第38話 夢廻り〜フタタビ〜
「ノア?起きてください」
僕はその声を聞いて意識をはっきりさせる。
目を見開き、体を勢いよく起こす。目に飛び込んで来たのは、地獄絵図ではなく空舟の船内だった。僕の焦り様にクミさんも驚いていた。
「ノ、ノア?大丈夫ですか?顔色悪いですよ?…それにうなされてましたし」
そう言われ、僕はまず最初に自分の首を触る。
自分が記憶している最後の記憶。
自身の首が落ち、体がバラバラになる光景。頭の中でその光景がループ映像のように流れ続ける。
あれ?僕は………………………死んでない?
気がつけば息は荒く、汗ばんだ服と激しく跳ねる心臓は僕が生きている事を強く実感させる。
しかし、それと同時に脳裏にこびりついた絶望は、今の僕を…みんなが生きている事実を否定する。
夢だったのか?でも……あれはあまりに生々しかった。あの鼻につく血臭と焦げ臭さ。肌が焼け、肉が焦げていく音。
そして、目の前に現れた魔物と首が落ちる感覚。
それらを思い出すと同時に胃から込み上げてくるものを感じ、一瞬持ち堪えるもののそれは吐き出される。
「ノア!?大丈夫ですか?!」
床に嘔吐物が吐き捨てられ、僕はその場にうずくまる。クミさんの慌てる様子に、外に出ていた他のみんなも慌てて空舟へと戻ってくる。
僕は今この世界が現実なのか、夢なのか。訳がわからず、ただただ混乱し、意識を手放した。
○ ○ ○
今度は自然と目を覚ます。
瞼を開けると、見知らぬ天井が広がっていた。かと思えば、見たことのある人の顔が見えた。
「あ、起きた?気分はどうかしら」
大丈夫ですよお嬢ちゃん。
言葉は浮かんだが、実際には言わなかった。
最初に見えたのは結朝さん。つまり、ここは病院だ。
僕が起きあがろうとすると、それを強引に止められる。
「ダメよ!まだ安静にしてなさい!今、君のお仲間を呼んでくるから!」
そう言い残すと、クミさん達が病室へ押し寄せ、僕のベットの周りを囲む。
「大丈夫ですかノア。船酔い…にしては、うなされてましたし、あの時のノアは…何というか……」
そこでクミさんの言葉は止まってしまう。僕の異常な様子に驚いているのかもしれない。
当然、僕も驚いている。あんなリアルな悪夢を見たんだから……。あれは悪夢だ。そう言い聞かせるようにした。
「なんか…悪夢を見ちゃって………」
「そうね。特になにか問題がある訳じゃないし、一時的なパニック障害かしら。とりあえず、安静にしてなさい。ああ!言い忘れてたわ!私は仙船を取りまとめる栄一族の栄・結朝よ!よろしくね」
「え?あ、はい……よろしくお願いします」
そうか。当然名前は知っているものだと思っていたけど、さっきのは…夢…なんだ。ここでは初対面なのか。
結朝さんは僕の確認を済ませると、アスの検査をすると、席を外した。
病室に残された僕達は、僕が記憶を失ってからの事を話してもらった。
僕はすぐさま搬送されたが、命に別状はないことがわかった為、病院に任せて夕源さんの所へ挨拶に行ったのだとか。
僕は混乱していた。今この状況は夢か現実か。どっちらにせよ、一旦落ち着く事が必要だった。
僕は少し休みたい事を伝え、皆んなを送り出すと、ゆっくり深呼吸をして頭の中を整理する。
現実はますます悪夢通りの展開になりつつある。僕が体調を崩した事で多少の変化はあるものの、夕源さんのところへ挨拶に行き、病院へアスを搬送する。ここまでは同じだ。
夢だと思い込むことがだんだんと難しくなっている。時間が経てば経つほど、悪夢は現実になっていく。
だとしたら、あれはなんだ?現実だとしたら僕が全てを見聞きした事があるこれは…?予知夢…?
