのだった。
『もう、懲りた』
彼女の心から発する〔声〕は、じんわりとリオンに沁み、そのまま二人は何も語らずに、屋敷の中に入っていった……。
竜達の庭には、今日も穏やかな風が吹いている……。