しかし、あの生々しい惨状。あれはやはり夢である事を否定する。
そもそも、街が燃える前の記憶。仙船へ訪れ、街を散策し、飛将さんと話をして、吾妻さんと出会うまでのあの時間。あれも夢だとは思えない。
だとしら……。
「2回目の現実?いや、ループ……」
現実を繰り返しているという説が一番有力になってくる。
当然だが、時間は戻らない。魔法なら可能だろうが、そんなこと出来るのは限られた魔法使いや魔物の力。普通ならそんなことはない。
しかし、僕にはその説を信じることの出来る理由があった……。
「劇……。『廻夢龍譚』……あれは、本当の話…?」
確か、仙船の始まりの物語だと演者が説明していた。内容も仙船が出来るまでのもの。更に、話の中で死んでも繰り返される事が語られている。
もし、あれが実話で、僕もその影響にあるのだとしたら。この馬鹿げた現象に説明がつく。
しかし、あまりに証拠も理由も不確定だ。それに、これを誰かに話したところでなんの解決もできないだろう。
いくら考えたってわからないものは、わからない。なら、やるべきことは一つ。
僕は起き上がり、病室を後にする。
○ ○ ○
病院内は思っていたよりも広く、長い廊下を彷徨っていると、丁度病室から出てきた結朝さんと鉢合わせる。
反射的に逃げようと、振り返って足早に去ろうとするも、早歩きで追ってくる。
院内を、早歩きで追いかけ合った末に捕まってしまった。
「はぁ…はぁ…なんで逃げようとしてるのかな?ノアくん。しかも、安静にって言ったよね?」
「い、いやぁ……ごめんなさい」
「謝るくらいならこんな事しないでちょうだい!」
頬を膨らませ、可愛らしく怒る結朝さんに平謝りする。
「それで?どうしたのよ」
「その…アスの様子が気になって」
「…そうだったのね。丁度これからアスベルくんの治療に行くけど、一緒に来る?」
「え?良いんですか!?」
僕の不安げな表情を見て、結朝さんは僕を誘ってくれた。少しズルい手かも知れないが、子供である事を最大限に活用したまでだ。
それに、状況を整理して思い出した事だが、最後にボーガスさんが言い残した言葉。
「アスが魔染病にかかって、そのまま魔物化した。」
この真意を確かめたい。勿論、あの場面で僕が聞き違いをした可能性もあるし、言われただけでは何があったのかまではわからない。
でも、確かに最後に見た魔物の姿を見て、僕は咄嗟にアスであると理解してしまった。
それらを判断、もし本当でそれを阻止出来たのなら阻止する為に僕はアスの病室へと向かう。
結朝さんに案内され、僕はアスの病室へと向かった。病室と言っても、そこは集中治療室のような場所で、他の病室とは違う。
中へ入ると、円形の室内の真ん中にアスが眠っており、その周りを薬や医療器具が埋め尽くす。
重苦しい雰囲気に、僕は事の大きさを目の当たりにする。
「アスって…そんなに危ない状態なんですか?」
「まぁね…。命に別状は無いって言っても重傷だよ。詳しく説明するとね、見た目は傷がないように見える。けど、内臓や体の組織は話で聞いてた通り、水銀の影響で破壊されてめちゃくちゃ。さらに脳にも一部影響が出てる。要は体の内側に問題があるの。今は、それを回復魔法でなんとか傷を塞いで、生きさせている状態に過ぎない」
水銀……。「シルヴァト」との戦闘で負った傷が未だにアスを苦しめているなんて。改めて奴の脅威を思い知る。
「この状況じゃ、ただ外から回復魔法をかけても意味がない。お腹を切って直接、内臓や体の組織に私の魔法を流し込むしか無いかな…。君も魔法使いなら回復魔法について少しは知ってるかな?」
「知識はあるんですけど…。教える人がアレなので……」
〜〜〜
「クシュンッ!」
「ん?どうしたんじゃクミ。風邪か?」
「いえ…誰かが悪い噂をしてるのかも知れません……」
〜〜〜
クミさんは魔法に関しては全くと言って良いほど知識がないので、参考にならない。回復魔法は魔法の知識だけでなく、身体の知識も必要なので、そう言った点でもハードルが高く、手を出してこなかった分野だ。
「な、なるほどねー。なら、少しお勉強しましょうか」
そう言うと、結朝さんは僕に回復魔法について教えてくれる。
「まず!回復魔法とは、簡単に言えば自己再生を促進させる魔法なの。例えば、転んでつけた擦り傷も、瘡蓋になって治るじゃない?それを魔法によって一瞬で行うのが回復魔法。細胞分裂を魔法で強制的にかつ、高速で行って…ってちょっと難しいかな」
確かに難しい…が、知識はある為なんと話にはついていける。
つまりは、魔法でなんでも治す…と言うより、あくまで生命に備わっている自己再生能力の補助をするのが回復魔法らしい。
「細胞分裂を強制的に行うから、細かい魔力操作と適切な部位に魔力をどれだけ振り分けるかの知識が無いと、かえって危険になる。だから回復魔法は他の魔法とは段違いに難しいの」
「なるほど……。確かに他の魔法とは次元が違う難しさですね」
「そう!そうなのよ!そこで!私の魔法が必要って訳よ!」
結朝さんは胸を張って、ほら私を褒めなさい、と言わんばかりにドヤ顔を披露する。
ここはそのノリに乗っておくべきだろう…。
「どんな魔法を使うんですか?」
「ふっふーん!それはね〜私が受け継いだ、再構築回復魔法 "極楽浄土"よ!」
自信たっぷりに言われたけど…僕は再構築回復魔法?と言うものを知らない。
旅に出る前、クミさんと半年間修行した時に魔法を勉強する際に魔法教本は読み漁ったけど、そんな回復魔法は記載されてなかった。
「私の極楽浄土は、さっきも言ったように再構築、つまり魔力で一から体の組織を作るって魔法なのよ」
「え?ってことは、どれだけ怪我をしても魔力があれば治せるって事ですか?」
「理論上はね。勿論そんなうまく行くものじゃないよ?でも、世界には死んでも魂を作り出して生き返らせた人も居るらしいし」
そんな神のような所業が出来るのか。普通の回復魔法は、自己再生能力にも限界がある為、治せない重傷、病が存在する。しかし、今の話が本当なら体の組織を魔法で作り出せる。魔力さえあれば不死身という事だ。
「す、凄い…。それならアスも!」
「うん。壊れた組織、傷ついた内臓は元に戻せる。私に任せてよ!」
元気な返事に僕は安心した。
やはり、悪夢は悪夢。所詮夢なのかもしれない。
○ ○ ○
僕はその日の夜には皆んなと合流し、宿屋で夜を明かした。
夢で見た宿屋と椅子、机、天井の装飾までが同じだ。皆んなが自慢げに話す劇の感想も、夢で見た劇と同じものだった。
ここまでくると気味が悪い。その日は何も考えず寝ることにした。
次の日。仙船に来てから2日目……いや、3日目か。
今日は、夢の中なら飛将さんの所へ行くのだが、あえて僕は病院へ向かった。
今のところ全てが夢通りになっている。違う行動をとった時にどうなるのか。そんな疑問が浮かび、今に至る。
アスの病室に行くと、昨日にはついていなかった、点滴や輸血パックに繋がった管がアスの腕へと伸びていた。
なんだか、アスが元に戻るなんて実感が湧かないな。かれこれ半年以上アスの声を聴いてない。
僕はアスの眠るベットの隣へと腰をかける。まるでただ寝ているようだ。それも、もう少しで起こすことができる。
ベットの横でそんな事を考えていると…。
バンッ!!
突然病室の扉が蹴破られ、破片と困惑が僕に降りかかる。
扉の前に立っていたのは、1人の青年だった。
年齢は…ジンと同じくらい?でも、背丈はアニーナと同じくらいで、そんなに高くはない。白髪で整った顔立ち。
そして…両手に握られた2本の剣が鈍い輝きを放っていた。
「おい。そこの餓鬼、さっさとどっか行け」
「な、なんなんですか!いきなり!ここ病院ですよ!?」
「だからどうした。さっさと消えろ。大丈夫だ。命は補償する」
「何が大丈夫なんですか!」
とりあえず、殺意は…ない?あったらとっくに襲いかかってるはずだ。
僕はアスを庇うように前に出る。相手は僕の行動を敵対、と捉えたのかやりづらそうに剣を構えた。
その時ーー
「うぅ………」
「え?…アス?アス!!僕の事がわかる?!」
アスが意識を取り戻した。
僕は目の前の脅威を忘れて、ベットへと駆け寄る。
「おい!やめろ馬鹿!!離れろ!!」
そんな声が聞こえたけど気にしない。
僕はアスの顔を覗いた。今まさにアスが目を開けようとしている。
よかった。結朝さんは治してくれたんだ。
あれは悪夢だった!
そう確信していた。
アスの瞳を見るまでは。
「え………………アス?」
その目は……魔物と同じ目だった。
悪夢で見た…………僕を殺した魔物の目。
あれはやはり………アス……だった?
次の瞬間、アスの体から大量の魔力が溢れ出し、禍々しい殺気を感じとる。
嘘だ。
嘘だ嘘だ。
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ………。
この魔力は………だって………アスは…。これじゃ………
アスがみんなを殺したことに…………。
膝から崩れ落ち、その場から動けない。
魔力の高まりは最高潮へ達し、病室を赤く、激しい光が染める。
ああ、どこまでも悪夢通りなんだ。
そう頭で呟いた瞬間には、周囲一体の建物、人は吹き飛ばされていた。
巨大な爆炎に包まれた街が、僕の悪夢通りの姿をしていたのか。それを僕が知ることは無い。
また…僕は…死んだ。
○ ○ ○ ○ ○ ○
○ ○ ○
○
肩を揺さぶられて僕は目を覚ます。




